角砂糖の家

青い向日葵

薄荷飴

 硝子ガラスの扉を開けると、いつも突っかかるような嫌な感じの重たさで鈍い音を鳴らしながら、表面のくすんだ硝子がぎこちなく位置をずらして、一番手前に置いてある角砂糖の詰め込まれた陶器の入れ物は、僕のようなまだ背の低い子供にも容易たやすく手に取ることが出来た。

 金属製の小さなトングが一緒に入っている。付属品でありながら、このトングを使いこなすには相当なコツが必要で、面倒なことを嫌う家族は皆、手掴みか、これからインスタントコーヒーやティーバッグの紅茶を掻き混ぜる為に出したスプーンを使って、白くて小さな立方体を掬い取った。

 摩擦で少しずつ角が削られてゆくのはどうしても避けられず、真四角はやがて角に丸みを帯びてゆき、容器の底には微量の白い粉が蓄積した。この削れて落ちた角の分の甘味は一体どこへ行ってしまうのか僕は気が気でなくて、日々角砂糖の容器の底を確かめては、ああまた少し増えたなとか、もう少しでまた新しい角砂糖を容器に補充する時期だなとか、まるで砂糖壷の管理人みたいに見守っていた。


 砂糖を使うのは祖母だった。やたら嗜好品を好んで取り入れる人で、コーヒー、紅茶、酒、煙草、いずれも銘柄など一切の拘りはなく、何でもいいから切らさないでねとよく母に言っていた。

 香りのしないコーヒーや安い酒が美味いのかどうか子供の僕にはわからなった。ただ何となく口に入れたいだけなんだろうな、とも薄々思っていた。

 僕が苦手だった薄荷ハッカの飴やガムも喜んで貰ってくれたし、好きだけど甘すぎて飽きてしまった箱入りのキャラメルの半分だって嬉しそうに次々と口に入れていたのを覚えている。


「おばあちゃん、そんなにいつも食べてたら虫歯になるよ」


「ばあちゃんな、殆ど全身に病気があるけど、歯だけは丈夫なんよ。全部自分の歯。自慢の歯よ」


 確かに、言われてみると祖母の歯は綺麗だった。若い頃はさぞ美人であっただろうと誰もが想像する卵形の顔に白くて艶のあるしっかりした歯が覗く笑顔には、病人とは思えない若々しさがあり、僕は、祖母がいつまでもその丈夫な歯で僕の苦手な薄荷のお菓子や余った甘い物を食べてくれるのだと思っていた。僕が大人になって毎日お菓子なんか食べなくなるまで、ずっと。

 だけどその根拠のない思い込みは、数日のうちに崩れ去った。


 祖母は、薄荷の飴を口に入れたまま死んだ。


 飴を喉に詰まらせたわけでも、むせて呼吸困難になったのでもない。突然意識が薄れ、半ば眠るような感じで静止したまま心肺停止していたそうだ。苦しんだ形跡もなかったという。

 念の為に遺体は解剖され、細かく死因を調べたが結局のところはっきりとせず、診断は心不全とされた。心肺停止すれば皆、状態としては心不全である。いろんな病気を抱えていて服薬も多かったので誤飲なども疑われたが、祖母は薬の数をきっちりと数えて小分けにしていたから、その線は消えた。曖昧な診断だと思ったが、そんなことよりも祖母の潔い逝き方があまりにも特殊だったのだ。


 火葬場で僕も少しだけ骨を拾った。原形を留めない身体の骨と、臓器であった部分は溶けたように流れて真っ黒だった。黒いところは病気の部分を示すのだと誰かが解説した。

 白くて拾える硬さと形を保った部分は頭部だけで、祖母の言った通り歯は全部揃っていた。高温で長時間焼かれたなんて思えないほど、元の形のまま白くて綺麗な歯を箸のような器具を使って拾った。

 一般的な大きさの所謂いわゆる骨壷はほぼ空のまま、細かい骨専用の小箱にぎっしりと歯を詰めて着物みたいな布のカバーで包み、リボンのように紐で結んだ。白い歯を見せてよく笑った祖母の少女のような雰囲気に似合う淡い水色に鮮やかな桃色の花模様の小さな包みは、可愛らしく僕の両の手のひらにぴたりと収まった。

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