KAKUNOSHIN

氷川 真知

第1話 杉村良平、人嫌いです。

 俺の名前は杉村良平すぎむらりょうへい。25歳。ふたご座のAB型だ。職業は無職。半年前まではフリーターだったけど。辞めた理由は人間関係。

 大卒フリーターだった俺は、2年前から職場でバイトリーダーを任せられていた。これが結構曲者で、時給は大して違わないのに、自由すぎる学生バイトと社員の板挟みでなかなかツラかったのだ。ちなみに仕事はアウトドア用品の販売だ。

 俺は人嫌いで人間関係の構築が下手だ。人嫌いのクセに販売の仕事なんてできるのかと思うかもしれないが、まぁそこは気持ちを切り替えてやっていた。わずらわしい客とのやり取りも仕事だとできた。仕事というものが間にあるかないか、この会話に給料が発生しているかどうかが重要だった。

 さて、話を戻そう。俺は昔から、なぜだか、学校や職場で班長だのリーダーだのの役を担うことが多かった。学校はまだ分かる。みんながやりたくないことを押し付けられているだけだ。しかし、職場は違う。リーダーになるということは出世の1つだ。社員登用制度のあるアルバイトではバイト→バイトリーダー→契約社員(副店長)→正社員(店長)のようにステップアップしていくものが一般的だ。事実、俺自身も社員登用試験を受けろと店長から再三言われてきた。契約社員にしてバイトではできない仕事をさせたかったのだろう。さらに言えば当時の店長と副店長は仲が悪かった。店長としては、俺が契約社員になって今の副店長を引きずりおろして、新たに副店長になって欲しかったのだろう。直接的には言わなかったが。対して、副店長の方も店長の考えを読んでいたみたいだった。俺に対する当たりも強く、業務上必要な引継ぎをしないなど、地味な嫌がらせもあった。

 迷惑な話だ。同僚とも業務以外の会話をほとんどせず、他人と距離をとっている俺にとっては、社内の人間関係のゴタゴタに巻き込まれ、利用されるというのは非常にストレスを感じていた。そして遂に、限界が来た。半年前、店長からの鬼のような引き留めを潜り抜け、俺はようやく晴れて無職となったのだ。今は貯金を食いつぶしつつ、束の間のストレスフリーを満喫中なのだ。

 俺は今、アパートで一人暮らしをしている。家賃を含めた生活費も全て貯金で賄っている。無職になって半年。結構金が減ってきているが、まだまだいける。幸い俺はタバコやギャンブルはしないし、酒はたまに飲む程度。趣味もないので、日々、部屋でダラダラ過ごすだけなのだ。実に省エネな生活。ダラダラのお供はパソコンだ。ネットサーフィンしてればあっという間に1日が過ぎていく。たまにDVDで映画も見る。とは言え最近少し飽きてきた。

 そこで俺はオンラインゲームを初めてみようと思ったのだ。インターネット上で遊べるゲーム。通称"ネトゲ"。前々から気にはなっていたのだ。外見やジョブを自分で決めて、好きなアバターを作ったり、ちまちまレベル上げをしたり、広大なフィールドを馬やドラゴンに乗って旅をするのだ。さらにゲームによっては自分の家を持つことができ、好きに内装をいじったり、田畑を耕せたり、武器や道具を作成できたりもするらしい。とにかくオンラインゲームとは自由度、やりこみ度が高いものが多いのだ。

 しかし楽しいが故に、ハマり過ぎれば依存症になってしまい、学校や仕事、友人、恋人関係などの現実からドロップアウトしてしまう危険性がある。まぁ、すでに仕事を辞め、人嫌いで友人恋人のいない俺には何の問題もない。やるなら今しかねえってことで早速朝からネットで情報収集しているわけだ。

 まずは、検索エンジンでオンラインゲームと入力して検索してみる。すると、一番上には今年の最新オンラインゲームランキングが早速出てくる。適当に流し読みしていく。オンラインゲームと一言に言ってもその数は膨大だ。ジャンルもファンタジーに止まらず、軍人、兵士となってプレーヤー同士で対戦するミリタリー物や一国の主となって城を立てたり、町を作っていくシミュレーション物など様々だ。色んなジャンルのゲームが毎年新作をリリースしているのだ。

