僕の選択肢が標ちゃん一択になった件

かごめごめ

僕はこの物語を……

〔読む〕

 僕には子どものころから続いている趣味があって、それは兄がゲームをプレイするのを横からただ眺めているというものだ。自分でコントローラを握るのも嫌いではないが、他人のプレイを見ているほうが気楽で、きっと性に合っているんだと思う。


 今日も兄が女の子を落とすところをドキドキしながら見守っていたら、いつのまにか外が明るくなっていた。下手に寝てしまうと起きられなくなってしまいそうで、いつもよりだいぶ早い時間に僕は家を出た(兄は寝ていた)。


 案の定、校舎の中は人気ひとけがまばらで、教室の戸を開けるとそこには誰もいなかった。


「一番乗りかぁ」


 つぶやいて、自席へと向かう。

 その途中で、鞄が置いてある机を見つけた。


「二番だったか」


 あそこは確か……真中まなかさんの席だ。

 真中さんか。いいよなぁ、真中さん。

 飛び抜けて美人というわけではないけれど、愛想がよくて愛嬌があって、誰に対しても分け隔てなく接する。


 二年に進級して二週間、僕も少しだけ他愛のない雑談をしたことがあるけど、こんな子とお付き合いできたらなぁ、なんて思わずにはいられなかった。

 そういえば真中さん、緑化委員なんだっけ。なんでも校舎裏の花壇は緑化委員の管轄だそうで、毎日持ち回り制で花の世話をしているんだとか。


「…………」


 朝のホームルームまで、まだ時間はたっぷりある。

 さて、どうやって時間をつぶそうか。

 僕は……


〔寝る〕

〔校舎裏に行ってみる〕


 ――きたか。

 もはや驚きはない。

 いきなり目の前に選択肢が出現することに、僕はすっかり慣れきってしまっていた。


 原因は、兄がプレイするギャルゲーの画面を幼少期から見続けてきたことだろう。

 いつからか、こんなふうにギャルゲーチックな選択肢が現れるようになった。主に女の子のことを考えたときとか、女の子といい感じになりそうなときなんかに。


「二択か」


 僕が選べば、選択肢は消える。

 だから僕は、椅子に深く腰かけた。机に肘をついて、突っ伏す体勢になる。そして、そっと、まぶたを

 ――――閉じようとした、その瞬間だった。


〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕

〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕

〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕

〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕

〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕

〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕〔校舎裏に行ってみる〕


「うわぁ!?」


 なんだこれ!

 視界を覆い尽くす、大量の選択肢! しかも、ぜんぶ同じ!

 長年この現象と付き合ってきたが、こんなことはじめてだ。


「寝れば治るかな……」


 ぽそりとつぶやいた次の瞬間、目の前の景色が微妙に変化した。


〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕

〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕

〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕

〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕

〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕

〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕〔校舎裏に行ってみる!〕


 なぜか、ビックリマークが付いた。

 まるで、行け、と言わんばかりに。僕の背中を押しているかのように……。

 もしかして、僕の言葉に反応した?

 ……選択肢が、意志を持って語りかけてきてる?

