美少女と一緒なら、忙しい異世界も許せますか?

パタパタ

第1話 これは何回目の召喚ですか?

「ようこそおいでくださいました勇者さまっ」


 暗闇から弾んだ声が飛んでくる。

 これは異世界召喚だ……よな?

 足元が光始めた時から何となく覚悟は決めていた。けれどもいざ転移してみると、やっぱり何というかこみ上げて来るものがあるな。


 淡く輝く小粒が、空気中を漂っている。何度見ても幻想的だな。

 出所を探るべく、俺は目線を下へと落としていった。

 それらは床に描かれた魔法陣から発せられてるようで、この部屋唯一の明かりでもある。

 つまりは、部屋全体が暗いわけだ。

 特に上にいくほどその濃さが増す。どこまで続き、天井がどこにあるか見当が付かない。

 これ以上見る物はないな――と俺は上がった顎を引っ込めて、再び足元に目を向けた。

 うげっ。目に飛び込んできたのは、悪寒を誘う置物の数々。改めて見渡すと、あちこちに散布されているようだ。気味が悪い。

 それぞれ召喚魔法の触媒的な役割を担っているんだな、きっと。


 慌てる声が俺の鼓膜を揺らした。

 俺を含めて五人が同時に召喚されたらしい。

 

 そうかそうか。……よっしゃ。なら任せても問題ないな。

 幸運なことに視界は悪い。逃げるには絶好の機会だろう。

 俺は慎重な足取りで、出口へと近づいていった。


「えっとえっと。――ありましたっ」


 活発な音が響き、俺の野望はいとも簡単に瓦解した。

 理由は単純明快で、部屋の明かりがついたから。それだけだ。

 光を放つ魔法道具がこの部屋にいるものを等しく照らし始める。

 くそ。全くもうちょっとだったのにな。


 視界に色が付く。

 俺は俺の側で魔法道具に魔力を注いでいる金髪の少女と――目があった。


「こんにちわ勇者さまっ」

「……お前かっ」

 

 声色から察するに、先ほどから聞こえていた声は彼女のもの。

 ありましたとは、魔法道具を見つけたということか。

 顔も見られてしまったし、こうなったら逃亡は諦めるしかない。

 やれやれだ。俺は後ろを振り返る。

 そして――。


「まじかよ」


 ――ついぼっとんと口から驚愕を吐き出してしまった。

 そこにいたのは、彼・彼女半々の計四人。人数は増えても、減ってもいない。

 されど部屋の明かりが俺により多くの情報の取得を可能とさせた。

 それゆえにだ。


 服がちげぇ。

 今の俺は相当空気の読めない存在になっている。

 詳しく整理するとしよう。

 現在の俺が身に着けている服は、芦品高校指定の全体的に青がかった制服。

 まぁ当然だ。学内で召喚されたんだからな。

 対して、残りの四人の制服(ということにしておこう)はまず青がない。黒色をベースにして、赤色の縦縞が入っているという明らかに俺のとは別物だ。

 かっこいいのもむかつく。


 おいおい。一対四とか始末が悪すぎだろっ。


「あれれ人数が多いです?

 勇者は三人のはずですけど」


 召喚した側も不測の事態に陥っていた。

 声の主は件の少女だ。艶のある金色の長髪を振り乱して、慌てふためいているご様子。

 清楚というよりはお転婆オーラを否めない。

 が、おそらく俺達を召喚した国の姫様だろう。

 服や装飾品が豪勢だし。

 

 しっかりしてくれよ。

 これじゃあ完全に俺が貶められるじゃないか。

 ――いや待て。むしろチャンスボールの到来だな。

 仲間外れになれば合法的に勇者の立場を下りられる。

 もう飽き飽きなんだよ。実行あるのみ。


「済みませーーん。どうすれば――いいのでしょうか――。

「はい!

 ステータスと唱えてみて下さい」


 俺はオーケストラ涙目の美声をかました。

 さらに身振り手振りで存在をつよくアピールする。

 ……結果、何それ美味しいの!?

