第13話 貴方の活躍に期待します

 口をへの字にして困ったような表情をしつつ、リンを抱っこして木箱にタヌキと一緒に乗るティカの手を取って冒険者ギルドへと歩く太助の姿があった。


 深々と溜息を零す太助は少し恨めしそうにこちらに目を向けない隣を歩くカリーナを見つめる。


「あんなに痛いなら一応、言って欲しかったな……来ると分かっていれば大抵の痛いは耐えれるように……バアちゃんに鍛えられたから……」


 悲しい過去を思い出すように遠い目をする太助に少し申し訳なさそうにチラりと目を向けてくるカリーナは口をパクパクさせるがすぐにそっぽ向く。


 抱っこされているリンがカリーナに噛まれた辺りを撫でながら首を傾げる。


「でも、タスケ兄ちゃん、カリーナ姉ちゃんに噛まれた跡がないデシ?」

「えっ、本当? 噛まれた時の違和感はまだ残ってるけど?」

「……吸血鬼に噛まれた跡は自然治癒を促進して治りが早くなるわ。アンタは特別、早いようだけどね。まあ、そのせいで痛みが強かったとみるべきなんでしょうけど……」


 カリーナの言葉に目をぱちくりさせる太助がカリーナを凝視すると頬を朱に染めて首を痛めそう勢いで再び、そっぽ向く。


 事情が分からない太助が背を向けるカリーナに問いかけるが顔を向けてくれないカリーナに項垂れる。


 木箱に乗るティカがタヌキを掲げてドヤ顔で言ってくる。


「特別にタヌキをナデナデさせてやるのだ! だからタスケの質問に答えてやるのだ!」

「……しょうがないわね、今回だけよ?」


 何が今回だけなのかは分からないが答えてくれる気になったカリーナに安堵する太助。


 ぞんざいに撫でられるタヌキが半眼でヤレヤレだぜぇ、と言いたげに撫でるカリーナを見つめるのを見て、太助達3人は首を傾げる。


 フンッと鼻を鳴らすカリーナが決して太助と目を合わせないようにして胸を張る。


「私達、吸血鬼は名の通り、血を吸うわ。でも血そのものにはそれほど価値はないわ。むしろ、不純物と言ってもいいわ」

「えっ? でも俺の血を吸ったよね?」


 思わず質問した太助に「最後まで聞きなさい」と牙を見せるカリーナにガクンガクンと頷く太助の口を抱っこされるリンが両手を使って塞ぐ。


「血はその対象の魔力を吸いだす時に付随するもの。リンゴを齧った時の皮みたいなものよ」


 その説明を受けて、知識で吸血鬼の血を吸う行為は少量でいいと知っていたがそういう事かと納得する太助。


「普通なら噛まれてもチクっとするぐらいで終わるのだけど、アンタの場合、魔力を大きく、それを扱う事に長けてる。つまり繊細なコントロールが出来るから痛みに過敏になったのよ」


 カリーナの説明を受けて太助は「なるほど」と頷く。


 指を突き付けてくるカリーナが顔を真っ赤にして口をパクパクさせてくるので太助は何か要らない事を言ったかと必死に頭を捻り出す。


「あ、あ、後、アンタが更に痛く感じたのは私との相性が良かったから……ちょっと吸い過ぎたからよっ!!」

「……なんで怒られてるの?」


 眉をハの字にする太助が小動物のように困った顔をするのを見て更に顔を赤くしたカリーナが地団太するようにして歩く速度を上げて太助達を置いていくように歩き出す。


 置いてけぼりにされた太助が溜息を吐いて歩き始めると急にカリーナが振り返って不機嫌そうに言ってくる。


「それからね、確かに首からの血の摂取は効率的なのは間違いないんだけど、そこから血を吸われるのが一番痛いわ」

「ああ……そうなんだ」


 シクシクと泣き始めそうになる太助を阻止するように言葉を繋げるカリーナ。


「そんな事は私達の世界の住人、亜人で知らない者がいないほどの常識よ!」

「常識よ、と言われても俺は……待って?」


 カリーナの言葉を受けてひっかりを感じた太助は眉間に皺を寄せる。



「……首筋からが効率的と聞いた事があります」



 そう言ったのはテルルである。


 テルルもその事を知っていたのに教えてくれなかった事に愕然とする。


 あの時の不機嫌そうな表情が物語っていたのに太助は気付かず、「いつも良い子のテルルが何故?」と呟くがその傍にいたロスワイゼが楽しそうだった事を思い出し、孤立無援ぶりを痛感した。