 俺のお目当てはさっきも触れたようにファンタジー系だ。剣と魔法のRPGがいい。これだけでもかなりの数だ。何度か情報サイトを変えたり、キーワードを変えて検索してみる。そしていくつか候補のゲームが見つかれば、そのゲームの公式ホームページを見たり、まとめサイトなどで情報を集めていく。これだけでもワクワクしてくる。

 しばらくは夢中でサイトを見ていたが、さすがに疲れてきた。何か飲もうと思い、一旦席を立つ。伸びを一発。長時間座りっぱなしで凝り固まっていた骨や筋肉が音を立ててほぐれていく。パキパキ。ふう。しばし脱力。緩慢な動作で冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中は食べ物はほとんどない。ジュースのペットボトルばかり入っている。そろそろ買い出し行った方がいいな。俺はレモンティーを取り出す。キャップを開け、ぐびりと一口。冷たいレモンティーが口からのど、食道を通って、胃へと流れていく。脳にこもっていた熱までも冷ましてくれる。あー、気持ちいい。

 レモンティーをラッパ飲みしながらパソコン画面を見ると、妙なことに気づいた。さっきまで見ていたゲームサイトとは違う物が表示されていた。

 真っ白な背景。中央にSTARTの文字。他には何も表示されていない。そう、何も。画面左上の戻るボタンや右上の閉じるボタン、画面下にあるタスクバーなどの表示がすべて消えている。俺のパソコンは特にカスタマイズもしていない普通のやつだ。特に設定をいじったりはしていない。実際にゲームをダウンロードして起動させたわけでもない。ただホームページを眺めていただけだ。何かのウィルスか?試しにマウスを動かしてみる。カーソルは問題なく反応する。そのまま画面の四隅それぞれにカーソルを動かしてみる。何も表示されない。

 俺はひとまずできる限り試行錯誤を繰り返すが、この奇妙な画面を消すことはできなかった。ついには電源ボタンを押して強制終了を試みる。しかし、画面は暗転することなく依然として、この白い無機質な画面のままだった。

 「うわもう、最悪。」

 少々大きめの独り言が漏れる。パソコンの知識などほとんどない俺にとってこれ以上自力でどうにかするのは不可能だった。出張修理、下手すれば買い替えかなどと、悪い想像が膨らむ。ただでさえ無収入なのに、この出費は相当痛い。

 悩む俺の目、いや脳に画面のSTARTの文字が飛び込んでくる。そうか。まだこれを試してなかった。ウィルスかフィッシング詐欺だと思って触らんようにしてたが。ダメで元々。他に手は無い。これでダメだったら出張修理依頼するか。

 俺はマウスのカーソルを画面中央のSTARTに合わせて、左クリックした。

 すると画面はキャラクターメイキングに切り替わった。画面左半分にはキャラクターの全体像。右半分には入力欄。あれ、これゲームなの?さっき見てたやつのかな?知らない内に始めちゃってたとか。いやでもアカウント作ったりしてないし。そもそもダウンロードしてないし。思わぬ事態に困惑する。

 でもまぁ、元々こういうやつがやりたかったんだよな。ちょっとお試しで触ってみるか。予行演習として。さっさと気持ちを切り替えて、キャラメイクを始めていく。

 えーとまず性別は、男性。見た目は長身でガッシリとしたマッチョ系にしよう。身長180cm、体重90㎏くらいか?キャラの見た目はアバターを直接いじって調節するため、身長、体重の正確な数字は分からない。感覚でバランスを調整していく。顔は目鼻立ちがはっきりとした少し濃いめの顔にした。髪は黒のベリーショート。瞳はブラウン。シンプルなワイルド系だ。うーん、なんだか洋ゲーの主人公っぽい仕上がりだ。元軍人みたいな肩書きが似合いそうだ。さて、そんな見た目のキャラクターの名前は・・・。

 「カクノシン。これだな。」

 見た目海外の軍人で名前は和名。それもちょっと古い感じで。ふふふ。いいじゃないか。完成したキャラを360°回転させながら眺める。

 さてキャラクターは完成したぞ。次はなんだ、と思っていると画面中央にOKの文字が表示される。俺はカーソルをOKボタンに合わせて左クリックした。

 そこで目の前が真っ白になって俺の意識は途切れた。

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