人生なんて
紫月 真夜
人生なんて退屈なだけだと思ってた
1
「うわ、天気予報では夜まで雨は降らないって言ってたのに……! 」
私、
成績が良いわけではないし、クラスの人気者ってわけでもない。そんな私に相合傘をして一緒に帰ってくれる人がすぐ見つかるわけでもなく。
「はぁ…… 仕方ない。今日は濡れて帰るか」
諦めて学校の玄関を出ようとしたその瞬間。
「あの、よかったらこの傘使います? 僕には折りたたみ傘があるので」
後ろから、小さめだけどよく通る声が聞こえた。なんか聞き覚えのある声。振り向いてその人の顔を見てみると、爽やか系の男子が立っていた。ほんとに良いのかな。でも、わざわざ言ってくれたんだからそういうことだよね。
「あ、ありがとうございます」
少し俯きながら傘を受け取って顔を上げた時、もう彼はいなかった。あ、連絡先聞くの忘れてた。ちゃんと傘返せるかな。とりあえず、びしょびしょになって帰ることは無くなったから良いか。
その出来事のあとはいつもと同じような日だった。学校から駅まで歩き、電車に乗り、また家まで歩く。ただ一つだけ違ったことは、家に帰ってからとても綺麗な虹を見たということ。もしかしたら、それは私に起こる非日常的なことを暗示していたのかもしれない。
2
「うぅ、眠い…… って、今何時なの !? 」
ジリリリリ、と煩い目覚まし時計の音で目覚める。今日もいつも通り起きるつもりだったんだけど。期末考査が近づいてきてるから勉強してたら遅くなっちゃって…… 睡眠時間短くなっちゃったな。
急いで時計を確認すると、時計の短針は7という数字を指していた。 この時間だったら、いつもの電車に乗り遅れるかもしれない。急がないと! と言っても昨日のうちに準備は済ませておいたから、朝食を食べて制服を着るだけですぐ出れるけど。
支度が終わって出ようとした時、昨日貸してもらった傘のことを思い出した。
今日は雨が降ってないし、昨日の男子に会えるとは限らないから、持っていかなくても大丈夫だよね。
「行ってきま〜す! 」
独りぼっちの寂しい空間に、私の声が虚しく響く。私の親は二人とも海外で仕事している。だから、一人でいることには慣れているし、一人暮らしできるぐらいには家事もできる。けど、こんな日常は本当につまらない。
*
駅に着いた時には、もう既に電車はホームに停まっていた。急いで電車に走ったら、ギリギリ乗り込めた…… もうこんなに急ぐのはこりごりだ。席は空いてないし、立っておくしかないか。
満員電車は嫌いだ。さっきから横の人たちに押されまくってるし。あぁ、気持ち悪い。早く降りたいのに、学校まではかなりかかるし。さっきも少し揺れただけなのに、一気に押しつぶされそうになる…… 誰か、助けて。
「だ、大丈夫? ほら、こっちおいで! 」
ふぅ、助かった。
「あ、ありがとうございます。って、昨日の……」
なぜかデジャブを感じたら、本当に昨日の男子だった。
「あ、本当だ。同じ学校だったんですね。何年ですか? 僕は二年です」
「私も二年です! 同じ電車だったんですね」
いつもの電車に同じ学校の人がいたのは驚きだなぁ。通学中に話せる相手ができて嬉しい!
そうして他愛の無いことを話していたら、あっという間に学校に着いてしまった。
毎日電車の中で逢えたらいいけど、そんなに都合よく行くわけ無いよね。明日からはいつも通り一人で通学、それで良い。けれど、何故か寂しいのはなんでだろうか。
「じゃあ、僕はここで。またね、優花ちゃん! 」
「あ、うん。またね、奏くん! 」
たかが数十分話していただけだけど、彼との距離はぐんと縮んだ。例えば、彼の名前。苗字は教えてくれなかったけど、名前は ”
*
「おはようございます! 」
いつもはクラスで地味な子だけど、今日は思い切って大きな声で挨拶してみる。いつもと違って、何人かが微笑みかけてくれた。とてもいい気分。
「あ、おはよう、ゆーたん! 」
この子は、私の親友の
「おはよう、さやちゃん」
「うん。ねぇ、さっき一緒に通学してたのって、
え、委員長?なんか見覚えあると思ったら、そういうことだったのね。って、つ、付き合ってる?
「え、そんなわけないじゃん。昨日傘を貸してもらって、今日もたまたま同じ電車だっただけ! 」
「本当か〜? 心の奥底では、彼のこと気になってるんじゃないの? 」
え? このなんとも言えない気持ちはそういうことだったの? じゃあ、朝 ”寂しい” って思ったのは毎日会えないから?
