タマゴ40gって、どれくらい?

ゆわか

タマゴ40gって、どれくらい?

「タマゴ40gって、どれくらい?」


ネットで見つけた簡単で美味しいお菓子のレシピを読みながら、カナエはつぶやいた。

検索してみると、どうやらMサイズのタマゴ1個分らしい。


冷蔵庫を開けると、ちょうど1個残っていた。

後は、小麦粉と砂糖と無塩バター。


買いに行く時間がないわけでも、お金が足りないわけでもなかったが

そもそも、お菓子を作りたかったわけではなく

賞味期限が切れそうだった無塩バターをどうにか消費せねばと思い立った次第である。


ゆえに、今家にある材料だけで作りたい。

で、あるからして、ベーキングパウダーや生クリームは使わないレシピを探し出した。


タマゴとバターは常温とやらに戻す必要があるらしい。

面倒だからその手間は割愛するとして、とりあえず冷蔵庫からは出しておこう。


さて次に必要なのは調理器具か。


「えーと、ボールと泡だて器、後はゴムベラかな」


これがゲームなら、家の中を探索して調理器具をかき集めるのだろう。

なんでそんなところに片付けたのか、なんの目的で厳重にカギをかけたのか、しかるにその謎の高等技術を使った仕掛けを施そうと思った理由は?

などなど、どうでもよいようなツッコミを入れながら部屋のアチコチを探し回り、時間内に見つからなければ家が吹っ飛ぶことだろう。

もちろん、家が爆発する理由は不明である。


考えてみるとちょっと面白そうだなと思ったが、謎の高等技術など持ち合わせていないカナエに実行できるはずもない。


調理器具たちは、カギの一つもかかっていないごく普通の戸棚や引き出しにキチンと片付けられていた。

普段あまり調理をしないので勝手が分からず、いくらか多めに扉の開け閉めしたもののどちらかというと簡単に発見できたことを、几帳面なキッチンの主である母に感謝する。


いや、別に感謝するほどのことでもないか。

というと、全国の主婦(主夫)さんに怒られるんだろうなあ。

昨今はうかつなことをつぶやくと、すぐに炎上するらしい。


一体何が悪いというのだろう。

そうか、言葉があるからいけないのだ。

言葉をなくしてしまえばいい。

などと言うと、また炎上するのだろうな。


つきつめていくと、最後には人間がいなければいいということになるらしい。

本末転倒である。


そうこうしているうちに、バターが心持ちやわらかくなってきたようだ。

そろそろ調理を始めるとしよう。


「えーと、クリーム状になるまで泡だて器でかきまぜる?」


マーガリンなら最初から若干クリーム状だが、バターもクリーム状になるものなのか?

とりあえずボールに入れたバターを泡だて器でつついてみたが、かきかぜるというにはいささか無理がありそうな印象だ。

しかし、とりあえず頑張ってみることとする。


なんというか、ボールの側面にバターを塗っているような感触。

どうにか塊がなくなるまで塗りたく・・・かき混ぜ、おもむろに砂糖を投入。


じゃりじゃり、じゃりじゃり、じゃりじゃり。

音がしなくなるまでかき混ぜる。

腕が疲れた、痛い。

そろそろ誰か代わってくれないだろうか。

周りを見回してみるが、あいにく在宅しているのは、カナエだけだった。


自分の他に誰もいないことは、最初からわかってはいたのだが、それでも見回してしまう。

それが人間の性なのだろう。

誰かに見られていたら恥ずかしいと思うところだが、幸い一人きりなので恥ずかしがる必要はない。

必要はないが、やっぱりちょっと恥ずかしいなと思うカナエであった。


「そういえば」


ふと、電動の泡だて器がどこかにあったはずだと思い出した。

それを使えば、いわんやレシピに記載されている通り、クリーム状のバターができあがるのでは?

我ながらナイスなアイデア!


いやいや、よく考えるのだ、カナエ。

これ以上調理器具を増やすと、片づけが大変だよ? いいの?


「ヤダ」


さすが、面倒くさがり屋、即答である。


ちなみに、電動を使っていたら、おそらく溶けたりないバターが四散し、さらに片づけが大変なことになっていただろう。

それに、さっき調理器具を探したときに見つからなかったのだから、今から探しても見つからないかもしれない。

そうなれば、大いなる時間の無駄と言うものだ。

手動を選んで正解だったのだ。そうに違いない。


そろそろと、溶いた卵を少しずつ加えていき、最後に、小麦粉を振るいいれる。

粉ふるいは見える場所にあった。

の、だが、それを使うと、例によって洗うのが大変なのが目に見えているので、振るわずに入れる。

ポツポツとダマができているようだが、気にしない。


気にしないというより、むしろ率先してダマを作りたい。

カナエは、ホットケーキなどのダマになった部分が結構好きなのだ。

ウソじゃない。ウソじゃないよ。ホントダヨ。


なかば自分に言い聞かせながら、いくつかの大きめのダマをゴムベラでそっと潰す。

さすがに腕が限界だ。

粉を入れた後は、混ぜすぎてもよくないと聞く。

この辺で勘弁してやろうじゃないか。


というわけで、生地が完成し、最後は形を整えて焼くだけだ。


「オーブンを予熱」


ここで、とんでもないことに気が付いた。

予熱しておくのを忘れていた、などという些細なことではない。

そういうのは、今からでも予熱すればいいことだ。

もっと根本的かつ基本的な注意不足だ。


ケーキ型がない?

ケーキを焼くだなんて誰が言ったかね?


材料の入れ忘れ?

大いにあり得そうだが、そういうことではないよ。


ふむ、どうやら気づいたようだね。

そうだ、我が家にはオーブンがなかったのだよ。


だが諸君、慌てることなかれ。

オーブンがなければ、フライパンで焼けばいい。

なんの問題もない。


え? じゃあなんで騒いだのかだって?

騒いでなどいない、とんでもないことに気づいたといっただけだ。

まあ、こっそり本音を明かすとちょっと慌てていたのは事実だが、気にしないでくれたまえ。


ちりりりりん、ちりりりりん。

おや、誰から電話だろう。


「え、今からカラオケ? いくいく!」


加熱前の生地は、冷蔵庫に丁重に保存されるが、その数ヵ月後に残酷な状態で発見されることとなる。

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