あなたのおそばにいますから

平松藤瀬

第1話 それは突然

「ねぇ! ちょっと!」

それは突然あたしに向かって何かを言った。

この部屋にはあたししかいない。

室内のどこをみてもおかしな所はない。

「ねぇったら!」

やっぱり声がする。

この家も住み始めて長いし、もういい加減引っ越したい。

4階建の集合住宅。

母曰く。

「築40年ってとこね」

その3階エリアに我が家はある。

3LDK。

そのうちの一つを私は自室としてもらっていた。

そんな建物だから付喪神みたいなのが憑いてあたしに何かを訴えているのかと思った。

しかし。

室内にいるのはあたしと飼っているウサギ。

茶色くてピーターラビットのような感じの可愛いウサギで我が家の自慢の子だ。

名前は「もなか」

可愛い名前。つけたのはあたしだ。

「もなちゃんがしゃべるわけないよねぇ?」

そう言うと、もなかさんは。

「あたちが喋ってるの! ほんと鈍いんだから!」

「ええええええええ!」

ウサギが喋ってる!

まさか!

きっとどこかでモニタリングされてるんだ!

あたしは隠しカメラを探す。

「カメラなんてありませんよ」

ガブリとあたしに噛み付く。

「いったぁ!」

噛み付かれた足を見るとうっすら歯型がついていた。

「ちょっとはおちちゅきなしゃい」

ダンダン! とスタンピングをしあたしは我にかえった。

よく見ると親指くらいの小さな女の子がいた。ツインテールにした髪を手でくしくししている。

ウサギの仕草。ティモテだ。

「ママのためにお月様がこうしてくれたの」

「ほんとにもなちゃんがお喋りしてるの?」

床に寝転がり、もなかさんの視線に合わせる。

「そうでちゅ」

もなかさんは生まれて6年。人間でいうとかなりシニア寄りの子だが、小さな子供みたいな話し方が可愛い。

「でも、ほんとにモニタリングとかじゃない?」

疑いが晴れないあたしにもなかさんは。

「ママの好きな人はねぇ。その平たい光る板にいるお髭の」

そう言いかけたもなかさんの口を思わず塞ぐ。

親にも友人にも言ったことがないのに!

スマホに入れてある片思いの人の写真をもなかさんに見せたことがある。

もなかさんは続けた。

「あとはね、エッチな」

マズイやつ!!!!!

さすがにこれはモニタリングじゃない。

うん。

もう信じよう。

「わかった。もなちゃんはどうしておしゃべりできるようになったの?」

あたしが聞くと、もなかさんはお腹をコロリと出すように寝転がった。

そっとお腹に手をやると。

「どんたっち! まいぽんぽん」

「!」

「お腹は触らないでくだしゃい。ママはいつもお腹を触りますね。これはウサハラでしゅ。損害賠償としておやつを増やしましゅ」

前足をペロペロと舐めながら言う。

「おやつは増やしません」

あたしがきっぱり言うともなかさんはむくりと起き上がった。

「なぜあたちがおしゃべりできるかはでしゅね、お月様が時々ランダムで選んだ子に少しの時間だけ人間とおはなしできるようにしてくれるんでしゅ」

「そ、そうなんだ」

あたしはびっくりした。月にそんな力があるなんて知らなかった。

「で、ママにおはなししたいことは」

「うん。何?」

あたしは少し緊張した。もし。

「ママのことが嫌い」

とか言われたらどうしよう。

大きな目をくるっとさせもなかさんは。


「ママがだいしゅきです。あたちのおうちのお掃除やご飯のストックを買いに行ったり具合が悪くないかちゃんと見てくれるからうれしいでしゅ。いつもありがとうでしゅ」


「もなちゃん」

あたしは嬉しくて涙が出た。

「あたちがお月様に行くまでまだ仲良くしてね」

もなかさんはそう言うと、こてんと横になりうっとりとした顔をして寝てしまった。


もなかさんの幸せそうな寝顔に癒される。

今日はいいことが聞けてよかったな。

しばらくすると。あたしも眠気に襲われそのまま眠ってしまった。



「もなさん! スマホの充電ケーブルなんでかじったの!」

「ぶぶっ」


あれからあの小さな女の子は姿をみせなくなった。

あたしはもなかさんとずっといっしょ。

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