 と、見ての通り惨敗だ。

 可笑しい。服が違うんだぞ。一目で俺が変わり者だと分かるだろっ。

 それにこんな奇行に走る奴と一緒にいたくないよな。なっ!

 応答なし。ちくしょう。


【ステータス】

 

 仕方ない。俺はため息交じりに詠唱する。

 無機質な画面が目の前に現れた。


《和田修平 男 十六歳(爆笑)

 現在の職業:すぐれた勇者

 元枠:英雄。ダンジョンマスター。商人。etc.

 魔法:やってやれないことはない。

 能力:考えるな感じろ!》


 ……

 …………

 ………………ふーん。だから嫌だったんだよ!!!


「おい何もおきねぇぞ」

「どうなってんだ?」


 後ろで二人が喚いている。口調・音程から、十中八九男だろうな。

 俺は自分のステータスを隠すように隅の方へ移動したからはっきりと確定できないけども。

 深淵を除くとき、深淵もまたこちらを除いている。

 見ないのが一番だ。

 話の流れから、ステータスを上手く出現できないとある程度予想は付くが。

 

 うん?

 そういえば……言葉に魔力を込める、詰まるところ詠唱にはそれなりのコツがいるんだっけ?

 召喚されたばかりの日本人ができなくて当然か。

 失敗したかも。

 しょうがない。誰かと一緒に召喚されたとはこれが初めてなんだからな。

 俺か。俺はもう慣れた行為に昇華されちまってるよ。


 あの忌まわしい過去が溢れかえってくる。

 この際だ、はっきりいおう。おれは自分が巻き込まれだなんて微塵も思っていなかったと。

 


====== ====== ======


「突然ですが、貴方には英雄の才能が有ります!!

 その力をいかすため、私女神アテラーナのもとで異世界へと召喚されてみませんか」

「そうですか」

 

 自身を女神と名乗る絶世の美女。

 話す内容をまとめると、英雄として異世界召喚……おっしゃ――。最高かよ。

 異世界なんて全人類のユメだろ……本当に夢じゃないよな?

 頬を抓ると、痛みがあった。

 幻想じゃない。飛び上りたい気持ちで一杯だったが、必死に抑え込む。

 そっけない風を装った。


「裏表を使い分けるその態度っ。商人の適性もあるようです!!

 どうですか?」

「ええっ??

 それもいいですが、一般的に育った人間なら誰でも持っている技能だと思います。商人には経済学とか」

「はい。神への反抗いただきました」


 さずがは神様ということか、ばっちり見抜かれていた。

 商人に格下げされてしまう。そんなことさせてなるものかっ。

 俺は強めの否定に乗り出した。


「魔王も大丈夫そうですね」

「ええっと」

 

 商人よりはましだ。

 しかし英雄の方が――。


「安心して魔神も任せられます」


 考えている内に、何故か万華鏡のように切り替わっていく俺のセカンドライフ。

 その後、どんなリアクションを起こしても、新たな提案がなされるだけだった。

 吟遊詩人や盗賊ななどといったマイナーなものを挟みながら、どんどん話は進んで行く。


「なるほど。ダンジョンマスターもお願いできると上に伝えておきますね」

「……」


 疲れた。

 反応する気が起きず、黙りこくる俺。


「それではそろそろいいですか?」

「はい。やっとか」


 職業スロットはダンジョンマスターで止まった。

 考えるのはよそう。気力もないし。

 自作のダンジョンでゆったりとした生活も、忙しい世の中を考えれば、悪くない。

 ぜんぜんありだな。


「それではいってらっしゃい!!

 まずは英雄からお願いしますね」

「……どうこと??」

 

 解せない言葉が、動きを止めた俺の活力タービンを再びまわす。

 だが、けっきょく考える暇は与えらずに、答えがとんできた。


「勘違いしているようですが、全部ですよ」

「……マジ?」

「おおマジです!

