姫九里可憐はめくられる。

風都 紘

第1話 7月14日

「私のスカート、めくってください!」


 制服のスカートを太もも上部まで捲し上げ、彼女は真剣な眼差しで言った。


「ちょっと待て! 一旦落ち着け!」


 時計の針は深夜0時を指している。俺はパジャマ姿。夜這いにも似た形で彼女は俺の部屋に入ってきたのである。だが彼女、俺の恋人でもなければ妹でもない。言うなれば、今朝知り合ったばかりの他人だ。


「どうしてめくってくれないんですか? こんなにお願いしてるのに!」


 やたら必死な彼女の名は、姫九里可憐(ひめくりかれん)。とある研究施設で働いている姉が仕事場から持ち帰ってきた、日めくりカレンダーの擬人化少女である。


「いきなりスカートをめくれとか、マジで意味分かんねーよ! それに、言われた通りめくったとして、どーせ後になって怒ったり叩いたりするんだろ。理不尽な展開が目に見えているぞ!」


「わわ、失礼なっ! 私は怒ったり叩いたりしませんよ。その代わり、いっきにめくってほしいです!」


 擬人化推進委員会が進めている擬人化少女プロジェクト。“モノ”と人との、未知なる友好関係を築くのが、このプロジェクトの目的だ。今、目の前にいる少女、姫九里可憐は、見た目こそ普通の女子高生だが、これでも立派な擬人化少女……らしい。

 それにしても、日めくりカレンダー的な要素が、“めくる”こと以外ゼロなのはどうかと思う。確かに最近は擬人化少女を標的にした犯罪が増加傾向にあり、社会問題にもなっている。もしかしたら彼女の外見も、そういった背景ゆえの対策かもしれない。だが、ここまで人間と区別がつかなくなると、それはそれで混乱を招く。


「無茶言うなよ。俺だって男なんだぞ。お前だって、今朝知り合ったばかりの男にパンツ見られたくないだろ」


 何気にこの姫九里可憐、俺好みで超絶可愛いかったりする。湧き水のように澄んだ瞳。肩先まである髪の毛は墨汁のように黒く、肌は白くて木目細かい。まるで、どこぞの城の姫さまが、忍びで女子高生の格好をしているかのような、そんな印象だ。しかし、ぽけーっとしてるところもあり、掴みどころの無い感じもする。だが、そこがまた良い。


「もう! 私は日めくりカレンダーなんですよ。めくってもらわないと困ります!」


 俺だって困ります! 聞けば、日付の変わる深夜0時にスカートをめくられることが、日めくりカレンダーたる彼女の日課らしい。だが、何故にスカートなのだろう。開発者たちの趣味が反映しているとしか考えられない。その開発に深く関わっているのが実の姉なのだから悲しくもなる。


「いつまで待たせるんですか〜! ひょっとして……私のことを性的な目で見てるんですか? 日めくりカレンダーをそんな目で見るなんて失礼です! エッチな人はダメなんですから!」


 夜中に他人の部屋へ侵入し、真顔でスカートめくりを強要する奴がよくも言う。


「あぁ面倒だ! それじゃ、遠慮なくいかせてもらうぜ。そりゃ!」


 小学校時代、俺はスカートめくりの達人と呼ばれていた。どうやらその腕は衰えていなかったようだ。スカートはひらりとめくれ上がり、真っ白なパンツが丸見えになる。だが、注目すべきは他にあった。

 スカートの裏地に刺繍された“13”という数字。舞い上がるスカートと共に、その数字はスーッと消えて無くなったのだ。

 これは錯覚なのか……。そう思った時だ。まるで紙が破けるような音がして、姫九里可憐の服装はガラリと変わったのである。俺はすぐに理解した。“日付が変わった”のだと。


「そういうことか。時計の針が0時を回り、日付は7月14日になった。スカートの裏地に見えた13の数字は昨日の日付。そして、スカートをめくる動きを、カレンダーの日付をめくる動きに関連づけるならば、今の現象にも納得がいく」


