04.ビリー・漣・ベレンソン

「と、とにかく、花音あんたと手嶋さんはまだそっち行けないから。先にあそこのカウンターでIDカードの制限を解除するよ」


 ゲストIDで入れるのは各研究棟のエントランスまで。建物内の入場ゲートを通るには、各棟で入場制限を解除してもらう必要がある。

 花音かのんと手嶋さんに付き添う形で、私もカウンターへ。


 実は私もゲストIDの制限解除をお願いするのなんて初めてだったけど、カウンターに提示したら係員はあっさり解除機に通してくれた。

 なんかガバガバだけど、大丈夫なのかな、セキュリティー。

 それとも、思っていた以上に私の顔パス効果が上がってるとか?


「高原さんから、すでに連絡は受けてましたので」


 そう言いながら、ニコっと笑ってカードを返してくれる係員のお姉さん。

 そっか、そういうことか。

 高原さん、ただの門番のおじさんかと思ってたけど、伊達に年を食ってるわけじゃなかったのね。


 IDカードを受け取ると、すぐ傍の入場ゲートから中へ。

 空港の金属探知機のような、奥行きのある大仰なフレームの奥に自動開閉扉が付いている、大型のフラッパー式のようなゲートだ。


 扉は、IDカードに内蔵されたICチップの情報を読み取って自動的に開閉する。

 もし、偽造カードなどによる不正がみつかれば、即座にフェンスが下りてゲートの中に捕縛される仕組みらしい。

 それを聞いてからは、毎回、通過する度に脈拍が上がるようになってしまった。


「オー! 咲々芽、ひさしぶりデスねぇ~!」


 ゲートを通過した直後、若干英語訛りが残っているとはいえ、かなり流暢な日本語を発しながら近づいてきたのは、ビリーだ。

 両手を広げながら、足早に……というよりも、小走りに近い速度。

 また、抱きつかれる!?

 と思って身を固くした直後、私とビリーの間に割って入った黒い人影――。


 あまね……くん?


「もういい加減、そういうHUGノリ、改めてくれないかな、ビリー」


 先にゲートを通って中へ入っていた周くんが、いち早くビリーの動きを察知して私をガードしてくれた。

 ……というよりも、もともとビリーの動きを予想して待機していてくれてたとか!?


「おおっ……。今日はいつになく怖いデスね、御曹司」

「日本でそれ続けてたら、いい加減セクハラで訴えられるぞ」

「ラボメンからは、とくになにも言われていないデスけどねぇ?」

「相手が受け入れてるかどうか空気を読め、って言ってるんだよ! 咲々芽ささめだってもうハイスクールなんだから……」

「おお―っ! ということはもう、結婚もできるんデスね!?」

「できん! 咲々芽の誕生日は一月二十日だからまだまだ先! ……というか、日本ももう、結婚可能年齢は十八歳に引き上げられてるし!※」

(※:民法七百三十一条【婚姻適齢】改正後の設定としております)


 周くん、私の誕生日なんて知ってたんだ!?

 ハハァ――ン……とニヤニヤしながら、なにやら意味ありげに周くんを見つめ返すビリー。

 わずかに周くんよりは低いものの、ビリーも百八十センチ近くの高身長だ。


「さては御曹司、佐々芽のことが好きなんデスね?」

「は……はあぁ!? だ、誰がこんな、色気マイナスのがさつ女を!」


 ま、マイナスですか……。


「でもザンネン! いくら好きでもいとこ同士での結婚は無理デスもんねぇ」

「べ、別に残念でもなんでもねぇよ! それに、日本じゃいとこ婚も認められてるんだよ、アメリカと違って」


 周くん、それ、知ってたんだ!


「フフフ……知ってましたか。でも、アメリカだっていとこ婚が禁止されてるのは二十五の州だけなんデスけどね」

「っていうかそんな豆知識どうでもいいから。俺はビリーのために言ってるんだよ」

「そうデスか。でも心配御無用。ここへは、私の論文を読んだ飛鳥井家頭首直々に、三顧の礼を以って迎えられてるんですよ。私を手放すことはあり得ません」


 すごい自信だな。

 日本人ならああいうことは、たとえ思っても言わないだろうな。


「ちょっとぉ、佐々芽、佐々芽!」


 後ろから私の背中を突いてきたのは、花音だ。


「なによ?」

「早く紹介してよ! あたしたちのこと!」

「分かってるわよ! ……え――っと、ビリー?」


 立ち塞がる周くんの横から覗き込むようにビリーを見上げると、彼も私に気付いて満面の笑みをを浮かべる。

 最初はこの人懐っこい笑顔に、コロッと騙されちゃったよなぁ……。


「オオッ! どうしました、咲々芽?」

「え―っと……一応紹介しておくわ。この二人は私のクラスメイトの、矢野森花音と、手嶋雪実さん。今日のオペを手伝ってもらう予定」

「ほうほう! これはまた、咲々芽に負けず劣らずチャーミングガールデスね!」

「で、彼が、これから行く研究室の副主任、ビリー・れん・ベレンソン……」


 と、紹介もまだ終わらぬうちから、周くんを押し退けるようにして二人に近づくと、花音、手嶋さんの順にハグをしていくビリー。


 嬉しそうな花音はともかく、手嶋さんは明らかに緊張して身を固くしている。

 周くん! 出番ですよ!


 ……って、アレ?

 ビリーが二人にハグをする様子を黙って見つめる周くん。

 おいおい! セクハラ防止はどうした?

 まさか、ほんとに――


「ほんとに、あまねくんって……」

「……ん?」

「私のこと好きなの?」


 パ――ンッ! と、頭を叩いたような乾いた音がフロアに響く。

 ……い、いや、叩かれたんだ、頭を!


「いったぁ~い……何すんのよあまねくん!」


 私、一応年上なんですけど!?

 セクハラよりも大問題だよ、これ!


「ご、ゴメン……っていうか、咲々芽おまえが色ボケてんのが悪いんだろ!」

「だ、だって……なんであの二人へのハグは注意しないのよ!?」

「あれは……なんていうか、あれだ……」


 再び、二人へのハグを繰り返すビリーに視線を向ける周くん。


花音あいつの目がビリーに向いてくれれば、ちょっとは平和になるかな、って……」

「ビリーは、あの花音ビッチの当て馬!?」

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