かくどうぎたいかい

ぱぷぅ

尖ったあいつ

 薄暗い中、俺は出番を待っていた。

 ざわめく声とそれ以上に聞こえる低音のビートは俺の心音か。

 どうやら少しは緊張しているらしい。


『赤コーナー!

 サイン0.5、コサイン0.866、タンジェント0.577

 チーム三角定規所属、尖った銃口!さぁーんじゅーどぉぉぉぉぉぉ!!!』


 スポットライトにそいつが照らされた瞬間、暴力的なまでの音量で声援が沸き起こった。

 30度、三角定規の文字通り一角を担うアイツはファンも多く知名度も高い。

 60度や直角と組めば辺の比まで覚えられているほどの古株だ。


 あの尖り具合は時に小学生の手を傷つけつつも、数々のごっこ遊びで拳銃または光線銃の銃口として愛されている。

 だが、今の俺ならきっと勝てるはずだ。


『青コーナー!

 サイン…………』


 目の前が急に明るくなり、俺の紹介が始まる。

 スポットライトに照らされたアクリルの道を、前へ前へと一歩一歩進み始める。

 リング上には不敵に笑う30度、俺を鈍い雑魚とでも思っているのだろう。


「鈍角だよ…」

「なんで鈍角が…鋭角に勝てるわけ無いじゃねえか」


 観客席からはヒソヒソと話す声が聞こえてくる。聞こえてるからな。後で覚えとけよ。

 そう、超攻撃主体の鋭角なあいつに比べ、こっちは鈍角も鈍角。

 270度すら超える鈍角だ。


「ヘイヘイどうしたの鈍角ちゅぁ~ん?

 俺の華麗なフットワークと鋭い角にビビっちゃってんのかい?」


 鋭角だからフットワークがってのは違うと思うが、少なくとも鈍角の俺よりは鋭敏って意味なんだろう。


「ふっ…そんな軽口を叩けるのも今の内でゴワス」


 相手の挑発を軽く流しながらリングに上がり、30度のやつを睨みつける。


「ゴワスだってよ…どう見てもやられ役じゃねえかよ…」


 どこかで観客が呟くが関係ない。でも後で覚えとけよ。忘れないからな。鈍角でも鈍感じゃ無いんだよクソが!


 ふっ、しかし俺にはこの不利を覆す最高の必殺技があるのだ!!


 睨み合う俺と30度。審判が俺達を離れさせ、そのまま両手を上げる。

 いよいよ戦いが始まる。


「レディ…ファイッ!!!」


 素早く左側から俺を回り込む30度、どうしても鈍角の俺はスピードでは付いていけない。

 しかしそれは想定の範囲内だ、代わりにこっちにはパワーがある。まずはスタミナを消耗しないようにじっと守るだけだ。


「ヘイヘイヘイ!どうしたどうした?横も後ろもがら空きだぜ?

 そんなんでよく俺と戦う気になったな!」


「安い挑発には乗らないでゴワス!そんなんでいつまで体力がもつでゴワスか?」


 俺の周りをまわりながら鋭い攻撃を繰り返す30度。

 しかし鈍角の俺には体力と防御力がある。あいつが動きすぎてスタミナを消費し、動きが鈍った時が勝負だ。

 その時は案外早く訪れた。そう、思ったよりも早く30度の足が止まったのだ。


「どすこいハリケーン!!!」


 ここで俺の第一の必殺技だ!!!

 3か月山にこもり、どこかで読んだ漫画を参考にしたこの技!

 自分を中心にコマのように回りながら両手で張り手を繰り出すこの技は、俺の周囲にいるのであれば必ず当たるはずだ!


「だせぇ!」「だせぇ!」「だせぇ!」「だせぇ!」「頭の悪い交通誘導みてぇ!」


 観客席から一斉に聞こえる「だせぇ!」の大合唱。

 うん、回っててもちゃんと覚えた。絶対に忘れないからな。


「ギャハハハハ!なんだその技だっせぇ!!!」


 足を止めると同時に一歩後ろに下がった30度は、こちらを指さして笑っている。

 チクショウ…どうやら当たらなかったようだ。


「なんだその技、精神攻撃か?動けるデブ気取りの新作ダンスなのか?

 まあある意味カウンターを笑わせて防ぐいい技だなぁ!ギャハハハハ!!!」


 …腹を抱えてまで笑わなくていいじゃないか。くすん。

 この技のためだけに、自分の死角にも攻撃できるよう特訓したというのに!!!

 時にはリバースし、時には脱臼し、時には部屋の壁に穴を開けても特訓を続けた。

 目も回さなくなった!弊害でスイカ割りの時に面白みが半減した!社交ダンスが上手くなったと褒められた!!


「それもこれも貴様をぶちのめすためでゴワスぅぅぅぅぅ!!!」


 ここでこの技はさらに進化する。軸足をランダムに変更することにより、回転を続けたまま不規則に動き出すのだ!!!


「げひっ!?」


 ついには30度を捉えるっ!

 素早さも攻撃力も高い鋭角だが、横からの攻撃には弱い。30度の野郎は30度しか見えてないからな!!!

 逆に鈍角の俺は真後ろの一部以外は全て守備範囲であり、攻撃範囲であるのだ!!


「おおっと!鈍いはずの鈍角が華麗なフットワーク!30度に攻撃が当たったぁ!!!

