第9話 鉄拳のロニー

「うーん、ふっかーつ!!」


クロエはその後数日ゆっくり休むと、すっかり元気になった。その間ジャックは色んな情報を集め、ある一人の犯罪者に目をつけていた。


「復活じゃねぇわ!こちとらやっと手がかりつかみ始めたのにぐーすか寝やがって!!次の日には微熱に下がってただろーが!!」


「すぐ動いてまた熱が上がったら困るじゃないのよ。それより、誰がいいの見つかった?」


「ちっ。こいつは国の裏金を操る組織の元リーダーだったやつだ。俺が幹部を全滅させた後、他の国に逃亡してたんだが、最近この国に戻ってきたらしい。それも、大金を持ってな。」


「その大金って、また国の裏金かしら?」


「ああ、逃亡先のもんだ。それをこの国の政府の人間に渡して、また組織を作ろうとしてやがる。その政府の人間は前に組織の事件を担当してたやつらしい。」


「つまり、お金を渡して組織作りを妨害させないようにしてるのね。その政府の人間も最低ね~。」


クロエは腕組みをしながら話を聞いた。


「その、前の組織は何をしていたの?」


「…人身売買や薬物売買、それらの売り上げと国の裏金で兵器の輸入をやってた。」


「兵器って、この国は戦争してないし、過激なグループもいないわよ?そんなもの輸入してどうする気?」


「…戦争を、始めさせようとしてんのさ。この国でな。」


ジャックは資料を机に置き、ため息を吐いた。


「この国は昔色々やらかして、あちこちから戦争をふっかけられてた。が、今は王権から政権に変わり、そーゆーのも無くなった。それを、戦争したかった奴等が悔しがってんのさ。だから自分達が戦争を起こすきっかけを作ろうと、問題を起こしたり兵器を輸入してるってわけだ。」


「そんなこと一般人ができるの?」


クロエは眉を眉間に寄せながらジャックを見た。


「あぁ、昔から関係が悪い国にちょいとふっかけりゃ向こうからやってくる。そうなりゃこっちも対抗せざるをえねぇ。しかも政府の人間にも戦争を望むやつがいるなら余計やりやすいはずだぜ?」


「そんな簡単に言うけど、戦争して何か利益あるの?」


「意外と戦争って儲かるらしいぜ?兵器を作って売ってる国は大儲け、そうすりゃ世界中の経済は動く。そしてさらに兵器の開発などが進む…悪循環だな。」


ジャックは淡々と説明し、コーヒーを飲んだ。


「…戦争だなんて、事が大きすぎるわ。」


クロエは腕を擦り、少し怖がってる様子だった。


「だーから、俺がそーゆーやつらを片っ端から殺していってるんだろうが。」


ジャックはからになったコップをクロエの額にコツッと当てた。


「いたっ!もうっ!そんなのあなただけでどうにかなるものなの!?」


クロエは額を押さえながらジャックを睨んだ。


「俺を誰だと思ってんだよ、世界に怯えられる存在、『切り裂きジャック』だぞ?なめんな。」


「だから、だったでしょ?いい加減気をつけなさいよ。」


「うるせぇ!!ずべこべ言ってねぇで、さっさとこいつのこと見張るぞ!!」


ジャックは上着にフードをつけ、マスクとナイフを準備し、クロエを引き摺りながら外に飛び出した。


「あーっ!!まちなさいよっ!もー!!!」





〜路地裏〜


「……本当にこんなところに来るんでしょうね?埃っぽくていたくないんだけど。」


「うるせぇ、黙って様子うかがえっての。」


二人は人通りの少ない商店街の路地裏で物陰に隠れながらターゲットの男を待っていた。情報によれば金を受け取った政府の人間が、男に土地の権利書を渡しにここへ来るらしい。


「でも、本当にここにきたらどうするつもり?あいつが上手いことでてくるわけもないし……。」


「そーなんだよなぁ。相当悪いことはしてるはずなんだが、あいつの動きはまだ全然わからねぇし……ま、もし出てこなくても暫く泳がせるつもりだぜ?悪いやつのところには、悪いやつが集まるもんだ。にししっ!」


