第84話 養鶏・養豚

大津城の三ノ丸にある養鶏・養豚小屋が運用可能なくらいに完成しているため、何気に苦情があるらしい安土城屋敷の庭にいる鶏を10羽ほど残して、大津城に移動させた。


10羽残したのは卵の採取と突発用の食用にだ。


長鳴きの尾っぽの長い鶏がいなくなるだけでもかなり静かになった。


見た目が良すぎて食用には、お梅がしないでいるようだった。


やはり、世話している人なら情が湧くんだろうね。


鶏肉は足りなくなるときには大津城からではなく、安土城下の今井宗久の店がすぐに届けてくれるよう手配もした。


安土城下はずれの農家でも養鶏が始められていた。


俺が唐揚げを作ってしまったので、それなりに需要があるらしく、農家も副収入になるとのことで養鶏をする者は増えていた。


豚も毎回、今井宗久に頼むのも効率的ではないので大津城内で増やすよう雌8頭雄2頭を手配した。


もちろん、家畜だけがいても仕方なく、世話するものが必要。


それも頼むと戦で土地を追われた農民が直ぐに雇えるらしく20人ほど、大津城畜産役として雇い入れた。


この20人には給与の相場を聞いて少し上乗せして俺が出すのだけど、20万石の俺には何ら手痛い出費ではなかった。


そう言えば、この時代って米に力を入れすぎていて、冷害や日照りが続くと直ぐに飢饉になるんだよな。


冷害に強い作物だと、稗・蕎麦が思い付く。


蕎麦は茨城の山間部でも栽培され、有名なのは茨城人なら誰でも知っている。


常陸の蕎麦は有名。


大津城下では米だけに頼らず、麦、稗、粟、黍、里芋も多毛作を奨励しよう。


じゃが芋や薩摩芋やトウモロコシが手にはいれば良いのだけど、南米のアンデスの高地で作られている、じゃが芋、トウモロコシなら冷害・干ばつ対策には良いだろう。


今井宗久、津田宗及・千宗易に南蛮の作物輸入を依頼する。


最近知ったが、南蛮船ってインド航路だと思っていたが大平洋航路も使われている。


アメリカ大陸大平洋側で船を降りて、陸地を進んで再び大西洋で船に乗る航路。


だったら、じゃが芋、トウモロコシ、薩摩芋、トマトだって輸入は可能なはず。


ただ、俺が知っている名前を言っても通じるはずもなく、とにかく、手当たり次第に手にはいる食べる植物を輸入してくれと、なんとも無茶な注文を出した。


三人は黒坂家御用商人の名に賭けて輸入を約束する辺りは凄いと思う。





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