ディプラデニアのせい


 ~ 六月二十八日(木) 穂咲と原村さん ~


   ディプラデニアの花言葉 堅い友情



 昨日の大惨事を経て。

 クラス中の机が、俺たちを残して少し後ろに下がっている気がします。


 その原因となった大悪人。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんにお団子にして。

 そこにディプラデニアを一輪突き立てているのですが。


 ピンクの五枚の花びらが。

 風車のように、今にも回りだしそうなフォルムのお花なので。


 本日も、バカにしか見えません。



 そんな穂咲の教育方針についてケンカをしたままの宇佐美さんと日向さん。

 今日も朝から、にらみ合いになってしまったのですが。


 どうやってケンカを治めましょう。


 あと、もう一つ。


 お隣の、空いている席をどうしましょう。



 学校から駅へと向かう途中。

 ちょっと道を外れると、クラスメイトの原村さんのお宅がありまして。

 穂咲はちょくちょくお邪魔しては、そこの飼い犬と戯れているのですが。


 ……そんな原村さんの席に。

 現在、ディプラデニアが揺れています。

 


 宿題を家に忘れてきた場合、諦めるのが常ですが。

 電車移動が無いというアドバンテージを生かして。

 原村さんは、雨の中、現在猛ダッシュ中。


 で。


 先生が来て、原村さんが戻ってくるまでの間。

 あたしが席に座って誤魔化すのと。

 穂咲は、無駄な小細工をしているのです。

 さて何分バレずにいられるでしょう?



「…………原村はどうした」


 ですよねー。


「先生なに言ってます? ここにいるじゃないですか!」

「そうそう! 原村奈緒、ここに座ってます!」


 穂咲の心意気に乗っかったのか。

 はたまた、ただの悪ふざけか。


 後ろの方から届いた声に。

 先生は、広いおでこに血管を浮かせながら。


「身代わりが許されるはずはないだろう!」


 ぴしゃりとおっしゃった言葉に。

 みんなは口をつぐんでしまいました。


 うーん。

 このままでは、せっかく原村さんの為に頑張る穂咲が浮かばれません。


 仕方がないので、俺は口を挟むことにしました。


「テスト直前に宿題なんか出す方が悪いのです。テスト勉強とごっちゃになって、家に忘れてしまったのです」

「じゃあ、藍川と原村の代わりに、お前が立ってろ」

「身代わりが許されるはずはないでしょう」


 仕返しとばかりに先生と同じセリフを口にすると。

 この人、大人気ないことに怒りだしたのです。


「屁理屈を言うとは情けない! 紳士たるもの、女子を守ってやるもんだ」

「また紳士ですか。昨日でお腹いっぱいなのです」


 みんなして紳士紳士とうるさいのです。


 この言葉。

 女子と大人が得をする免罪符みたいに思えてきました。


 そしてここで、俺を紳士に改造しようとする第一人者が。

 のんきに会話に混ざって来ました。


「道久君、紳士じゃないと困るの。今日だって、駅のホームに降りる階段のとこで、紳士じゃないお兄さんが迷惑だったの」

「ああ、階段降りてすぐのところに立ち止まっていた方ですね」


 朝の混みあっている時間に。

 そんなところで足を止めて、本など読んでいるものだから。

 階段入り口が通りにくくなって。

 皆さんににらまれていたのですけど。


「みんな、困ってたの。紳士じゃないお兄さんの読んでいた本が、さらに神経を逆なでしてたの」

「そうだね。『ネコの気持ちがわかる本』とか。その前に、通行する人の気持ちを考えて欲しいのです」

「こら貴様ら。世間話して時間を作ろうとしても無駄だ。……秋山」

「へい」

「藍川の行動は、善か、悪か。答えろ」


 うーん。

 俺は腕組みをして考えます。


 当然、悪いことだとは思うのですが。

 でもこれを悪の一言で切り捨ててはいけないとも思うのです。


 善と悪。

 その本当の意味を考えるならば。


 周りの人が、どんな気持ちになるのか。

 そこが重要なのではないでしょうか。


 それを見て、心がぽかぽかするのが善。

 しょんぼりしてしまうのが悪。


 ならば、友達の為に頑張る穂咲は。


「む~~~。…………辛うじて、善かなあ?」

「……そうか。貴様はそう思うのか」

「はい。先生は腹立たしいかもしれないですけど、クラスのみんなはあいつの行動を見て、きっと胸がぽかぽかしているのです」


 俺の返事に、大きな鼻息を吐き出した先生。

 ご納得のいかない答えでしたか?


 でも、原村さんを叱るにしても、あんまり厳しく言わないでほしいのです。

 穂咲を叱るにしても、その想いは酌んであげて欲しいのです。



 ……などと思っていたら。


 

「道久君、何やってるの?」

「え?」

「紳士的に、あたしの席に座ってないとだめなの。あたしが欠席になっちゃう」


 こいつは相変わらず。

 俺の心だけには冷風を送り込んでくるのです。


 ムッとしながら穂咲の席に座りましたが。

 当然反撃です。


「先生。あいつは、やっぱ悪でいいです」

「そうか、ならば仕方ない。藍川、立ってろ」


 当然です。


 …………ん?


「先生。なぜ俺を見ながら言います?」

「何度も言わせるな藍川、立ってろ。……紳士は、女子を守るものだ」

「藍川穂咲は淑女ですから、立ちません」


 そんな屁理屈で言い返すと。


「そうだったな。いいか藍川、淑女は、男子を『立てる』ものだ」

「上手い事言いなさる」


 仕方がないので、俺は穂咲からお花を抜いて。

 ちょうど教室に駆け込んできた原村さんとタッチしながら廊下へ出ました。



 ……そろそろ、ちゃんと授業を受けないとテストが心配です。


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