「集まったところで一気に狩るって計算ね。どっちが悪役なんだか…。」


楽しそうに笑うジャックを見て、クロエはやれやれと呆れながら呟いた。すると遠くから足音と男の話し声が聞こえてきた。


「……ちゃんと持ってきたんだろうな。こっちは多額な金を払ってるんだぞ?」


「ご安心を……この程度の権利書を持ち出すぐらいどうって事ありませんよ。」


ジャックとクロエのすぐそばに、二人の男がやってきた。一人は政府の軍服を着ており、もう一人はだらしのない恰好をしていた。


「……来たな。音たてんじゃねぇぞ。」


「分かってるわよ。」


ジャックとクロエは息を潜め、二人の男の様子を伺った。


「しかし、かつて敵だったあんたが手を貸すたぁどういう風の吹き回しだ?はめようって事なら、今ここで息の根を止めてやるが?」


「まさか…私も今の政治には飽き飽きでしてね。平和すぎて、何とも刺激が無い……。こうなるくらいなら、まだ王権時代にあの我が儘王に仕えていた方がよかったですよ。」


政府の人間であろう男は気味の悪い笑みを浮かべながらカバンの中を漁った。


「政権になれば、我々が直接国を動かすことができる…そう思っていたのに、まさか王家の分家如きが割り込んでくるだなんてねぇ。それも、『この国を平和に、過去の歴史を繰り返さぬように』と……。」


「あの王家の血筋にもまともな頭のやつがいたなんてな。迷惑なこった。」


「全くです。」


男は紙を一枚取り出すと、ピラピラと揺らしながら話し続けた。


「しかも王権時代のことを繰り返さない為に、その過去そのものを今の政治で上書きするような姿勢……許し難い。」


「……どういうことだ?」


男は僅かな男の違和感に気付き、少し身構えた。


「……この国の罪を自分達の胸にしまい込み、次に生まれてくる子供たちには過ちそのものを思いつかないようにするのですよ。我々腐った大人のように、戦争や金にそまらないようにね……。」


男は狂気に満ちた笑みを浮かべ、両手を広げた。


「しかし……この国の罪に縛り付けられたままの私達はどうすれば良いのでしょう?このままではこの国の罪は忘れ去られる……今の平和な世の中に潰される……罪は……『私達』は人々の記憶から掻き消されるのですよ!!」


「あんた……一体何を言って……っ!?」


男は気味が悪くなり、咄嗟に逃げようとしたが、いつの間か地面から現れていた影のようなものに足がつかまれており、バランスを崩して転んでしまった。


「そんなのは嫌です……私達は許しません…!この国は罪から逃れることなど出来ない……私達がいるかぎり…過去がある限り、この国は罪を犯し続ける事でしか成り立たない!それを拒むというのなら……この国を壊してあげますよ……っ!!」