でも、それだったら辻褄が合う。
朝毎日一緒に通学したいって思ったのは事実だし、彼の苗字を彼の口から教えてもらえなかったのには少しもやっと。
「ありがとう、さやちゃん。おかげで自分の気持ちがわかったよ。あんなにイケメンだったら他の人も狙ってるだろうけど、私頑張る! 」
多分、今の私は誰にも負けない。そうと決まったら、傘返すための約束をしに行かないと!るんるんで考え事をしていた私には、沙夜香の言葉は聞こえなかった。
「にしても、お似合いよね〜。ファンの子とかも認めてくれるんじゃないかしら」
「もちろん! あんな可愛い子が奏くんといると目の保養だわ〜。沙夜香、早くくっつけちゃってよ〜! 」
「わかってるわよ(親友の恋だもの、お手伝いしないとね)」
*
やっと全ての授業が終わり、待ちに待った放課後! 確か隣のクラスの、水瀬さんだよね。
「失礼します。水瀬さんっていますか? 」
「は、はい。呼んできますね」
そう言って、その女の子は友達に囲まれている奏くんの方に走って行ってしまった。
少ししてから、奏くんが少し戸惑っているような顔でやってきたが、私の顔を見てほっとしたような表情で微笑んでくれた。
「あ、優花ちゃん! どうしたの? 」
「昨日貸してもらった傘のことなんだけど、早めに返したいから、明日駅で集合ってできる? 」
明日は土曜日で学校もないけど、早く返さないと忘れちゃいそうだし。
「明日は空いてるよ!じゃあ、1時に駅の南口で良い? 」
「良いよ! じゃあ、また明日! 」
自分から好きな人を誘うのって恥ずかしい……。明日会うのが楽しみだな。
「ねぇ、さっきの子でしょ? 奏くんが一目惚れしたって子! 」
「う、うん」
「水瀬なら、絶対いけるって! 俺、応援してるからな! 」
「(皆もこんなに応援してくれてるし、俺も勇気を出さないとな……)」
3
今日は待ちに待った土曜日! 1時に駅の南口だから、12時半に家を出たら10分くらい前にはつくよね。そう思ってゆっくり支度をしてたんだけど、服が全然決まらず…… もうそろそろ時間です。いつもの私らしく、デニムのワンピースで良いか。
なんて迷っている間に、少しだけ時間をオーバーしてしまった。早く着替えて家を出ないと! きちんと傘を持ったことを確認してから。ついでだし、帰りに図書館に寄ってテスト勉強でもしようかな。そう思い、勉強用の教科書やノートも持つ。
「行ってきます! 」
ちょっと急がないと! 奏くんが待ってたら、私が少し恥ずかしい……。
そんな心配は無用だったようで、私がついたとき、時刻はちょうど12時50分だった。奏くんが来た時、どんな顔で接したらいいだろうか。いろいろと考え込んでいた時、突然メッセージの通知音が鳴った。何だろう。そう思いメッセージを見てみると、沙夜香からの応援メッセージだった。全く、彼女はどこからこんな情報を集めてくるのだろうか。
こうやってくだらないことを考えている間に、少しずつ時は過ぎていってたようで。奏くんが走ってきているのが見えた。時計を見ると、12時59分。もしかして、待たせないために急いでくれてるのかな、なんて。
「ごめん、待たせちゃったね。どれくらい待ってた? 」
全然待ってないよ、なんておきまりの言葉を使ってみる。
「傘、返すね! その節は、本当にありがとう」
えへ、助けになったのなら僕も嬉しいな。そうはにかむ彼は、いつも以上にかっこよくて、惚れ直しそうなくらい。
「そういえば、その荷物は何? 」
今から図書館で勉強しようと思って、と答えると。
「僕も今から勉強しようと思ってたんだ! 一緒に勉強する? 」
——そんなわけで、奏くんと一緒に勉強することになった。彼は、学年でもトップクラスの成績らしい。そんな彼に教えてもらえるのだから、自分も頑張らないと。
「ここはどうやるの? 」
「えっと、ここはね〜……」
4
あの後、連絡先を交換してもらってルンルン気分で帰って来た私。毎日一緒に通学するようになって、彼も私を好いてくれてるのかななんて思い上がってみたり。
そして、今日は考査の順位が掲示される日。あの日、図書館でわからないところを閉館ギリギリまで教えてもらい、なんとか理解してから考査に挑むことができた。みんなは、誰が1位かの予想で盛り上がってる。
さっき掲示されてやけに騒がしいと思ったら、奏くんが学年1位だったらしい。私はまだ見に行けていないのだが、自分の順位も気になるため行ってみることにした。
そして、掲示されている場所に着いたのだが…… 何故か私が問い詰められている。
「ねぇ、いつの間にこんな勉強してたの? ねぇ、もしかして彼に教えてもらったから? こんなに順位も点数も上がるなんて聞いてないって! 」
主に沙夜香に。沙夜香も私が奏くんに教えてもらったことは知ってるはずなのに、なんでわざわざからかってくるんだか。
というわけで、私は補習もない、平和な夏休みに入ることができたのです。
5
夏休みはとても充実していた。けれど、どこか退屈。何かが足りない。その ”何か” がわかれば、もう少し面白くなるのに。
そうやって退屈していたある日、奏くんからメッセージが届いた。内容は、今度町で開かれるお祭りに二人で行かないか、ということ。そのメッセージを見てすぐ、浴衣で行こうと返事を送った。こんなチャンスめったにないし、ここで告白するしかないかなって。
そうやって楽しみなことがあると、時間はすぐに過ぎていってしまうみたい。ついに、明日がお祭りの日だった。浴衣も準備したし、持ち物も準備した。いつも以上に、お肌も髪も全てケアした。……全ては明日のために。
明日、勝負のために沙夜香がヘアメイクと着付け担当で来てくれるらしい。手伝ってくれるんだから、告白もきちんと成功させないと。
*
今日は待ちに待ったお祭りの日。去年、友達に選んでもらった、白地に水色の薔薇が咲いている浴衣に、紫色の帯を合わせてもらった。髪はお団子ハーフアップにしてもらって、お団子には白い薔薇の髪飾り。仕上げに、薄くチークとリップを塗ってもらった。
鏡見ておいで、と言われて見に来たのだけど…… いつもと別人な私が写っている。これって本当に私なの?