 いや、そんなバカな。そんなはず、


〔校舎裏に行こうよ!〕〔校舎裏に行きなさい!〕[校舎裏に行ったら?》

「「校舎裏に行ってみる!>[今ならキャンペーン中]〔校舎裏サイコー☆〕

】校舎裏に校舎裏に【「校舎裏がやってきた!}真中さん にアエルカモ〕

〔校舎裏で待ってる」〈校舎裏に行こう!]「校舎裏に行ってみる![[[「「

{校舎裏のおかげで}[彼女ができました』〕」私を校舎裏に連れてって「

「校舎裏★バンザイ「」校舎裏裏にに行てっ」『『校舎裏★バンザイ』』」


「うわぁなんかバグってるよ、もうダメだ。とりあえず寝よう……」

「だーかーらぁ! 寝ちゃダメって言ってるじゃないですかっ!!!」

「ええっ!?!?」


 視界から選択肢が消えたと思ったら、今度はすぐ近くから声が響いた。

 同時に、僕はなにかに押し倒されるようにして、背中を床に打ち付けていた。


「っ……あいたたた。いったいなにが……」


 顔をあげると、そこには――

 見覚えのない女の子が、僕のお腹の上に跨がるようにして座っていた。

 淡いピンク色をした髪に、ぴょこっと一本だけ伸びたアホ毛。澄んだ大きな瞳で、僕を見下ろしている。


 まるで画面の中から飛び出してきたかのような美少女が、目の前にいる。

 徹夜明けだから、寝不足で幻覚を……いや。

 僕はピンときた。


「もしかしてきみ、“選択肢”なんじゃない?」


 目の前の美少女に、僕は訊いた。


「そうですよ!」


 美少女は答えた。やっぱり。

 モノが美少女になるなんて、いかにも兄が歓喜しそうなシチュエーションだ。僕の選択肢がモノと呼べるかはともかくとして。

 それにしても、今の声。声まで美少女だった。俗っぽい言い方をするなら、典型的なアニメ声だ。


秋太しゅうた! こうして会話ができて、しかも触れ合えているということは、もしかして私、人間になったんじゃないですか?」

「たぶんそういうことだよ」

「やっぱり!」

「というかきみ、僕のこと知ってるんだ」

「もちろんですよ! だって私、ずぅ〜っと秋太のそばにいたんですから!」

「そっか。……あ、そういえば、きみのことはなんて呼んだらいいんだろ?」

「私ですか? 私人間になったばかりで、特に名前とかないですし……そうだ! 秋太がつけてください!」

「僕が? う〜ん……」


 名前かぁ。

 選択肢の女の子。

 今までずっと、そばで僕を導いてくれていた……。


「――しるべちゃん。なんてどう?」

「標……標……」


 咀嚼するように、ぼそぼそっとつぶやいて、


「うん、可愛い名前! 気に入りました!」


 標ちゃんは眩しい笑みを浮かべた。


「よかった」


 さて、そろそろ起きあがろう。


「……ん?」


 身体を起こそうとした僕は、ふと違和感に気づく。

 僕の両腕は宙に伸びたまま静止していて……開いた両手は標ちゃんの胸元にぴったりと張り付いていた。


「わっ、ごめん!」


 慌てて手を離す。

 びっくりした。なんか密着しているような気はしていたけど、まさかおっぱいとは思わなかった。柔らかい感触とか、そういうの全然、まったくなかったし……。

 おそらく、受け止めようとして無意識に手を伸ばしていたんだろう。


「……? あ、そういえばずっと、秋太におっぱい触られてました」

「ほんとごめんね……」

「いえいえ! というか私、全然気にならないですよ? 別に触られてもなんとも思わないです! 画面の中のヒロインみたいに、ぺったんこなことにコンプレックス感じたりもしませんし!」


 それはたぶん標ちゃんの本心なのだろう。まだ人間になりたてで、女の子としての自覚というか、実感が伴わないんだと思う。


「そんなことより、です! 秋太!」


 標ちゃんは立ちあがると、僕の机の上に座った。僕も起きあがって椅子に腰を下ろした。


「お行儀悪いよ、標ちゃん」

「秋太がまた寝ようとしないようにです! まったく秋太は、なんでいつも間違った選択肢ばっかり選ぼうとするんですか! なんですか〔寝る〕って。寝ても女の子とのフラグは立たないですよ? 校舎裏に行けばイベントが発生する可能性があるのに!」

「……でも、その選択肢出したの標ちゃんじゃないの?」

「違いますよ? 〔寝る〕のほうは秋太が出したんです」

「え、僕?」

「はい。それは本来であれば、秋太がまず間違いなくたどるであろう“可能性”なんです。そこへ私が、より正解に近い別の可能性――選択肢を提示することで、未来を軌道修正しようとしてるんです! 秋太が女の子と結ばれて幸せになれるように!」