そう言うと男は影のようなものに包まれ、腕が巨大な刃物に変形した。そう、以前現れた化け物と化したのだ。


「き、貴様…ッ!!あの化け物の仲間か!」


男は必死に立ち上がり、内ポケットから銃を取り出した。


「……我々を消そうとするなら、我々があなた方を消すまで……。そうすればあなた方も、我々と共にある。」


化け物はそう言ってニタリと笑うと、男に向かって襲ってきた。


「来るな……来るな化け物ッ!!」


男は化け物に向かって銃を連発したが、それはいとも簡単に弾かれ何の意味も成さなかった。化け物は刃物を大きく振り上げ、男の体に向かって振り下ろした。


「う……ウァアアアッ!!!」


「マズいっ!!」


「ジャックッ!?」


ジャックは咄嗟に物陰から飛び出し、男を突き飛ばして身代わりになった。刃物はちょうどジャックの左肩を切りつけ、包帯がほどけた。


「くっ……!」


ジャックは少し顔をしかめたが、すぐに体勢を整えた。


「ぼ、ボウズ……!こんなところで何をしてるんだ!?」


「んなこと言ってる場合か!さっさと逃げろ!!てめぇが相手できるようなもんじゃねぇ!!」


ジャックはほどけた包帯の残りを引きちぎり、黒い影の左腕を出現させた。


「その腕……お前があの化け物とやり合った……!?」


男は目を見開きながらジャックを指差した。


「倒せはしねぇが、足止めぐらいしてやる!だからさっさと逃げやがれ!!」


ジャックは再び襲いかかる化け物の刃物を左腕で受け止め、必死に耐えた。男は少し躊躇したが、歯をかみしめながらその場から逃げ去った。


「ちょっと!!何で逃がしちゃうのよ!どっちにしろ殺す予定なら助けなくても良いじゃないの!」


クロエは物陰に隠れたまま叫んだが、ジャックはそれどころではなかった。


「うるせぇ…んだよっ!!」


ジャックは刃物を押し返すと、化け物の腕を切り裂いた。


「……!!」


化け物は少し後退ると断面を見つめたが、すぐに笑みを浮かべて腕を再生させた。


「うわ……意味なしかよ……!」


「きゃっ!?」


ジャックはすぐにクロエの元に駆け寄り、脇に抱えて走り出した。


「商店街を抜けたら誰もいねぇ空き地がある!そこまでおびき寄せるぞ!!」


「この抱え方くるしいんだけど!!」


クロエは不満を溢しながら必死にジャックの腕にしがみついた。化け物はすぐに二人を追いかけてきた。


「くっそ……速ぇっ!!」


ジャックの人間を超越した身体能力をもってしても、化け物の速さにはかなわなかった。


「おい!なんか術でだせねぇのかよ!フライパン以外で!」


「出せるとしてもこんな状態で出せるわけないでしょ!?」


「てことは元々だせねぇんだな!!」


「うるさい!!」


二人が走りながら言い合いしてると、化け物は刃物をジャックの足元に振り下ろした。道はレンガで出来ていたが簡単に破壊され、ジャックはその衝撃で吹き飛ばされた。


「って!!」


「いたっ!!」


クロエもジャックの腕から吹き飛ばされ、地面に体を打ちつけた。


「おい、大丈夫……か…」


ジャックはすぐに立ち上がってクロエに駆け寄ろうとしたが、すぐ後ろに化け物が立っており、刃物を首に当てていた。


「……ここは流石に…やべぇよな?」


ジャックは冷や汗をかきながら動きまいとじっとした。


「……オマエ、モ……ワレワレト、オナジ……ツミニトラワレシ、モノ。」


化け物はすでに話し方も変わっており、先ほどまで人間の姿だったとは思えなかった。


「……誰がてめぇなんかと同じだよ…!訳わかんねぇこと言ってると、また腕切り落とすぞ…。」


ジャックは顔を引きつらせながら化け物を睨んだ。化け物はニヤリと笑うと、刃物を振り上げジャックの首に突き刺そうとした。ジャックは咄嗟に目をつぶり、左腕で首を守った。