 それもいいですが――と言ってくれたじゃありませんか」


 そうじゃねぇよ。確かに言ったけどもね。

 それは英雄の方がいいって意味で、○○もやりたいって意味じゃない。


「ちが」

「よろしくお願いします!!」


 声を荒げ……られない。

 俺の意識は重く、深くに沈んでいった。

 

 目を覚ますと、……異世界に召喚されてしまっていた。

 体は縮んでいない。

 それから俺の召喚ラッシュが始まったんだ。


 やっと日本に帰ってこれたと思ったんだけど!

 だけど!!

 ――ここに至る。

 あくまでもはしゃいでいたのはあの時の俺であって、今は違う。

 もう異世界は飽きを通り越して、うんざりなんだ。

 ……同じ意味か。とにかく最悪だ。


 いかんいかん。

 塵積がここにきて爆発してしまったようだ。

 深呼吸をしよう。すーはーすーはー。

 さて今はステータスに集中すべきだな。


《和田修平 男 十六歳(爆笑)

 現在の職業:すぐれた勇者

 元枠:英雄。魔王。ダンジョンマスター。etc.

 魔法:やってやれないことはない

 能力:考えるな感じろ!》

 

 ああ。わかっていた。

 突っ込みどころが多すぎる!!

 まずは年齢に関してだが、笑われる筋合いはない。

 確かにもう何回も十六歳を繰り返しているが――。

 それは『人の一生ではとうていこなせる量じゃありません。ですのでいっそのこと止めちゃいましょう』ってお前らが言ったからだよな。

 ステータスは神様が与えた恩恵なんだろ。あれとは違う神さまなのかもしれないが、俺からすれば同罪だ。

 たたき割りたくなってくる。

 

 それに優れたじゃなくて、はぶられた勇者に改名してほしいわ。

 この場で俺を抜擢するとか、ちょっと勘弁してください。

 かみさま、答えてよ。

 

 表記もいい加減だし……これなら他者に見られても平気か?

 勇者って書かれてる、言うまでもないな。ってことはステータス選定の前にどうにかして退場しなければならない。

 仲間外れ感をもっと前面に押し出していくしかなさそうだ。


「ちっどうせお前だろ」

「さっさと薄情しろよ。邪魔なんだよ」


 そんな時、先ほどの男二人が炙り出しに動いた。

 ありがてぇ。気落ちする俺に突き刺さる恵み。

 罵倒がこんなにも清々しいなんて知らなかったな。

 

「喜んで拝命します」


 ご命令通りに、さっさとドロンさせていただきます。

 俺はステータスを閉じると、軽く後ろ手を振りながら歩みを進める。


「無視すんなよ」

「うざ」


 何かが変だ。

 俺は要求にしっかり応じている。無視という言葉は当てはまらない。

 足を止めて振り向いた俺は、事態を正確に理解した。

 俺じゃないのかよ。二人で、仲間の女子一人を貶めている模様。顔がこちらに向いていなかった。


 いっそここまでくると晴れやかな気分になってくる。

 幽霊にでもなった気分だ。

 ゴースト――自由に過ごせて、誰にも認知されないなら願ってもない役職だ。


「さっさと消えろ」

「ははっざめねぇな」

 

 さなか罵詈雑言の弾丸は絶えず少女に放たれ続けている。

 整った顔立ちで、背は平均サイズ。サイドテールに結われた黒髪が光を受けて、輝いている。四肢は細いが、貧相な体型ということもない。でてほしい所はしっかりと主張している。

 肌の白さも不健康を感じさせるほどのものではない。

 その中でも一番の驚きは、誹謗を受けても怯えた様子は特に見えないことだな。黒い瞳はまっずぐ相手を捉えている。

 

 そっと顔の見える位置まで戻った俺は、絶賛目を奪われ中だ。

 ――変態かよっ。まじまじと見つめて。

 助けるべきか?

 助けた場合のメリットは?

 そもそも俺に助けられるのか?


 疑問は意味をなさなかった。

 何故なら考えるよりも先に体が動いてしまったからである。

 俺は彼女を蔑みから守るように、両者の間を割って入った。


「止めた方がいいと思います」


 相手は初対面だし、争いは避けたい。

 必然的に低い物腰になる。

 震える足?

