ギジンカ!

小渕マーサ

第1話 叶わぬ願いに想いを馳せて

時は現代。場所は日本、某地方都市。

一人の人間が、鞄を提げて走っていた。


その人の名は、境 夕貴。十六歳。性別、女。


彼女は、日課である空手道場での稽古を終えてから、帰宅するためにランニングしている最中だった。疾風のようにアスファルトの上を駆け抜ける夕貴の視界の端っこに、あるものが見えた。視力も良い彼女には、それが新聞紙の一枚だと分かり、そしてその記事に何と書いてあるかも易々と読めた。


「擬人化能力者達の跳梁跋扈!人類の未来はどうなる?」


新聞紙の一面には、でかでかとそう書いてある。

人ではないものを人のようなものに変化させることのできる、突然変異のミュータントのような人々が、人類の総人口と比べると極少数だが、確かに存在する、と近年の研究で発覚し、政府は対応に追われているそうだ。

夕貴は首を振った。

バカバカしい。そんなもの、どうせ勘違いか研究ミスか単なるデマに決まっている。

ミュータントなんて、いるわけがない。

夕貴はそう頭の中で一方的に決めつけ、思い込み、走り続けた。

今年で高校一年生になる夕貴は、空手の神童と呼ばれ、道場の人々から畏怖されている。

小学生の頃から習っているこの武道は、夕貴の生きがいだった。その類まれなる才能を発揮して数々の大会で優勝した彼女は輝かしい経歴と、女性であるがゆえに、本当に飛びぬけて強い男達にはどうしても腕力で敵わないという弱点の両方を併せ持つ少女だった。男尊女卑の風潮が、未だに根強く残っている日本国において、彼女は悔しい思いをいつもしていた。

そんな彼女の内心を理解している親しい人々は口を揃えて言う。


夕貴が男だったら、さぞかし素晴らしい格闘技者になっていただろうに。どうして女の子に生まれてしまったのか!


夕貴自身、心の底から、そう思っている。

男に生まれたかった、というか、まぎれもない女性のものである自分のこの体が、今からでも男のものに変わってくれたらどんなにいいか!

幾度そう願ったか分からなかった。

外科手術を受けたら良いじゃないか、と言われたこともあったが、人工的な方法で性転換するのは心情的に嫌だし、何より意味が無いような気がする。

かといって、そういう類の手段を用いずに、自然に、天然で、性別を転換するなど、出来るわけがない。


そんなことが出来るのは神様だけだ。


叶わぬ夢に想いを馳せながら考えながら、夕貴が走り続けていると、突然、只事ではない雰囲気を感じた。

何かがヤバい、そう思って、その雰囲気の発信源に近づいてみる。

すると、路地裏で、複数の男達が集まって騒いでいると分かった。

何事か、と思って夕貴が見てみると、帽子を被ったジャージ姿の子を取り囲んで、いじめているようだった。

「いつも俺達をバカにしやがって!そんなに死にたいのか、ガキ!」

「身の程を思い知らせてやるぜ!この自殺志願者が!」


死にたい!

自殺志願者!


そんな不穏な発言を聞いた夕貴は、ジャージ姿の子が喧嘩っ早い少年で、この男達とトラブルを起こしてしまったのだろう、と推測した。

これはいかん、と思って夕貴は走り出した。

男子たるもの喧嘩して当然だろうが、自分を死に追いやるような行為はするべきではない。

十数秒後。

ジャージの子を寄ってたかって痛めつけようとしていた男達は、全員のされていた。

集まっていた男達は、そこまで強くなく、夕貴の俊敏な動作や会得した技術を駆使すれば、簡単に倒せる程度の連中だった。起き上がった彼らは、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

あっさり勝利した夕貴は一息ついた。

「君、大丈夫?」

夕貴が声をかけると、ジャージの子が帽子を取って、声を出した。

「お前、強いんだな」

その子の声を聴き、顔を見て、夕貴は驚いた。

「君、まさか・・・」

声を上げる夕貴を、ジャージの子は正面から見据えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る