05.白亜の回廊
「
「ああ、はいはい」
一通り
「今日になって急に
「無理を言ってすみませんでした」
爽やかに微笑む環さん。
口ではああ言ってるけど、あの眩しい笑顔……絶対に恐縮なんてしていないんだろうなあ。
「環くんの〝無理〟には慣れてますから」と、ビリーもニヤリ。
「人聞き悪いなあ」
「いえいえ、歓迎してるんデスよ。飛鳥井家からの依頼とあれば、大手を振ってタンクを弄れますからね。佐枝子さんも、ぼやきつつ嬉しそうでしたよ」
「私はもう、飛鳥井家の人間ではないですけどね」
「そう思ってる人は、ここには一人もいないでしょうねぇ。……とりあえず、行きましょうか」
そう言って環さんと並び、二人が先頭に立って歩き始める。
そのすぐ後ろに
まだそわそわと落ち着かない様子の手嶋さんに比べ、すっかりリラックスムードの花音。
そろそろ鼻歌でも歌いだしそうだなぁ、
「それにしても、人の気配がしないところね」
キョロキョロと周囲を見回しながら、花音が呟く。
床も壁も天井も、真っ白に統一された幅二メートルほどの無機質な通路からは、それだけでも
ただ、
各研究室も照明の消えている部屋が多く、ハーフミラー状態のドアガラスが通路の左右に並ぶ。たまに明かりが見えても、薄暗い常灯のみで人影は見られない。
「そもそも、施設規模は他の研究棟以上なのに、入所権限のある職員の人数は五分の一にも満たないデスからねぇ」
横顔を見せるように半分だけ振り向いたビリーが、花音を流し見る。
「特に今はゴールデンウィーク前で、前半の休暇グループが休んでいるのでなおさらデスよ」
「なるほど~。ビリーはいつ休みなの?」
さすが花音、さっそく呼び捨てか。
「ボクも前半組だったので今日から休みの予定だったんデスけどね。環くんたちのオペレーションが入るかも知れないと聞いて残っていたんデス」
「へ―……、研究者も大変なんだぁ」
「いえいえ、休むことだってできたんデスけどね。とくに予定もありませんし、オペレーションに参加する方が数倍楽しいデスから」
そう言ってニッコリと微笑むビリー。
まあ、それは本心でしょうね。
以前も、ビリーが休暇の日に急なオペレーションが入った時、ちょっとした確認事項で電話をしただけなのに、ここまで飛んで来たからなぁ。
「ん―、ビリーも、有りっちゃ有りだなぁ……」と、花音が難しい顔で呟く。
「なにがよ?」
「なにが、って……あたしとのカップリング候補に決まってるじゃない。意外と息が合ってる気がするし、少なくともキープはしておいていいかな、って」
すっごい上から目線ね……。
うっかり鼻水が出そうになったわ。
「あのさ花音、飛鳥井家はもちろんだけど、ビリーの家だって、私たち庶民が簡単に釣り合うような家柄じゃないからね?」
「うわぁ……、
「言われたことなわよ!
「って言うかさぁ……意外とああいう人たちだって、特別な目で見られたくないと思ってるんじゃない? どう思う、セレブユッキーは?」
花音が、最後尾から付いてきていた手嶋さんを顧みる。
「そ、そうですね……
「う……
「生まれた家柄より、
「そ、そうそう、それよ! あたしもそれが言いたかったの! さすが小説家!」
躾も教育も、家柄以上に怪しいじゃない、
「とにかくさ、クラスの男子とか、そういうほうがいろいろ確率高いんじゃない? 高望みばっかりしてないで……」
「高望みなんて……咲々芽は自ら壁が高いと思い込んでるだけよ。ちょっと無理めの相手だって、あたしなんてもう十回以上ゲットしてるし!」
「……ゲットできてなくて草」
後ろから、プッと吹き出すような声。
私と花音が振り返ると、口に手を当てた手嶋さんが、眼鏡の奥で慌てたように目を丸くする。
「ご、ごめんなさい、つい、可笑しくて……」
「ああ、ううん、別にいいんだけど……」
手嶋さんもそんな風に笑うことがあるんだ、と、少し驚いただけ。
「でも私、新しい小説のネタ、思い浮かんだかもしれません」
「へぇ~、今の話で? どんな?」
「えっと、女子高生二人が、おバカなガールズトークをしながら身の周りの謎を解いていく日常系ミステリーで……」
やっぱり手嶋さん、意外と失礼な人かもしれない。
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