 途方に暮れる太助に一瞬、悪い事をしたかも、と眉尻を下げかけたカリーナであったが「知らない!」と太助を置いて冒険者ギルドへと歩き始める。


 今度は本当に置いて行かれる太助がカリーナの背を見つめているとティカに手を引かれ、リンには頬をペチペチと叩かれる。


「タスケ」

「タスケ兄ちゃん」

「ん、何?」


 ティカとリンは駄目な子を見つめるように太助を見つめながら首を横に振る。


「ダメダメなのだ」

「残念さんデシ」

「ええっ!! どういう事!?」


 慌てる太助を見て楽しそうにする2人にカリーナを追うように言われて渋々、追いかけ始める太助は本当にダメダメの残念さんであった。





 なんとかカリーナと合流して冒険者ギルドへとやってきた太助達が受付に向かうと待ち構えていたように例の人物がいた。


 定められた運命のようにいるだろうとは思ってはいた太助は諦めを滲ませて目の前の人物を見つめる。


「俺が冒険者ギルドの受付に用がある時は決まってミラーさんがいませんか?」

「そうですか、気のせいでは?」


 太助の言葉にも一切の動揺を見せずに言ってのけるミラーであったが、ほんの、本当に僅かであるが口の端が上がったのを太助は見逃しはしなかった。


 冒険者時代もコミュニティの代表になってからも受付に用がある時は決まってミラーであった事を覚えている。


 太助は雄一が子供の頃に話してくれた話を思い出す。



「俺が受付に行くと必ずヤツがいた。しかし、彼女や嫁など必要ない、むしろ、要らないと思い始めたらミラーが受付にいなくなっていたんだ……」



 遠い目をして言う雄一に当時は大袈裟な、と思ったが最近、本当かもと思い始めている。

 実際に被害、という程ではないが美人と評判がある受付嬢達と触れ合う機会がないのは困りはしないがなんとなく損した気分になる太助であった。


 置いてけぼりにされるカリーナが苛立つようにミラーに詰め寄る。


「馬鹿話はそれぐらいにして! コミュニティが貧乏だから早く仕事した方がいいのでしょ? さっさと冒険者登録させてよ」

「そ、そんな身も蓋もない……」

「ふふふ、そうですね、さっさと済ませましょうか」


 楽しそうにするミラーが冒険者登録に必要な書類をデスクから取り出すとカリーナの前に差し出す。


 受け取ったカリーナが記入を始めるのを見つつ、ミラーは規約を話し始める。


 話すと言っても雄一がトトランタに来た頃とたいして変わった内容はないのであっさり済む。


 済んだと思った太助がすぐ傍にあったゴブリン討伐の依頼書を取るなか、終わったと思っていた説明が続いたので驚いて前を見つめる。


「最後になりますが、極力、自分のコミュニティの代表、つまりタスケ君をですね、困らせてあげましょう」

「ええ、分かったわ!」

「激しく待てぇぇ!!」


 叫ぶ太助を煩そうに見つめるカリーナと太助の味方に廻るべくミラーにティカとリンが立ち向かおうとするが封殺される。


 開いた口に飴玉を放り込む事で物理的に黙らされる2人。


「カリーナさん、私達、冒険者ギルドは貴方の活躍に期待します」

「任せて、期待に添えるように頑張るわ」

「何の活躍!? 何を頑張るの!」


 孤立無援の太助は冒険者ギルドの中心で味方を求めて叫んだ。

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