「昼間っから騒がしいッ!!!」


すると誰かが化け物の背中に向かって飛び蹴りを食らわせた。化け物の体はミシミシと鈍い音を立てながらジャックを通り越して突き飛ばされた。


「………うわっ。」


ジャックは状況が理解できず、キョトンとしていたが、跳び蹴りをした本人を見て顔を青ざめさせた。


「全く!化け物め!!こちとら開店準備で忙しいのよ!!道も壊しやがって客が減るじゃないのよ!!」


ジャックの目の前には筋肉が付いたがたいの良い体をした坊主の男が立っていたが、話し方はどこか女っぽく、身につけていたエプロンも大変可愛らしい物だった。


「大丈夫か、ボウズ!?」


するとその後ろから先程の男が駆け寄ってきた。


「てめぇ、逃げろって言ったのに…!」


「ガキ置いて自分だけ助かるほど神経腐ってねぇわ!嬢ちゃんも大丈夫か!?」


「えぇ……大丈夫だけど……。誰このおか……ムグッ。」


クロエがある言葉を口にしようとすると、ジャックは咄嗟にクロエの口を塞いだ。


「シーッ!!」


「あら……今何か失礼な言葉が聞こえてきたような気がしたんだけど?」


「い、いやぁ……そんなことは無いと思いますがねぇ、あは、あはは!」


ジャックは必死にごまかしながら苦笑いした。そうこうしている間に、化け物はのそっと起き上がってきた。


「まだ動くの?しつこいわねぇ、もう一発食らわせてあげましょうか?」


女口調の男は拳を握って身構えたが、急に雨が上がり、化け物の動きが止まった。


「あ、雨が……。」


クロエが呟くと、化け物は地面に溶け込むようにして消えていった。


「ふんっ。一昨日きやがれってのよ!」


「すまんな、突然連れ出しちまって……。『鉄拳のロニー』なら何とか相手できんじゃねぇかと思ってな…。」


男は申し訳なさそうに頭を軽く下げた。『鉄拳のロニー』と呼ばれた女口調の男、ロニーは苦笑いした。


「やめて頂戴、その呼び方は…。今の私は『BARを営む乙女』よ。」


「ははっ!そうだったな!!」


男は自分の膝を叩きながら笑った。そしてジャックの方を見て、手を差しのべた。


「俺を逃がしてくれてありがとよ。俺はバルってんだ、今度礼をさしてくれ。」


「お、おう……。」


ジャックはバルの手を取り、ゆっくり立ち上がった。


「うちの常連が久々に現れたと思ったら、ガキを助けてくれって言うんだもの。びっくりしちゃったわ。」


ロニーは腕組みをしながらじっとジャックとクロエを見つめた。


「あんたも何したか知らないけど、こんな訳ありのガキと女の子に助けられちゃって面目ないわね。また悪いこと企んでたんじゃないの??」


「まぁ考えてねぇとは言えねぇな。だが今回はちょっと違うぜ?」


バルは少し伸びた髭を触りながら微笑んだ。ロニーは怪しいと言わんばかりにじとっとバルを睨んだが、すぐにジャックに視線を移した。


「……。」


(……ちょっとジャック!なんか凄い見られてるわよ!?しかもあなたこのオカマのこと知ってるっぽいじゃない!どういう関係!?)


クロエはジャックの袖を引っ張りながら小声で話し掛けた。


(いやぁ……呪いがかかる前に情報屋として協力してくれてたんだよ。なんせ親父と縁があってな。)


ジャックは苦笑いしながら答えた。


(だが今じゃ俺のこと覚えてねぇんだろ?色々面倒だしよ、ここは初対面ってことでやり過ごそうぜ?)


(まぁそうだけど……まだ見てるわよ……?)


