第三話
(ゆうきひめ……?)
明らかに自分に向けられたその言葉の意味が分からず、華鈴は首を傾げる。
「いや、あり得ない……。こんなひ弱そうなガキが幽鬼を束ねられるはずがねぇ……」
青年は独り言のように呟いて、首を横にふる。何かの間違いだ、と訂正されるのを待っているように。
「……嘘だ。俺は信じねぇぞ。こんなヤツが幽鬼姫な訳がねぇ。そうだ、あり得ねぇ……」
青年は、もう華鈴を見てはいなかった。自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、吐き出す。そんな青年に、山神様はさらに何かを耳打ちした。
「……はぁ? 面倒をみろ? 山神、俺はあんたの面倒だけでも大変なんだぞ? 分かってんのか!」
青年に怒鳴られ、大きな山神様が申し訳なさそうな顔をする。華鈴はその光景を不思議に思いながら見ていた。
村のみんなが守り神としている山神様が、二十歳そこそこの青年に説教されている。しかも、青年が山神様の面倒をみているような言い方だ。
この強気な青年が一体何者なのか、華鈴には全く想像がつかない。
しかし、そろそろ華鈴の存在にも触れて欲しい。社に来たのはいいものの、特に何をするでもなく山神様と青年との会話を見ている。
一応、華鈴は生贄なのだが……。
華鈴の命を奪うはずの山神様は青年に怒られてしょんぼりしているし、青年は青年で華鈴の存在をなかったことにしようとしている。このまま存在を忘れられては困る、と華鈴は恐る恐る声を出す。
「あ、あの……っ!」
ギロリ、と睨む青年と、見た目は怖いが笑顔を浮かべる山神様。そのどちらも、震える華鈴をたしかにその瞳に捉えた。
「私は、どうすればいいのでしょうか?」
そう聞いた華鈴に、答えをくれたのは山神様だった。おいでおいで、と手招きされ、華鈴はおとなしくそれに従う。大きな山神様の膝の上にちょこんと座らされ、青年と向き合う形になる。
『彼は
優しい声が響いた。空気を伝ってではなく、直接頭に届くような、不思議な感覚。きっと、山神様の声だ。
「……え、鬼狩師? …ゆうき…ひめ……とは?」
知らない単語ばかりが出てきて、華鈴の頭の中には疑問符ばかりが浮かぶ。
『それは、彼がすべて教えてくれるよ』
そう言った声が聞こえたかと思うと、突然強い突風に煽られて目を開けていられなくなる。風が止み目を開けると、社の中ではなく、はじめに連れてこられた祠の前にいた。一瞬で先ほどの社が消えていることに、華鈴は驚きを隠せない。山神様も消えている。
しかし、青年は消えてはいなかった。
「ったく、山神の奴逃げやがったな……」
そう呟いて、青年はさっさとその場から立ち去ろうとする。
このまま彼を見送れば、華鈴は生贄の役割から解放されるかもしれない。しかし、生きて村に戻ることはできない。このまま、この山で凍え死ぬことになる。それだけは、どうしても嫌だった。だから、華鈴は怖くてたまらなくても、去ろうとする青年に縋るしかない。山神様は、この青年がすべてを教えてくれると言っていたのだ。
「あの、待って……待ってください……」
華鈴の声が聞こえているはずなのに、青年はスタスタと歩き続ける。このままでは置いていかれる。ここで別れてしまっては、二度とこの青年に会うことはないだろう。そう思うと、焦りが大きくなり、とにかくここで青年を引き止めなければ、と強く思った。
《待って……!》
生まれてはじめて、大きな声で叫んだ。不思議な高揚感と、強い力が、身体中に広がった。その一瞬、すべてのものが華鈴に従ったような静寂に包まれ、華鈴の声だけを響かせた。
「……ちっ、どうやら本当にお前が幽鬼姫らしいな」
青年の不機嫌な声が、華鈴のすぐ近くから聞こえてきた。見ると、青年はしゃがみ込んだ華鈴の前に跪いていた。待ってとは言ったが、わざわざ戻ってきて跪かれるとは思っていなかったので、華鈴はただただ戸惑うばかりである。
「……あ、戻ってきてくれて、ありがとうございます」
心からの礼を述べたのに、青年は苛々した様子でこちらを睨む。最悪だ、とその目が訴えていた。そして立ち上がり、心底めんどくさそうに言葉を発した。
「……ついて来い」
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