「つまり、標ちゃんが選択肢ヒントを出してくれなければ、僕は選択の余地なく〔寝る〕を選んでて、どうあがいても女の子と結ばれる未来はない……」

「そういうことです! ほんとにもう、秋太は鈍感すぎるんです! 典型的な鈍感主人公ですよ!」

「……僕は主人公なんて器じゃないけど。でも、そっか。僕があまりにも間違った選択肢ばかり選び続けるから、きっと標ちゃんは業を煮やして……」

「とうとう人間になってしまった、というわけですね!」


 なるほど……。


「ですがこれで、私は言葉を獲得したわけです! ただ選択肢を提示するだけでは限界がありましたが、これでもっとスムーズに、秋太を導くことができるようになりました!」


 うれしそうに言って、標ちゃんは僕に満開の笑顔を向ける。


「秋太! 改めて訊きます!」


 ぴょんと机から飛び降りて、標ちゃんは一転、真剣な瞳で僕を見つめた。


「秋太は、女の子ヒロインを攻略したいですか?」

「うん、もちろん」


 僕は即答した。

 ギャルゲーみたいに女の子と恋愛して、そして付き合ってみたい。欲を言えば、真中さんみたいな子と恋人同士になれたらなと思う。


「では、私が――標が力になります! 恋愛ベタな秋太を、ハッピーエンドに導いてあげましょう!」

「ありがと、助かるよ」

「任せてください! 私が思うに、秋太に足りないのは積極性です! 受け身で選択肢を選んでいるだけでは、恋愛するのは難しいです!」

「なるほど……」

「というわけで、秋太! さっそくですが、今からすべきことはなんでしょう? そのくらいは私が教えるまでもなくわかりますよね?」

「…………寝る?」

「もぉぉぉっ! どうしてそうなるんですかっ!! 本当にやる気あるんですか!? 行くんですよ! 校舎裏に!」

「え? でも用もないのに行っても仕方ないし……」

「用もない場所をぶらぶら徘徊してこその主人公じゃないですか!」

「だから、主人公じゃないってば」


 他愛のないやり取りを楽しみつつ、僕と標ちゃんは肩を並べながら校舎裏へと向かうのだった。


 ………………。

 …………。

 ……。


 校舎裏では真中さんがひとり、花壇の手入れをしているようだった。


「ほらほら! 私の言ったとおりでしょう? やっぱりこっちの選択肢で正解でしたね!」


 標ちゃんは得意げにぺったんこな胸を張った。


「うん、さすが標ちゃんだね」

「ふふんっ」

「……あ」


 ふいに花壇から顔をあげた真中さんと、目が合った。


「あれ? 初音はつねくんだ」

「あ、う、うん……どうも」

「おはよ! 早いね!」


 柔和な笑みを浮かべて、こちらに近づいてくる。


「こんな場所で会うなんて、奇遇だね!」


 真中さんは言った。僕のことしか見ていない。


「やっぱり、私の姿は秋太以外の人間には見えていないようですね」


 どうやらそのようだ。

 ここに来る途中で何人かの生徒とすれ違ったのに、ピンク色で目立つ標ちゃんを誰ひとりとして気に留めてなかったから、もしかしたらとは思っていたけど。

 選択肢時代も僕にしか見えなかったわけだし、人間になってもそういうところは変わらないのかもしれない。


「それとも……もしかして、わたしに用事だったりして?」


 真中さんは冗談とも本気ともつかない声色で訊いてきた。


「あー……ううん、別に、用事はないけど……?」

「あは、だよね」

「ちょっと秋太、そんな回答じゃだめですよ! 今ので好感度マイナス2、いや3は堅いです!」

「ん〜、そんなこと言われても……」

「え? なにか言った?」


 しまった。人前で標ちゃんと会話するのは控えたほうがよさそうだ。


「いいですか秋太、今から私が言ったことをそのまま口に出してください。あ、返事はしなくていいので」


 そう言うと標ちゃんは、つま先立ちをして僕の耳元に唇を寄せた。両手で口元を覆っているが、意味ないと思う。


(あぁ、真中さんに言ったんじゃないんだ)


 標ちゃんが耳元で囁く。

 僕は言われたとおり、標ちゃんの言葉を復唱した。


「あぁ、真中さんに言ったんじゃないんだ」

(僕はただ、お花とお話してただけだよ)

「僕はただ、お花とお話してただけだよ」


 …………いや、こんなのだめでしょ?