クロエはチラッとロニーを見たが、ロニーは腕組みをしたままジャックを見つめ続けていた。


「……あ、あのぉ…何か俺の顔についてます?」


ジャックは恐る恐るロニーに尋ねた。暫く黙ってからロニーはそっと口を開いた。


「…ジャック……?」


ロニーのその言葉に、クロエは目を見開いた。


「な、何故あなたのことを覚えているの……こんなの、あり得ない!」


クロエは混乱し、頭を抱えた。その一方で、ジャックはすぐに原因が分かったのか案外平然としていた。


「何でそんなに落ち着いてるのよ!!呪いのかかってない人間があなたのことを覚えているはずないのよ!?」


「いや、だってよ……って、うぉっ!?」


ジャックは訳を話そうとしたが、それはロニーがジャックの肩をガシッとつかんで間近で顔を見つめ始めたことによって遮られた。


「……いや、違う。でもそれにしては似すぎてるわ…匂いも同じ。」


「犬!?」


クロエの突っ込みも気にせず、ロニーはジャックの頬にそっと触れた。


「……まさか、あなた……ジャックの?」


「……あぁ、息子さ。」


ジャックは苦笑いしながら頷いた。するとロニーはぱぁっと嬉しそうに笑みを浮かべながら、ジャックを思い切り抱き締めた。


「あぁっ!!やっぱりね!!あの後どうなったのかよく分かってなかったから心配してたけど……こんなに立派に育ってたのねぇ…!!」


「グォエッ……!?」


「おいおい、ボウズ死んじまうぜ。」


バルは呼吸が出来ずに泡を吹きかけているジャックからロニーを慌てて引き剝がした。クロエは意味が理解できず、キョトンとしていた。


「……息子?ジャックの息子が……ジャック??え??」


「あら?あの子ったら子供に父親の名前をつけたの?」


ロニーは顎に手を添えながら首を傾げた。ジャックは深く息を吸い込みながら体勢を整えた。


「いや、そう言うわけじゃなくてよ……。」


「まさか……ジャックの仕事、勝手に継いだんじゃないでしょうね!?」


ロニーはものすごい鬼の形相でジャックに詰め寄った。ジャックはギクッと肩を振るわしながら後退りした。


「ゲッ……バレた……。」


「バレた、じゃないわよ!この馬鹿息子!!それがどういうことなのか分かってるの!?」


ロニーはジャックの胸ぐらをつかみ、怒鳴りつけた。


「……分かってるさ。」


ジャックは静かにそう答え、ロニーの手を掴んだ。


「……それを、ジャックやマリアが望んでると思ってるの?そんなものを、子供に背負わせたいと……!!」


「……俺が望んで背負ってんだよ…っ!!」


「っ……!」


ジャックが俯きながらそう叫ぶと、ロニーはハッとして手の力を緩めた。それを見てバルはロニーの肩を掴んだ。


「……外じゃなんだ、今日は俺が店を貸し切るから、一杯しながらゆっくり話そうぜ?」


「……そうね…。あなたたちもおいで、傷の手当てもしなきゃ。」


ロニーは少し悲しそうに微笑みながら立ち上がった。ジャックも黙って頷き、立ち上がった。


「……。」


クロエは『切り裂きジャック』にはただならぬ過去があることを悟り、とんでもない者に手をかけてしまったような気がした。そして店に向かって歩き出したジャックの背中から何かの感情も感じたが、それが決して明るいものではないこと以外よくわからなかった。


「おい、置いてくぞ。」


ジャックが振り返ってクロエに声をかけたとき、クロエは我に返って慌ててジャックの背中を追い掛けた。





―ロニーBAR―


「はい、これでいいわ。」


ロニーは店に戻るとクロエから事情を説明してもらいながら、ジャックの手当をし、ついでに左腕の包帯も直してやった。


「悪い……。」


ジャックは上着を着て服装を整えた。


「いいのよ、これぐらい。それよりも大変ねぇ…厄介な呪いなんてかけられちゃって。」


「まぁ俺はもうちょっとでその男を誘き寄せるエサにされかけたがな。」


バルはカウンターの椅子に腰掛けながら苦笑いした。


「あんたが悪いことしようとするからいけないんでしょ?今度は何しようとしてたのよ?」


ロニーは救急箱をしまいながらバルに尋ねた。バルは腕組みをしながらにっと笑った。


「実はな…あの政府の野郎を上手く騙して、ある場所の権利書を頂こうとしてたんだ。」


「ある場所って…どこなの?」


クロエはロニーに出してもらったオレンジジュースを持ちながら首をかしげた。


「それはな、町外れにある教会なんだ。そこには孤児院もあってよ、沢山の子供がそこで暮らしてんだ。」


「そこって、グレンって牧師がいる所?」


ロニーは目を見開きながらバルを見つめた。バルは図星といったような表情をした。


「お?よく分かったな。そのグレン牧師に恩があってな…ちょっくら困ってるって言うから助けてやろうとこの手に出たってわけだ。」


そう言うとロニーは満面の笑みを浮かべてバルを抱き締めた。


「あんたよくやったわぁ!!今までろくな事してなかったのに、見直したわっ!」


「オイオイ!!苦しいって……!」


バルはロニーの腕を叩きながら足をばたつかせた。クロエは呆れたような顔をしながらジュースを飲み、ふと横目でジャックの方を見た。その時、ジャックの瞳は光を宿しておらず、どこを見ているのかさえ分からなかった。クロエはジャックのその表情に少し恐怖を覚えた。


