2 百目鬼区の別名は幻想区
百目鬼区は東京24区の1つにして本州である陸地とは13キロほど離れた島にある唯一の区である。つまり、島ごと区になっている。なぜ島が区として認定されているのかはわからないが、戦前以前からそうだったことを考えるとそうと納得するしかないだろう。
大学生活最後のシルバーウィークを利用して怪奇がよくみられるというこの島に遊びにやってきた麻未とひなは、あさりとあおさのご当地ラーメンを食べた帰り道。すっかり日も暮れて暗くなった帰り道を帯を締めた着物で苦しくなってしまったと言いつついい気分で歩きながら、ふと寂れた神社の前を通りかかった。11月のほの冷たい風に吹かれて身をすくめながら2人は境内で開かれている季節外れの祭りに目を留めた。
そこだけゆっくりと時間が流れているような雰囲気で、赤い鳥居の下ぼんやりと灯る提灯の下で騒ぐ祭りはどうにも楽しそうで。様々な匂いの入り混じった比較的すいている時間帯の入り口のお面屋で買った狐の面を斜めにかぶって、2人はからころと履いていた下駄をならす。
なぜラーメン屋に行くのに着物を着ていったのか。それは至極明快単純なことである。それがこの島のルールだからだ。普段着は着物か浴衣か甚平、観光客は洋服でも許されるかもしれないがせっかくこの島に遊びに来たのだからと、ひなと麻未は旅館においてあった波紋に金魚の模様が描いてある水色と桃色の色違いの着物を着つけてもらっていた。
やきそば、金魚すくい、わたあめ、りんごあめと出店に視線をまわしたところ。りんごあめの出店の前で両手で棒を持って、ぺろぺろと赤く染まった舌で美味しそうにりんごあめを舐めている小学生くらいの背丈の……白いベールをかぶった後ろ足で立つ真っ白な猫に目が止まった。薄青い生地になでしこの絵が描かれた着物、白い羽織を着たそのお尻の部分。2つにわれた細い尻尾と着物の上に猫の顔がのったような姿。その白い毛並みの腕には真っ赤な金魚の泳ぐ水袋と和柄の巾着、袋に入ったキャラクターもののわたあめを持っていた。どう見ても怪奇である。
「あ、猫又だ! ねえ、麻未。一緒に写真撮ってもらおうよ」
「本当だ。えー、でもいいのかなぁ?」
「大丈夫だって。……あのー、猫又さん一緒に写真撮ってもらえませんか?」
「私ですの? いいですわよ」
りんごあめを楽しんでいた猫又はぴくりと耳を動かし、顔を上げると風鈴が鳴ったような凛とした声で写真を一緒にとってほしいという願いに快く応じた。ぺろりと赤い舌でりんごあめをひとなめした後、赤く汚れた口の周りを舐めてからりんごあめを右手に持ち替えちまちまと細かい足取りでひなと麻未の方に近づいてくる。入り口であるお面屋の前で立っていた2人はお面の出店の主人である女にカメラを渡すと、取ってもらえるように頼む。カメラを構えた主人に向かって、麻未とひなは笑顔でピースをして。ピースのできない猫又は口元を着物の袖口で隠して上品にして見せた。
フラッシュが眩しいくらいにたかれて、ぱしゃりと音がする。それは写真が撮れたことを証明するもので、猫又にお礼を言って離れようとするとふと月明かりが一瞬だけ陰った。
それを不思議に思いなんとなく空を見上げた2人は口をぽかんと開けた。
空を見上げると、薄く白い布が1枚。ひらひらと空を飛んでいた。いまは風もないのになぜと考えたところで、その布の上に1人の青年が胡坐をかいていることに気付く。夜闇に混ざるような黒い着物に同色の袴。月明かりに照る腹の鎧に反する白い羽織。風に揺れる黒髪には桜色のメッシュがはいっていって右側だけ長い襟足、切れ長の赤い目が胡坐をかいた足に肘をついて暇そうに前を見つめていてこちらが見あげていることには気づいていない様子だった。人がのれる程度の布が浮かんでいるということから、あの布は怪奇なのであろうということがわかる。
「わー、怪奇にのってる男の子がいる!」
「いいなぁ、私たちものってみたーい」
「ねえねえ猫又さん、どこに行けばのれますか?」
「無理ですわよ。
「「あのお方?」」
「
うっとりと陶酔したようにため息をついた猫又には気付かず、麻未とひなは「なにそれかっこいいー!!」と嬉しそうに盛り上がっていたのだった。
猫又の着ている白い羽織に黒く染めぬかれた、茅花東日本怪奇方面賊改方と同じ「覇」と茅の花で囲われた紋章に気づかずに。
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