「あははっ、なにそれ。初音くんって面白いんだね!」


 すご。

 標ちゃん、すご。

 ちらりと横を見ると、標ちゃんはドヤ顔でウンウンとうなずいていた。


(でもさ、お花が相手だと会話が全然弾まないんだよね)

「でもさ、お花が相手だと会話が全然弾まないんだよね」

(だから真中さん、よかったら僕の話し相手になってくれないかな?)

「だから真中さん、よかったら僕の話し相手になってくれないかな?」

「うん、全然いいよ!」


 選択肢だけじゃ限界があるって、こういうことか……。


(ごにょごにょ、ごにょごにょ)

「……じゃあさっそく質問。真中さんって、好きな人とかいたりするの?」

「そんなこと訊くんだ?」

(こしょこしょ)

「ちなみに僕はいるよ」

「え、そうなんだ? クラスの誰か?」

(こしょ)

「うん」

「え〜、だれだれ?」

(ごにょにょ)

「それは秘密」

「えぇ〜、気になる!」

(にょ、にょにょ)

「で、真中さんは?」

「わたしはいないよ〜」

(にょにょ)

「ほんとに?」

「あーでも、ちょっと気になってる、くらいの子なら……い、いるけどっ……ほんとにちょっとだけね!」

(しょしょしょ)

「クラスメイト?」

「……うん」

(こしょこしょ)

「もしかして、僕のことだったり?」

「なっ……!」


 真中さんの頬に、一瞬で朱がさした。


(こちょちょ)

「あれ、図星?」

「そっ、そんなわけないじゃん!」

(こちょー)

「そっかー、脈ナシかぁー」

「あっ、違うの、初音くんがだめってわけじゃなくて……って、初音くんって女の子慣れしてるよね。絶対モテるでしょ?」

(ごにょん。にょにょにょ)

「全然。てか僕、彼女とかいたことないから」

「え〜、嘘だぁ。絶対ウソ!」

(ごにょっにょ、ごにょにょにょ)

「ほんとだって。そういう真中さんこそモテそうだけど?」

「う〜ん、どうかな?」

(にょーん)

「あやしー」

「なんてね、冗談。ほんともう、悲しいくらいモテないよ!」

(にょにょっ)

「絶対ウソだ!」

「ほんとだってばぁ〜」

(あはは)

「あはは」

「あはっ」

(あはははは)

「あはははは」

「ふふふっ」

(にょーにょにょー)

「いやー、真中さんと話すの楽しいなー」

「わたしも! 初音くんってこんなに面白い人だったんだね。知らなかったよ!」

(ごにょごにょ、ごにょ)

「だけどあんまりお仕事の邪魔しても悪いし、僕はそろそろ教室に戻るけど」

(ごにょ、ごにょごにょ)

「真中さんさえよければ、またお話してくれるとうれしいな」

「こちらこそだよ! 毎週月曜日はわたしの担当だから、気軽に遊びに来てね! 初音くんなら大歓迎!」

(にょ、にょ、にょ)

「ありがとう。もう行くね。また教室で!」

「うんっ、あとでね!」


 ………………。

 …………。

 ……。


「はぁぁ〜〜〜〜、どっと疲れた……」

「お疲れ様! そんな秋太に朗報です!」

「ろうほう……?」

「真中さん、明らかに脈アリですよ! わりとちょろいですねあの子! 狙い目物件です!」

「そんな言い方はあんまりな気が……」

「ですが秋太? 付き合えるものなら付き合いたいですよね?」

「それはまぁ、うん」

「でしたら、狙っていきましょう、しっかりと! 複数同時攻略が可能なほど、現実は甘くないです! 今後は真中さん一人に狙いを定めて攻略していく……ってことで、どうですか、秋太?」

