第四章 ラボラトリー

01.タナトフォビア

「うん、知ってたよ」


 帰りの高速道路、両手でハンドルの握りながらたまきさんがチラリと助手席の私を流し見る。

 どうやら、ユビキタスとKYOWAオークションの運営会社が同じということは知っていたらしい。


「何か、今回の件と関係あるんですか? KYOWAホールディングスのこと」

「う~ん、分からないけど、多分、直接は関係はないだろうね」


 直接は? ……言い方を変えれば、間接的には関係あるということ?


「そんなことよりさ……」と、二列目シートに座っていた花音かのんが、前を覗き込むように首を伸ばす。

「次はどこ行くの?」

花音あんたんち」

「ええ――っ!? ……なんで?」

「あんたを送っていくからに決まってるでしょ。必要なければ駅で降ろすけど」

「そうじゃなくてっ! なんであたしだけ仲間外れにするのよ!」

「そういうわけじゃないけど……次の目的地は誰でも彼でも気軽に案内できるような場所じゃないのよ」

「マネージャーのあたしがいなかったら、ユッキーと話せないよ?」


 あのネタは、この予防線だったのか。


「それに、時間だってもう二時半だし……あたしんちなんて寄らずに、急いだほうがいいと思うけどなあ」

「大丈夫。同じC市内だし、通り道だから」

「そんなはずない!」


 どんな否定よ……?


「……とりあえず、花音あんたんちの住所教えてよ」

「そんなの咲々芽ささめも知ってるでしょ」

「環さんは初めてだから、念のためナビにも登録しておくのよ。私だって地番までは知らないから」

「そこまで踏み込んでくるのか……」

「必要でしょう! ナビに登録するのに!」


 もう花音の相手も面倒だし、地図から直接探そうか?

 前を向き、膝上に置いたポータブルナビの画面に視線を落としたところで、再び隣から環さんの声。


「まあ、いいんじゃないかな、矢野森さんも一緒で」

「……はあ?」


 手元から運転席へ、ゆっくり視線を持ち上げる。

 どこか楽しげなたまきさんの横顔。


「一緒って……ラボ・・にですか?」

「うん」

「手嶋さんの家でもそんなこと言ってましたけど、冗談なら冗談って早めに言っておかないと、花音かのんのバカ、すぐに本気にしますよ」

「冗談で言ってるわけじゃないよ。矢野森さん、こう見えてなかなかの切れ者だと思うし……」


 きれもの?と、環さんの言葉に首を捻る花音。


「あたし、滅多なことじゃキレないですよぉ? あたしをキレさせたら大したもんですよ!」


 …………。


花音あれで?ですか?」


 片目をすがめて後部座席を指差す私をちらりと見やり、苦笑いを浮かべる環さん。

 ……が、すぐに、閑話休題といった様子で、


「そうそう、ところで……」


 バックミラーを覗きこむように声をかける。

 その視線の先――環さんと目が合ってピクンと肩を跳ね上げたのは手嶋さんだ。


 紺のTシャツに、黒のウィメンズショーツ、さらにそこから伸びているのは黒いレギンスとスニーカーを身につけた細脚。

 極めつけは、防水透湿性素材ゴアテックスをライナーに使った晴雨兼用キャップ。外出時はつば付きの帽子がないと落ち着かないらしい。


 あとで着替えるかも知れないからラフな格好で、とは言ったけど……。

 ラフと言うよりは、山ガール!?

 ますますわけの分からない集団になってきたな、私たち。


「ところで、手嶋さんの小説……タナトフォビアって、どんな内容なんです?」

「え? ああ、えっと……」


 手嶋さんが、少し考えるように視線を彷徨さまよわせたあと、再びバックミラー越しに環さんの顔を窺う。

 ……が、その時にはもう、環さんの視線は前方を走る車に向けられていた。


「簡単に言うと、ディストピア系のお話ですね」

暗黒郷ディストピア、ですか」

「時代は近未来、舞台はパラレルワールドの閉鎖世界のような場所で、人の寿命は四十九歳まで、と政府に管理されてる設定です」

「え―、怖っ! ディストピア人は、四十九歳になったら自然に死ぬの?」


 手嶋さんの隣りの席から、花音が口を挟む。

 ……ディストピア人?


「ディストピアは、理想郷ユートピアの対義語のような意味ですね。その世界では、四十九歳まで生きていた者はみな、昇華院という施設で薬殺されるんです」

「ひぃ……。みんなそれで、文句は言わないの?」

「その世界では、死によって肉体は四次元へ、魂はさらに高い五次元へ……という教育を受けているんです。簡単に言うと、天国へいける、ということですね」

「なるほど……それじゃあむしろ、死は喜ぶべき通過点? みたいな?」

「はい。ただ、主人公である十三歳の少年は、政府からの適合者通知によって一週間後に昇華院での処分が決まっているんです」

「寿命よりだいぶ早いのね……。そういうケースもあるんだ?」

「はい。魂の充分な高尚化が確認されて、これ以上現界で苦労をする必要がないと判断された者は、寿命を待たずに処理を受けられるんです」

「それは……喜ばしいことなの?」

「はい、その世界的には……。ただ、同級生の少女に恋心を抱いていた少年は、生への執着心を持つようになり、やがて異常に死を恐れるようになるんです」

「それが……タイトルにもなってるんですね。〝死恐怖症タナトフォビア〟の」


 再び、運転席から環さんの声。


「はい……。それで、その世界の、寿命を管理するというシステムそのものに疑問を抱くようになった少年は、仲間と共にその秘密を探ることにするんです」

「ふぁ――……、それでそれで?」


 再び、花音が身を乗り出す。


「それで……って、えっと……やがて、恐るべき秘密を探り当てて、って感じで」

「だからぁ、その秘密ってなんなのよ?」

「そ、それを言ったらもう、完全にネタバレになっちゃうじゃないですか」

「いいじゃない! ネタなんてバラすためにあるんだよ!」


 それもどうかと思うけど、確かに、気になる……。


「ここであっさり説明しちゃうのも、物書きとして、なんとなく抵抗があると言うか……」

「なんだよユッキー……、この、小説家人間め!」


 小説家は、だいたい人間だけどね。


「さっきの説明の中にも少し、ヒントとなる単語がありましたよ」

「そ……そうなの?」


 う~ん……と、何かを考えているような花音の唸り声が背中越しに聞こえてくる。

 と、次の瞬間――、


「わかった! 政府の人たちって、実は土星人なんでしょ!?」


 どっから出てきた土星人!?

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