「…そういえば、困ってることって…何かあったの?」


ロニーはバルから離れながら尋ねた。バルは襟を正しながら咳き込んだ。


「ゲホッ…。前の牧師が政府の裏の人間に土地の権利書を売っちまってたんだ。とある計画のためだったんだが、その牧師が死んじまってパーになっちまったらしい……だが最近権利書を他の政府の人間が見つけてな、その土地を開拓して工場を作ると立ち退きを要求してきたんだとよ。」


「それであんたが権利書を取り戻そうとしたのね。」


「あぁ……亡命先で知り合った人間に協力してもらって金を作って、パーになった計画を再実行してやるって口実で権利書を買い取るつもりだった。まさかあいつがあの化物だったとは思わなかったぜ。」


バルはため息を吐いた。


「ボウズがいなかったら、俺ぁ死んでた。理由はともあれ、助かったぜ。」


「あ…あぁ……、俺こそ勘違いしてエサにしようとしてて、悪かった。」


ジャックはハッと我に返り、苦笑いした。


「とはいえ…肝心の権利書は置いてきちまったな……。今頃雨でグチャグチャかもなぁ…。」


バルは少し落ち込んだ様子で呟いた。それを聞いてクロエは何かを思い出し、ポケットを漁った。


「あ、それならあたし拾ってたのよね。何の権利書か後で見ようと思って…、あ!あったわ!」


「嬢ちゃん!!でかしたぞ!!」


バルはクロエから権利書を受け取り、嬉しそうにそれを見た。少し濡れたとはいえ、何の問題は無かった。


「これであの教会は安心だ……。グレン牧師も喜ぶ…!」


「ふふっ、よかったわね。」


クロエは子供のように喜ぶバルを見て微笑んだ。


「ああ、これで恩も返せるってわけだ。」


バルはにかっと笑い、大事に権利書を鞄にしまった。


「そういや、その恩ってのは?」


「へへっ……実はこの国に戻ってくる時に昔敵対してた連中に見つかっちまって、まぁ撃たれるわ斬られるわで死にかけてたわけよ。幸いにも死んだと思われて連中は帰っていったが、動けず倒れてた俺をガキどもが見つけて牧師を呼んできた…それがグレン牧師だったのさ。奴は俺が危険な奴等に狙われてると分かっても教会に匿ってくれて、介抱してくれた。ガキどもも人懐っこくてなぁ…見舞いの花や菓子をくれるんだよ。そんな奴らがどこにも行く場所がないのに政府に立ち退きを迫られてるって聞いたら、じっとしてらんなくてな。」


「そうだったの……。」


ロニーは頬に手を当てながらバルを見つめた。


「でも、あんたも変わったわね。昔のあんたなら、助けてもらったってこんなことしなかったでしょうに。」


「まぁ、そうかもなぁ…。俺も徹底的に潰されてから、色々孤独だったから、人の優しさってのに気付いたのかもな。」


バルはフッと微笑み、髭を撫でた。 (目の前に潰した本人がいるとも知らずに)


「「うわっ、寒っ!」」


ジャックとクロエは口を揃えて言った。バルは顔を真っ赤にさせながら恥しそうに怒鳴った。


「ほ、ほっとけいっ!!」


「まぁまぁ、そう怒らないの。寒いオッサン。」


「お前もかっ!!」


ポンと肩を叩いたロニーの手をバルは振り払った。


「つーか、あんたもグレン牧師と知り合いなのか!?」


「ええ、そうよ?もうかれこれ二十年近い付き合いかしら?」


ロニーは頬に手を当てながら微笑んだ。


「戦争中に同じ軍隊に所属してたのよ。まぁあの子はあたしと四歳ぐらい離れてて、まだ成人してなかったんだけどね…、『鷹の目』とか言われちゃってて、射撃で大勢殺してたわ…。」