 これはたまらない!折れるのか?心と共に折れてしまうのかっ!?」


 決まったかと思ったその瞬間。30度は苦しげな表情も見せつつも、ニヤリと笑うと急に視界から消えた。


「60度直伝!ダビデアタック!!!」


 声は左後ろから聞こえたはずだった。衝撃と共に見えたのは右前にいる30度。

 目の前を横切ったかと思うとまたもや衝撃と共に右後ろから笑い声が。


 なんだこの技は!

 60度の使うダビデアタックは六芒星を描くように敵を削っていく技だ。30度のアイツには出来ないはずの……はっ!?

 そうか!30度は二つで60度、つまりは真ん中を通ることによってダビデの星を再現しているのか!!


「フヒヒヒヒヒ!どうしたどうした?手も足も出ないのか?ホラホラホラホラ踊れ踊れぇ!」


 チクショウ!このままでは3,000文字にも届かずやられてしまう!

 あの辛かった特訓の日々が思い浮かぶ。決して文字数稼ぎでは無い。無いったら無いのだ。


 目が回らないように電動ろくろに乗って壊したあの日。

 コーヒーカップを回してこらえきれず、人間スプリンクラーになったあの日。もちろんあの遊園地は出禁になった。

 ついでにモグラ叩きで張り手の練習をし、ベッコベコに壊したのもバレた。

 そんな辛い思いをしてまで編み出したこの技が通用しないだなんて…


「まだまだぁ!!!ダビデ返しっ!!!」


 ダビデアタックが鋭角だけの技だと思うなっ!

 鈍角には鈍角のやり方ってのがあるんだよ!


「な!何故キサマがその技を使えるんだ!

 その技は一部の選ばれた角度にしか使えないはずだっ!」


 フハハハハ!

 頭が足りない30度と違って、こっちは散々幾何学やって来てんだよ!


 ここで考えて欲しい。

 六芒星に対角線を足したルートを通る俺と30度。


 た だ の 鬼 ご っ こ 状 態


しかしそんなに甘くは無かった。

鈍角の俺と鋭角のアイツでは速度が違う。

徐々に30度が背後から近寄ってくる。


「ヒャハハハハ!所詮鈍角じゃ鋭角の俺にスピードで勝てるわけ無いだろぉ?

ホラホラホラホラ後ろからぶっ刺してやんよぉぉぉぉほおおおお!!!」


なんだこの異常なまでの寒気は!

30度が背後から近づくにつれて背筋がゾクゾクしやがる!


「鋭角×鈍角は覆らない鉄板よね~」


アバッ!?アバババババ!!?アババ!?

待って待ってヤダヤダダメダメ何そのかけ算やめてやめてお兄さん許してぇ…

そんなのじゃ無いの、これは熱い戦いであってそんな話じゃ無いからあ!


こうなったらもう一度!


「ドスコイハリケーン!!!」


今度は最初からステップ移動付きだ!

ダビデアタックとドスコイハリケーンの真っ向からのぶつかり合い!

これで後ろは狙わせない!!!

絶対に後ろは狙わせない!!!

決して後ろは狙わせない!!!


大事過ぎることだから三回言ってやったぜこの野郎!


俺達は激突した。

飛び散る血と汗。

遠のく意識。

天井のライトが眩しくて。

このまま負けてしまうのか。


「まだまだでゴワス!!!!

ここで最後の奥義を見せてやるでゴワス!!!」


決して使うまいと思っていた技だが、このままでは負けてしまう。

ここで出さなきゃいつ出すんだ!!!


「奥義!外角化!!!」


説明しよう!

この技、外角化とは文字通り外角へと変化する。

つまり270度を超える俺は鋭角へと変化するのだ!

しかも!相手も強制的に外角化させることにより、30度のやつは330度へと変化するという最強最悪の技なのだ!


「フハハハハ!!!立場が逆転したなあ!

もうゴワスなんて付けないで良いんだ!鈍い鈍いと馬鹿にされない!スピードで勝負してやんよおおおおほおおおお!!!」


超絶好調!体も軽い!ステップを踏めば軽やかに動くこの体!!

いける!いける!これなら勝てる!!

エクスクラメーションマーク多用したくなる気持ちがわかるぜヒャハハハハ!


「な!?キサマ俺に何をした!

なんだこの鈍い体は!しかもなんか臭いぞ!?」


臭いは余計だ。ゼッタイニユルサナイ。


「あれ?どうなってんだ?鋭角が鈍角になって鈍角が鋭角になっちまった。」

「あれ?どうなってんだ?意味分かんねえぞ?」


観客も審判も混乱している。

もちろん今や330度になってしまった、元30度も同じで間抜けな隙を晒している。


「くらえ!ダビデアタック!!」


ここでもう一度ダビデアタックだ。

30度が使っていた技なら全て覚えているし使える。

何故なら俺は元330度、つまり今は俺が30度だからだ。


「ヒャハハハハハハハ!

踊れ踊れ踊れ踊れぇ!!!」


さっきまでのうっぷんを晴らすかのごとく、ラッシュを続けて反撃の隙を与えない。


「トドメだあ!!」


最後に全力で突撃すると、元30度はリングに倒れ込んだ。

審判が手を上げて勝者を示す。


「勝者!30度!」


あいぇえ!?ナンデ!?なんで俺の勝ちじゃないの!?

倒れたの元30度のアイツ、勝ったの元330度の俺。間違いないよ?ナンデ?


「いや、何が起こったのかよくわかってないけど、今立ってる勝者は30度だよね?」



こうして俺は二度と外角化を使わなくなったとさ。

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かくどうぎたいかい ぱぷぅ @papu

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