(仮題)弾雨に踊れ、エンターテイナー!
ある年の六月。関東地方某所。
山岳地帯の曲がりくねった道路を、一台の軽自動車が夜霧を切って爆走していた。
豪雨で滝のようになった下り坂を、勢いよく下りていく。
見た目からは分かりづらいが、これは特殊車両である。後部座席にはたんまりと『ブツ』が積載されていた。
破壊力抜群の『ブツ』――相当量の爆薬を積んでいることに怯む様子もなく、前席の二人はさもどうでもよさそうに会話を始めた。
「だからさ、最近の若いのは数字に踊らされてんだよ」
「数字、ですか」
咥え煙草を窓の外に吹き出す権田を見ながら、運転席の安野は何とはなしに呟いた。
「TwitterだのFacebookだの、誰に何回観られたかなんてチマチマ確認せにゃならん性分、俺には理解できんな」
「まあ、権田さんも人生折り返しですし」
「あ?」
煙草を車外に放りながら、権田は安野を睨む。元・暴力団幹部という異色の経歴を持つ権田宗次郎の睨みには、得も言われぬ迫力というか、心の底から恐怖を覚えさせる力がある。額から鼻先にかけて走った斬り傷がそれに拍車をかけていた。
一方の運転手、安野達樹は、現在都内某大学の大学院生という肩書を持っている。理工学部の博士課程だ。
その外見はひょろっとしていて、眼鏡をかけていることもあって気迫に乏しく見える。
それでも権田に恐怖を覚えないのは、安野の精神構造がどこかおかしいのだろう。
だが、二人は知っている。お互い、これから修羅場に向かっているということを。
《ゴンちゃん、タッちゃん、聞こえる?》
「あー、聞こえるぜ、姐さん」
薄型のヘッドフォンから聞こえた、妙に色っぽい女性の声に、権田はさもつまらなそうに応答する。
《ミッちゃんの仕掛けが終わったわ。もう車に乗ってる必要はナシ。適当なところで降りて頂戴。あとは、ミッちゃんが衛星経由で車を操縦するから」
「了解です、姐さん」
言うが早いか、安田は後部座席に置いたバックパックを引き寄せ、背負う。隣では、足元から同様のバックパックを出した権田が同じようにそれを背負っていた。どちらも防水仕様だ。
「さて、準備完了ですよ、姐さん――いや、エンターテイナー」
《エンターテイナーは私たちのチーム名! ミッちゃんのことも忘れないでよ?》
「へいへい、仲間思いなこって」
そう呟きながら、権田は慣れた手つきで格納していた狙撃銃を展開。手早くスコープを取り付け、ストックを畳んで一旦小回りが利くようにしておく。
一方の安野。得物は自動小銃だ。弾倉に弾丸がフルに詰まっていることを確認し、ばちんと小銃本隊に叩き込む。初弾を装填し、こちらも一旦セーフティをかける。
と、その時。
《あ、権田さん、安野さん、聞こえますか?》
姐さんとは異なる、若い女性の声がヘッドセットから入ってくる。
「ええ、大丈夫ですよ、瑞樹さん」
「どこでも降りられるぜ」
《このペースだと、次のカーブで減速しますんで、そこで降りてください。敵も殺気立ってます。停車はできないですけど》
「構いやしねえ。どうせこの車に乗ってたところで、特攻と変わらねえからな」
《まあ、そういうことです。では、減速までのカウントダウンをしますね。……五、四、三、二、一!》
ミッちゃんこと、帆山瑞樹が、零! と叫んだところで、権田と安野はドアをぶち破らん勢いで開き、その身を山道のアスファルトに転がらせた。
「さてと、ショータイムの時間だな」
二人の視界から、遠隔操縦された軽自動車が遠ざかっていく。
軽自動車はわざとカーブを曲がり切らず、崖下に落下。
盛大な爆炎が轟音と共に立ち昇ったのは、それからさらに数秒後のことだった。
「行くぞ、安野」
「無理はしないでくださいよ、権田さん」
「へっ、てめえみてえな若造に心配されるほど歳食っちゃいねえよ」
二人はまるで体操選手のような身のこなしで、軽々と斜面を下り、今回の殲滅ターゲット――製薬会社を偽装した違法薬物の栽培所へと駆け出した。
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