「え?二十年前って、この国戦争してたの!?」


クロエは目を見開いて驚いた。


「ええ、そりゃ派手にぶちまかしてたわ。そう…もう若い子達は知らないのねぇ。」


ロニーは少し悲しそうな顔をしながら呟いた。


「結局この国は周りの国を一気に征服して、大国家になったわ。その分多く血が流れた…味方も敵もね。王権が終わる時、二度とあの戦争が繰り返されないよう次に生まれてくる世代には戦争そのものを教えなかったわ。そしてあたし達は、あの記憶を自分の中に閉じ込めたの……忘れられない、あの地獄の記憶を。」


「そう言えば、あの化物もそんなこと言ってたわね。それで、我々はどうなる…的なことも言ってたわ。」


クロエは顎に手を添えながら先ほどの化物の言葉を思い出した。


「…まぁ、分からないこともないわよね。実際恐ろしい数の人間が死んだ酷い戦争だった……それが忘れられてしまうのは、何だか複雑だわ。」


「俺達ぁ、ただあの地獄を飲み込んで…墓場まで持っていかなきゃならねぇ。それもまた苦しいもんだよな…。」


バルもロニーと同じように悲しげな表情を見せた。


「…でも、それで戦争が起こらなくなるなら仕方ないんじゃないの?」


クロエは少し気まずそうにしながらも、そう言った。するとジャックは不機嫌そうに呟いた。


「…死んだ人間も、忘れられちまう。」


「え…?」


クロエはふと振り返り、ジャックを見つめた。ジャックは独り言のように、さらに続けた。


「そりゃ戦争が起こらなくなるのはいい事だ。だが、その戦争で死んだ人間も忘れられちまったら、その人間が生きてた証ってのが無くなる。誰かが覚えてなきゃ…死んだ人間がどんな生き方をして、どうやって死んだか…。」


「…お父さんと同じ事言うわね…。」


「あ…?」


ジャックはハッと顔を上げ、ロニーを見た。ロニーは少し微笑み、ジャックを撫でた。


「あの人も前に、同じようなこと言ってたわ。『死んだ者のことは、自分がしっかりと記憶する。そして、伝えるまでが、切り裂きジャックの務めだ。』ってね。」


「え!?『切り裂きジャック』って、あなたから始めたんじゃなかったの!?」


クロエは驚きを隠せず、目を見開いた。


「おう、『切り裂きジャック』は親父から引き継いだもんだ。ま、親父がどんな風にやってたかは知らねぇけどな。」


ジャックは鼻で笑い、背もたれに凭れた。ロニーは苦笑いしながらジャックを見た。


「流石親子って感じね。口調は全然違うけど、雰囲気はそっくり…。何だか懐かしいわ。」


「…あんま俺の前で親父の話しないでくれ。嫌いなんだよ、そーゆーの。」


ジャックは頭をわしゃわしゃと掻きながら不機嫌そうに言った。


「あらあら、それはごめんね。」


ロニーはよしよしとジャックを撫でながら謝った。ジャックは子供扱いされているのが気に食わず、さらにムスッと不機嫌になった。


「…でも、あたしはお父さんのことジャックって呼んでたからややこしいわね…。あ、Jrだからジュニちゃんって呼ぼうかしら!」


「ジュニちゃん!?」


「ハハハッ!いいじゃねぇか、可愛らしくてよ!」


バルは少し馬鹿にしたように笑った。クロエも必死に笑いを堪えていたが、プルプルと震えていた。


「でしょ!?じゃあジュニちゃん、これからあたしもその呪いをかけた男の捜索、協力するわ!よろしくね!」


「……その呼び方やめろぉおお!!!」


こうしてジャックとクロエに強力な助っ人、ロニーが加わった。

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