 武者震いってやつだろ。


「何だてめー」

「こんな奴いたか」

 

 ゴーストルートは消え去った。

 悔しいけど今は背後の美少女を助けることが大事だ。

 いまさら引き差がれないしな。

 

 たとえこの世界が美酒逆転の世界だったとしても、それを更にひっくり返せるだけの魅力が彼女にはある。

 要するに、充実した異世界生活になるってことだ。

 

 それを自覚させねばなるまい。

 されど、何を言うべきか?

 性格はこの場では判断できない。

 二人がじり寄ってくる。

 やっぱりこれしかないな。


「彼女は可愛いんですよ」

「……」

「は?」

「ふざけんな」


 俺は強く叫んだが、彼らを煽っただけのようだ。

 少女は沈黙を貫き、男二人は怒りをむき出しにして、接近のスピードを上げてくる。

 十秒も経過しない内に、俺の腹めがけてハックルパンチが発射された。


【与えられたダメージのほとんどは魔力に変換されたっしょ。安心してちょ。あ、でもちょい待ち。魔力満タンだわ。消滅じゃん】


 物理攻撃を自身の魔力にか。

 確かダンジョンマスターをこなすうえで授かった能力と似ている。

 ないな。今まではリセットされてきた。

 それにそれでは俺が最強になってしまう。


【マジなんですけど――。鬼つよって感じ――】

 

 鬼はそこまで強くないぞ。

 俺の脳内に声が響く。

 因みにこちらは初仕様だ。


(本当なのか?)

【信じてちょ】

(本当に今までの恩恵を全部使えるのか?)

【そう言ってんじゃん。さっさと消し飛ばしちゃいなよ】


 会話もできるよう。

 それと最後の物騒な提案に関してだが、断じてノーだ。


 繰り出された拳の衝撃が、真実を物語っている。

 ……全く痛くない。

 しかし俺は彼女の影に徹すると決めた。

 役目を放棄したいからとか、クリアしたら即新しい世界に召喚されるだろうからとか考えてないよ。


「おうぇ」


 無能を演じるのにちょうどいい。

 大げさに痛がった。


「だせ――。コイツもカス確定だな」

「弱いくせにイキってんじゃねぇ」


 腹を抱えた俺に罵倒が降り注ぐ。

 今度は蹴りか。……むろん避ける理由なし。

 確かに物理攻撃を受けたはずだが、ノイズは発生しなかった。


「やめて。私も勇者じゃないから。……これで三人でしょ」


 他人が傷つけられるのは、我慢ならないようだ。

 黒髪彼女は、俺の前に躍り出て、そう告げる。凄みがあり、いじめっ子二人は一歩後ずさった。

 ああ。彼女こそ真の勇者に相応しい。


「そうだねっ」

「なら行こう」


 姫様が明るく頷いた。

 というかずっと黙って見ていたのか?

 なかなか酷いな。よし残虐姫の称号を与えよう。


 その一方、もと虐められていた少女は、俺の腕を強引に引いて、部屋を抜ける。


「おい待て」

「勝手に逃げんな」


 目線が切れたことで、威圧が揺らいだのか。二人が再び喚き始める。

 声はする。声はするが、しかし二人が追ってくる気配はなかった。

 

「では詳しい話をしましょうっ」

「今はそれどころじゃねぇ」

「おい貴様。姫様を侮辱するとは何事だ?」

「ちっしかたねぇな」

 

 姫様、――あっとうてき感謝。

 残虐姫だなんて、俺はなんて罰当たりなことをしていたんだ。

 図太い声は、控えていた騎士にたちによるものだな。

 やってしまえ!

 別に暴力を振るわれたこと、許したわけじゃないんだからねっ。

 ……俺は何をってるんだか。


 とにかくよろしくお願いします。

 召喚されたばかりで加減が判らない。

 防御なら何とかなるが、攻撃となると話は変わってくる。本当に全てを引き継いでいるなら、俺の力は相当なもののはずだ。

 俺にとっての軽くが、十二分に脅威になり得る。

 殺してしまう可能性もあるからな。

 ははっ。最強も最強で大変そうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る