「ふふっ、どんなもんよ! 」
「さすがさやちゃん! いつもと全然違う! 」
私が手伝ってあげたんだから、ちゃんと頑張りなさいよ。そう言ってくれる沙夜香は、本当に優しい私の親友だ。
*
「奏くん、ごめんね。ちょっと遅れちゃった……」
私が待ち合わせ場所に着いた頃には、すでに紺色の浴衣を身に纏った奏くんが待っていた。かっこよすぎて目も合わせられない。多分、私の顔は赤くなっているだろう。
「ううん、大丈夫だよ。早く回ろう! 」
「ねぇ奏くん、金魚すくいしてみたい! 」
「お〜!僕もやりたい! 結構得意なんだよね! 」
屋台のおじちゃんに二人分お金を渡して、私は初の金魚すくいに挑戦することにした。どれくらい難しいんだろう? 少し試しにすくってみようと思ったのだけど ——全然すくえない。簡単だと思っていたんだけどな。その隣で、奏くんは金魚をほいほいとすくっている。すごい、かっこいい。
私のポイはすぐに破れてしまって、奏くんがすくっているところを見てたんだけど…… 奏くんのポイもついに破れてしまって、金魚すくいチャレンジは幕を閉じた。
「暑いね〜、かき氷でも食べよっか。何味にする? 」
そう言いながら、うちわを扇ぐ彼からは色気がにじみ出ていて、目をそらすことしかできない。
「う〜ん、私は抹茶かなぁ。でも、ブルーハワイも捨て難い……」
「僕もその二つで迷ってるんだよね。どっちも買って分け合いっこする? 」
どっちも食べたい私には、この上ない名案だった。
深緑色のかき氷を手渡してもらい、日陰に入る。見た目もとても美しく、まるで小さい宝石たちのよう。眺めていて溶けてしまってもいけないので、抹茶のかき氷を掬い口に入れる。抹茶は少し苦い、和風な味がした。やっぱり抹茶のいいところはこの苦味だよね、なんて思いながら飲み込む。ブルーハワイを少し貰い、口に運ぶ。こっちは、爽やかで甘酸っぱい味がする。どこかクセになるような、そんな味。
*
——運命の時間が近づいてきている。
私が決めた時刻は、最後の花火が打ち上がる20時30分。そこを過ぎたらどんな関係になっているか、自分自身でもわかっていない。もしかしたら付き合ってるかもしれないし、もしかしたら…… 気まずくなって二度と話さなくなっているかもしれない。
けど、ここで止まっていたって変わらないから、私は勇気を出して告白する。
「あ、優香ちゃん! 最初の花火が上がったよ! 」
りんご飴片手に、芝生に座って、二人で見る花火。それは、とてもロマンチックで…… 終わって欲しくない時間だった。
「う、うん。フィナーレ、楽しみだね」
こんなに綺麗な花火が打ちあがってるのに、素直に喜ぶことができない。心臓も、彼にバレそうなくらい激しく鼓動している。
——さぁ、フィナーレの時間だ。
「「あ、あの」」
まさか、こんなことを言う時にかぶるとは…… とりあえず、奏くんに先に言ってもらうことにした。もし、私たちの言いたいことが同じだったら、なんてありえないことを考えてしまう私はおかしいのだろうか。
「優香ちゃん。僕ね、優香ちゃんに出会った時から一目惚れだったの。いつの間にか、一緒にいると本当に緊張しちゃうくらい好きになってた。もしよかったら、俺と付き合ってください」
え……? 夢じゃない、よね。そのまさかが起こるなんて。この幸せな雰囲気が冷めないうちに、返事を返さないと。
「私も。傘を貸してもらった時から少しずつ好きになっていったの。こちらこそ、付き合ってください」
——ふふっ、あはは。
「両片思いだったんだね、僕たち。こんなに悩む必要なかったんだ」
今まで悩んでたのが嘘みたい。もっと早く言っとけばよかった、って今になって思う。奏くんも私のことを好きでいてくれたなんて、本当に夢みたい。
「じゃあ、僕たち、今から恋人だね」
すっ、と差し出された手を取る。恋人なんだからボディータッチくらい恥じる必要ないよね。そう思い、戸惑いなしに手をつなぐ。
……もちろん、恋人繋ぎでね。
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