(仮題)弾雨に踊れ、エンターテイナー!②
※
「よっと! ここいらでいいか」
斜面を下りる途中で立ち止まり、権田は安野の肩を叩いた。無言で頷いた安野は、自動小銃のセーフティを解除しながら燃え盛る炎の方へと駆けていく。
今肩を叩いたのは、権田からのメッセージ。自分はここから援護射撃をするから先行しろ、という合図だ。
しかし、援護射撃をするにしても、この状況下で適した狙撃場所を見つけるのはなかなか難しい。
土砂降りの雨の下、よく滑る斜面の上では、拳銃を撃つにも狙いは定めづらいだろう。
「さて、足場になりそうなものは、っと」
権田は狙撃銃を背負い直し、右肩に吊ったホルスターから大型の拳銃を取り出した。
否、これは拳銃の形をしたワイヤーガンだ。目の前の給水塔を見上げ、素早く状況を吟味した権田は、給水塔の上部先端に向けてワイヤーを射出。
先端に取り付けられた最新型の吸盤が、しっかりと給水塔上部にくっつく。
数回引いてびくともしないのを確認して、権田は吸盤とワイヤーガンを繋ぐ極細のワイヤーを握り込んだ。
そのまま斜面から足を離し、反動で振り子のように揺れて給水塔に両足をつく。
そこから先は、狙撃銃を背負ってのワイヤー上りだ。
ふっ、ふっ、とリズミカルに息をついて、ぐんぐん上っていく権田。彼が給水塔の上部に達したのは間もなくのことだ。
凄まじい筋力を誇っているからこそできる芸当だが、それでも流石に心拍数は上がっている。
「ったく、若い頃のようにはいかねえか……」
そうぼやきながら、権田は自動小銃を展開する。やや不自然な姿勢ながらも、多少のゴリ押しでどうにかしてしまうのが権田流だ。正規軍人にはできない芸当だが。
「さて、ここにいる奴らは安野と帆山以外ぶっ殺して構わねえんだよな」
口角を上げ、唇を舌で湿らせる。闘争本能については衰え知らずな男である。
「さて、二人共上手くやれよ……」
※
その二人のうちの一人、安野達樹は、まさに銃火の飛び交う戦場にいた。
まずは、今しがたの爆発でパニックを起こした違法研究員の排除。研究所の二ヶ所の出入口から、我先にと駆け出したくる。
その人の列に向かい、安野は横合いから弾倉一個分の弾丸を見舞った。
皆殺しにはできなかったようだが、かといってまともに動ける奴もいない。
「さて、と」
二つ目の弾倉を小銃に込めつつ、ようやっと安野は緊張感を全神経に張り巡らせた。
問題はここから。この施設のデータは確保しておきたいが、人質を取る余裕はない。さっさと一階を制圧し、施設地下の違法薬物精製プラントに潜入している帆山と合流、そして犯罪者共を仕留めなければ。
「反対側の入り口は権田さんが押さえてるはずだし、行くか」
爆発物で車に特攻させたのは、施設の破壊ではなくパニックの醸成が目的。破壊力はあったが、地下にまで打撃を与えられたかどうかは定かでない。
「こちら安野、権田さん、聞こえます?」
《ああ。逃げ出してきた連中は全員仕留めた》
「へえ、なかなかやりますね」
《お前、若いもんのくせに減らず口を……。いっつも同じ職場じゃねえか》
「まあそうですね」
返事が上の空だったのは、一階の警備員と交戦に入ったからだ。
入口のドアを蹴破ると同時に、物陰から覗いた敵の銃器が火を噴いた。このままエントランスに突っ立っていては蜂の巣である。
安野は身を翻し、やれやれと一言。くるりと一回転した先に、〇・五秒ほど前に安野の姿があったところに、銃弾が殺到する。
「帆山さん、現在位置は?」
《……》
「帆山さん?」
ううむ、彼女も戦闘態勢に入ったということか。ここは一人で乗り切るしかあるまい。
「コイツの出番かな」
安野は口で手榴弾のピンを抜き、三秒数えてエントランスに放り込んだ。
直後に響いたのは爆音――ではない。キィン、と耳を聾する音波と、眩暈をもたらすような真っ白い閃光だ。
彼らの立場からすれば、この施設で製造されている薬物の原料がどこからやってきて、どんなルートで売り捌かれているかを確認したい。
だから殺傷用ではない、音響閃光手榴弾を使ったのだ。
「悪い薬剤師さんたち、ごめんなさいね~」
サングラスをかけて閃光をしのいだ安野は、自動小銃を再びフルオートで掃射。広大なエントランスのリノリウムの床は、あっという間に血の海となった。
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