たまにある働く日




クラン『紺色の霧』

そのクランマスターであるメルは、普段は全くと言っていいほど働かない

しかし、たまに依頼を受けることもある

そして、今日がその『たまに』だった


「ふんふふーん」


鼻歌を歌いながら山道をすいすいっと登っていくメルと、それをてくてくと追いかけるエルナ

本来、エルナは来ない予定だったのだが、本人が休暇にも関わらず「ついていきたい」と言ったので、こうなっている

まあ、メルの・・・お目付け役・・・・・という意味では必要とも言えるのだが……


「エルナ、そろそろ見えてくるよ」


まるで旅行に来ているかのような口調でそう言うと、彼は少し歩くペースを上げる


「メル、今日の依頼は何なの?」

「えー?エルナならもうわかってるんじゃない?エルナの探知能力ならわかってるでしょ?」

「……信じたくない」


エルナがそう思ってしまうのも仕方ない

今エルナの探知魔法に引っかかった魔物が、恐らく……いや、確実に一人で討伐しに来る人はいないほど強い魔物だったからだ

様々な伝承に登場し、災害を起こしてきた、魔物の中でもほぼ頂点に立つ魔物


「ほら、見えた」

「っ!!?」


その名も――



「わぁ、やっぱりおっきいなぁ」



――ドラゴン



「あ、あ……」


その巨体を見たエルナは思わずメルの服の裾を握って引っ張る

それは、『今すぐ逃げよう』と言っているように見える

しかし、メルの目に宿っているのは恐怖ではなく、歓喜

ぺろりと唇を舐めると、腰から二振りの短剣を取り出す

左の腰から抜かれたのは、アクルックスという名の短剣

右の腰から抜かれたのは、ピクトルという名の短剣

どちらも魔力を伝えやすく硬いミスリルでできている上に、メル自ら複雑な魔法式を刻んでいるため、国宝級の武器となっている


「エルナ、強者のオーラを浴びるのって、それだけで経験値になるんだ。だから、ちゃんとこの経験を生かしてほしい」


メルはそう言うと、嗤った・・・

その獰猛な表情に、エルナの背筋に冷たいものが走る

思わずメルの服の裾を離し、数歩後ずさる


「さ、やりますか」


メルはそう呟くと、体中に魔力を循環させ、二つの短剣にも魔力を流す

まったく無駄のないそれは、メルの体から微塵も漏れることなく、ただエネルギーを蓄える

メルは軽く息を吐くと、次の瞬間、メルの位置とドラゴンの上の空間の距離・・焼き消す・・・・

すると、二点の距離は無くなり・・・・、メルはドラゴンのすぐ上にその姿を現す


「っつ!!?」


突然のことに何が起きたのか全く理解できなかったエルナは、思わず目を見開く

それもそうだろう。今の今まで目の前にいた人物が、急にドラゴンの上に現れたのだ


メルが二つの短剣を叩きつけるように振るうと、空を飛んでいたドラゴンに大きな衝撃が加わり、そのまま地面に叩きつけられる


「GYAAAAAAA!!」


明らかに人間とは違う咆哮を上げたドラゴンは、今自分に攻撃したであろう人物を睨みつける

何故か空中に立っているメルは、ドラゴンからの視線を真っ向から受け止めると、次なる魔法を放つ

刹那、ドラゴンの頭上から数多の雷が落ち、その身にダメージを与える

これはドラゴンにダメージを与えたが、ドラゴンも黙ってやられているわけではない

ドラゴンはメルに向けた口を開くと、その口から雷と炎が混ざったブレスを吐き出す

それはもはや面の攻撃であり、今から動き始めてはとても間に合いそうもない

しかし、メルは全く慌てず次なる魔法を放つ


「はぁ……」


魔法を放ち終わり、口から白い息を吐きだすメルの前では信じられないことが起こっていた

何故か、ドラゴンの吐いたブレスが……いや、吐き出された魔力そのものが全て凍っていた・・・・・のだ


「物足りない」


メルはそう呟くと、ドラゴンの顔を狙って巨大な風の刃を放つ

それは凍っていたブレスを切り裂いて、ドラゴンの頭を真っ二つにする

大きな音を立てて崩れ落ちる巨体を見ながら、メルは風魔法を併用して軽やかに着地する


「ま、こんなもんでしょ」


そんなわけがない

仮に暴れ始めれば国が滅ぶ恐れすらあるドラゴンが、こんな簡単に倒されてしまうわけがない

そんな考えやメルが一瞬で移動したことなどを考えているエルナは、メルが近づいてくることに気が付かなかった


「さ、帰ろ」

「え?」


エルナの頭を撫でながらそう言うメルのせいで、エルナは素っ頓狂な声を上げる


「ど、ドラゴンは?」

「もう回収したよ。久々に動いたから少し疲れたよ。早く帰ろう」


いつの間にかドラゴンの死体はどこかへ消えており、それをメルは気にした様子もないどころか、「回収した」とまで言う

エルナからしてみれば意味が分からないことだったが、メルは説明する気もなく、ただ曖昧な笑みを浮かべてこう言うだけだ


「ね?いい経験になったでしょ?」




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