「わかった、そうしよう。ほんと頼りになるなぁ、標ちゃんは」

「えへへ。でしょ!」



 ――それからは、真中さんの攻略に明け暮れる日々だった。

 毎週月曜日は欠かさず校舎裏に足を運んだ。教室でもよく会話するようになった。一度、休日に二人きり(+標ちゃん)で遊びに出かけたこともある。

 標ちゃんにおんぶにだっこではあるけれど、僕は真中さんと積極的に交流し、順調にその距離を縮めていった……。


 それは夏休みが目前に迫ったある日のことだった。

 帰りのホームルームが終わると、真中さんは鞄を持ってそそくさと教室を出ていってしまった。おかしい、ここ最近は二人で居残っておしゃべりするのが日課になっていたのに。今日は委員会の日でもないはず。僕にさよならも言わず帰るのも変だ。

 なんて考えていると、スマホが震えた。真中さんからのチャットだった。


「…………」

「秋太? 真中さんからですか?」


 標ちゃんが後ろからスマホの画面を覗きこんでくる。


「これは……」


 ――大事な話があります。いつもの場所で待ってます。


「そろそろいい頃合いだとは思ってましたけど、先を越されちゃいましたね」


 標ちゃんが僕の手を取る。


「さぁ行きましょう、秋太!」


 ………………。

 …………。

 ……。


 ひっそりと咲き誇る夏の花々を背にして、彼女は静かに佇んでいた。


「初音くん……」


 真中さんが僕を呼ぶ。


(大事な話って?)

「大事な話って?」


 いつものように標ちゃんの力を借りて、僕は言った。


「えっとね、あの……」


 真中さんはいつになくもじもじとしながら、


「た、単刀直入に言うね!」


 真っ赤な顔をして、まっすぐに僕を見た。

 ……そして。


「初音くんのことが、好きです! わたしと付き合ってください!」


 ハッキリとそう言って、頭を下げた。


「さぁ秋太! ここが正念場ですよ! あ、今のは口に出しちゃだめですからね!」


 わかってるよ。


「ここまで来れば、普通ならもうどう転んでもハッピーエンドなんですが……秋太の場合は気を抜いちゃダメです! なにせ鈍感主人公の秋太ですからね、ここで変なこと言って台無しにする光景が目に浮かびます!」


 わかったから。それで、僕はなんて答えればいいの?


「いいですか、まずはぼそっと『……僕も』と言ってください。おそらく真中さんは『……え?』と聞き返してくるので、今度はハッキリと『僕も、真中さんのことが好きだ』と言ってください、なるべくイケボで! これが、私の導き出した最適解です!」


 わかった。標ちゃんを信じる。


「…………」

「秋太、早く!」

「……………………」


 標ちゃんのことを、信じている。

 標ちゃんの言うとおりにすれば、こんな僕でも、真中さんみたいな女の子を攻略することができるのだろう。


 だけど……無理だった。

 胸の奥底からこみあげるのは、今まで感じたことのないような、強烈な抵抗感。

 そして……燃え盛るような、熱いなにか。


 もしかしたら。

 これが、これこそが――本物の恋愛感情なのかもしれなかった。


「ごめん」


 僕はハッキリと、そう口にした。


「ごめん、真中さん。僕は、真中さんとは付き合えないよ」


 沈黙。

 顔をあげた真中さんと、目が合う。

 そしてまた、沈黙。


「……秋太? なんで……」


 困惑する標ちゃんの声が、僕の耳にだけ届いている。


「あは……振られちゃった。うん、そっか……そっか」


 やがて、真中さんは口を開いて。


「なんかね、わたし、勘違いしちゃってたみたい。ごめんね、初音くん……っ」


 その場から逃げ出すように、僕の前から姿を消した。


 残された僕、そして標ちゃん。

 二人のあいだには、気まずい沈黙が……訪れることもなく。


「もぉぉぉぉっ! なにをやってるんですか秋太は! やる気あるんですか!? こんなのもう好感度-100、いや1000は堅いですよバッドエンド直行ですよ!!」

「…………」

「ですが、やってしまったことは仕方ありません。いっそのこと、真中さんのことはきれいさっぱり忘れましょう! 大丈夫です秋太、女の子なんて星の数ほどいますから! 私は何度だって秋太を幸せに導きますよ!」