「さすが、チーフの弟さんですね。私には難しくて何を言ってるかさっぱりですが。ところで、この水色のワンピースですけども。これは今月初めて着る服ですよ。あ、お礼が遅れました。スカートをめくってくれて、どうもありがとうございます!」


 擬人化少女には特殊能力がつきものだ。特殊能力は基本的に、擬人化の元になっている“モノ”の機能が受け継がれる。しかし、中には例外もいる。まさかこんな形で日めくりを活かそうとは、いかにも自由人な姉の考えそうなことだ。


「このワンピース、少し透けてませんかねー」


 くるりとその場で回り、下着が透けてないか確認しながら姫九里は言った。


「大丈夫だと思うけど。気になるなら代わりの服を探してきてやるよ」


 姉の部屋には俺が洗濯して畳んでやった服が積み重なり、いくつものタワーになっている。


「うーん。やっぱり、このままで良いです。これ、脱いだらたぶん日付変わっちゃうんですよ。それはとても困りますし」


「そうか。ところで服はどれくらい持ってるんだ?」


「服は季節ごとに多数用意されています。でも、正確な数までは把握していません。チーフって、超がつくドSだから、私が聞いても教えてくれないんですー」


 服の数くらい教えてやっても良い気がするが。本人に知られちゃマズい理由でもあるのだろうか。


「えーっとですね。私の服は毎日ランダムで選ばれるのですが、例えば特別な日、いわゆる国民の祝日などには、普段と違う服が選ばれたりもするんですよ。どんな服があるのか楽しみですよね。浴衣とかあると良いなぁ」


 きっとあるだろうよ。コスプレが好きな姉(あいつ)なら、確実に入れてくる!


「姫九里さん。明日もこの時間にスカートめくった方が良いのか?」


「当然です。日めくりなんですから一日置きってわけにはいきません。サボりは厳禁です。一日の終わりには、必ず私のスカートをめくってください」


 だんだん分かってきた。俺は今、現在進行形で面倒なことに巻き込まれている。だが、逃げたり突き放してしまうわけにもいかない。何故なら、これはおそらく俺の“役目”だから。姉と決めたルールを俺が破るわけにはいかないのだ。


 高校入学と同時に、俺は親元から離れ、歳の離れた姉の家でお世話になることにした。タダ飯を食わせてもらう代わりに、家事や買い物、雑用などは全て俺がやることになっている。姉は、家の中で家事や仕事はしない。食って寝るだけだ。つまり、姫九里可憐との共同生活は、俺に与えられた家事の一環であり、スカートめくりもまた、仕事の一つとして割り切らなきゃいけない。


「でもまぁ、姫九里さんが自分でスカートをめくってくれたら俺としては楽なんだよな」


「え〜。自分でですか〜」


 いかにも嫌そうにしている。一体何を食ったんだ?ってくらいに苦そうな顔だ。


「絶〜っ対、嫌です。だって、自分で自分をめくる日めくりカレンダーがどこにいるって言うんです? まったく、冗談にも程がありますよ。次また同じ質問をしたら怒りますからね」


「いちいち大袈裟だな。分かったよ。深夜0時になったら毎日スカートをめくってやる。だけど、それ以外のことは極力自分でやってくれよ。……まぁ、食事くらいは二人分作るけどさ」


「いいえ。私は日めくりカレンダーなので、食事は必要としません。擬人化少女の中には毎日充電とか必要な子もいますが、私は元が“紙”ですから、特別何もしなくて良いんです。でも、オプションで食事や排便をすることは可能ですよ。私を開発したチームは優秀ですから、擬人化少女を作るにあたり、人間らしさの追求にも力を注いでくれたんです」