「ねぇ、標ちゃん」

「なんですか? 言い訳なら別にいいですよ?」


 僕は、標ちゃんの目を見て言った。


「本当は、わかってるんだ、ぜんぶ」

「?? なんの話ですか?」

「標ちゃんは僕のことを、鈍感主人公だ、なんて言うけど。僕は鈍感でもなければ、主人公でもない。僕は……他人の恋路を横から指を咥えて眺めていることしかできない、ただの臆病者のモブキャラなんだよ」


 どれが正しい選択肢なのか。どう行動すべきなのか。

 本当は、ぜんぶわかってたんだ……頭では。

 だけど、僕には勇気がなかった。行動に移すための勇気が。

 選択肢を選ぶだけでは、物語は進まない。

 行動を起こすのは、ほかの誰でもなく、僕自身なのだから。


「だけど、標ちゃんが背中を押してくれたから」


 いつでもそばにいてくれたから。


「だから僕は、ない勇気を振り絞って、最初の一歩を踏み出せるんだ」


 ふいに……

 僕の脳裏に、選択肢が浮かんだ。

 その選択肢は一択しかなくて、ほかに選びようがなかった。


「ねぇ、標ちゃん。僕ってちょろいのかな?」


 返事は待たずに、僕は続けた。


「そうやって僕に勇気をくれる標ちゃんのことを、僕はどうやら、好きになっちゃったみたいなんだ」


 ――これが、僕が自分の手で選び取った答えだ。


「…………私は」


 恋愛の専門家で、だけど恋愛経験はゼロ。

 そんな矛盾した女の子は、困ったような顔をして僕を見あげた。


「私は…………選択肢、なんですよ?」


 そしてそんな、今さらなことを言った。


「知ってるよ。別に構わない」

「仮に私と結ばれたとしても、私は誰からも見えないので、誰からも祝福されないんですよ?」

「それも知ってる。僕は標ちゃんがいてくれればそれでいい」

「……それだけじゃないです。だって、だって、私は…………」

「?」


 標ちゃんは深刻そうに表情を歪めて、小さな声で言った。


「胸だって、ないですし」


 僕は我慢できずに噴き出した。


「わ、笑わないでください! 私これでも気にしてるんですよ!」

「だ、だって、ぷっ、なにを言い出すかと思えばっ」

「もぉぉぉぉっ!」


 顔を赤くして、頬を膨らませる標ちゃん。あぁもう、可愛いなぁ。


「僕は気にしないよ。というか、ありのままの標ちゃんが好きだ」

「……おっぱいがぺったんこでもですか?」

「好きだよ」

「…………はぁぁ」


 標ちゃんはわざとらしい溜息をついて、上目遣いに僕を見る。


「秋太。また選択肢を間違えましたね。だってそうでしょう? どこの世界に“選択肢”を選ぶ主人公がいるんですか。まったく――秋太にはもうしばらく、私がついてないとだめみたいですね。やれやれですよ」


 澄ました顔をしてるけど、耳まで真っ赤な標ちゃんだった。


「それって、僕と付き合ってくれるってこと?」

「やですよ! 付き合いませんー!」


 残念。振られてしまった。

 ……だけど、ま、別にいいや。

 今度はちゃんと、僕自身の力で。

 標ちゃんにもらった勇気を胸に、正々堂々、標ちゃんを攻略するとしよう。


 まぁ。

 標ちゃんの反応を見る限り、その日はそう遠くない未来に訪れそうな予感がするけれど――。




HAPPY END

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