「そうか。それは凄い」


 こいつ、オプションで排便するのか。


「ところで弟さん。チーフは海外出張に行って、しばらく帰ってこないんですよね?」


「あぁ。今回はいつもより長めになるらしいけど」


「なるほど。だから私はこの家に置いていかれたわけですか。納得です」


「え、それってどういう意味?」


「チーフは弟さんを一人にするのが心配だったんですよ。それで私に、弟さんの世話をしてほしかったんでしょうね。あまりお姉さんを心配させちゃダメですよ」


 おい、俺が面倒を見られる側なのかよ。逆だろ。


「ん? 弟さん、どうかしましたか?」


「いやさ、女性に年齢を聞くのは失礼かもしれないけど、姫栗さんって何歳なんだ? さっきは学校の制服着てたから同い年くらいかなーって勝手に思ってたけど、まさか俺より年上ってことはないよな?」


「さぁ。年齢なんて考えたこともないですけど……。でも、週三で弟さんと同じ高校、しかも、同じクラスへ通うことになっているので、16歳ですかね?」


 高校に通うのか。しかも同じクラス。そう言えば一昨日くらいに担任が言ってたっけ。俺のクラスに新しい擬人化少女が来るとかなんとか。あれがまさか、こいつのことだったとは。

 擬人化少女プロジェクトは国絡みの巨大なプロジェクトだから、学校や公共施設は協力的にならなくちゃいけない。だからって同じクラスとは……。俺がこいつのスカートめくってるのがバレたら大変なことになるぞ。


「マジか……。まぁ、学校には他にもいろんな擬人化少女が来てるし、家に閉じこもってるより、良いのかもしれないな」


「はい! 学校、楽しみです。友達たくさん作りたいです。でも、私は日めくりカレンダーだから、年内いっぱいしかご一緒できないんですよね……」


 少し困ったような笑顔で彼女は言った。そうなのだ。何もこいつに限った話じゃない。擬人化少女の寿命はもともと長くはないのだ。電化製品の擬人化ならば三年から五年。その後はガタがきて部品交換。見た目も中身も新しく生まれ変わることになる。でも、彼女の場合、おそらく交換ではなく本体ごとリサイクル。そして、再生紙となるだろう。


「そんな暗い顔しないでください。私がトイレットペーパーに生まれ変わったら、弟さんの排便のお役に立てるんですから」


「……そ、そうだな。よし、こうなりゃとことんスカートめくりに付き合ってやるぜ」


 俺はいろいろ誤解してたようだ。姫九里可憐の服が毎日変わること。しかも、特別な日には普段着られないような服まで用意してあること。その内容が本人に告げられていないこと。これらは全て、彼女が毎日を楽しく過ごせるためのサプライズ。開発チームの優しさだったのだ。

 週三で高校に通うことだってそうだ。高校での生活はきっと、彼女の人生を刺激し、華やかにしてくれる。たくさんの友達だって出来るだろう。姉がこいつを俺に預けたのだって、ただの気まぐれなんかじゃない。俺ならこいつを任せられると、姉が信じてくれてのことなのだ。だったら、その期待に応えてやろうじゃないか。


「こんなガサツな俺だけど、分からないことがあれば何でも遠慮なく聞いてくれよ」


「はい! 弟さんも、カレンダーのことなら何でも私に聞いてくださいね」


 そういえば日めくりカレンダーって、日付の下に格言やら名言やら書いてるのもあるけれど、姫九里にもそんなオマケ要素はあるのだろうか。


「そんじゃ姫栗さん。さっそくだが、何か為になるようなこと言ってみてくれよ」


「うーん。為になることですか……。そうですねー。犬も歩けば……」


「ゴメン。やっぱいい。では質問を変えよう。今日、7月14日は何の日だ?」


 さぁ、マニアックな知識を見せてくれ。誰もが目を丸くし「今日ってそんなことがあった日なの?」って驚くような、イカした雑学を俺に披露するのだ。


「今日はですねー」


 くるぞ……。日めくりカレンダーの実力が発揮される!


「今日は仏滅です!」


 そうきたか!


 って、それは俺が求めてた答えじゃね〜!

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姫九里可憐はめくられる。 風都 紘 @dragonspark

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