17.単なる偶然

「替えの下着って……うちのユッキーに何をさせる気!?」


 手嶋さんの部屋――書棚からベッドを挟んで反対側にあるウォークインクローゼットの中。

 箪笥の引き出しを開けて準備を進める手嶋さんの横で、唇を尖らせながら花音かのんが私を睨む。


「うちのユッキーって……花音あんたは手嶋さんのマネージャーかなんかか」

「うちのユッキーは引っ込み思案で断れない性格なんだから……仕事を依頼する時はあたしを通してちょうだい!」


 ま、この馬鹿マネージャーのことはさておき、下着の替えを持って付いてこい……なんて言われればそりゃあ、誰だって不安になるわよね。


「私は……大丈夫です。何か手伝えることがあるなら、できる限りのことはしたいと思っていたので……」


 そう言って今度は、少しラフな格好へと着替えを始める手嶋さん。何か質問があればすぐに訊ねられるようにと私も付き添ってきたけど、必要なさそうね。

 いや、質問がない……というよりも多分、分からないことだらけで何を訊けばいいのかも分からないような状態だと思うけど。



 まさか、手嶋さんをミラージュワールドへ!?

 応接室を出たあとそっと訊ねた私へ、たまきさんは『まだ分からない。もう少し話を聞いてみてからだけど、一応準備はしてもらおうと思って……』と言っていた。

 今日、商談に私を同席させたのは、同級生の同行を意識させて、洵子さんの安心感を引き出すことが目的だったんだろう。


 私たち異能者か、或いはそれなりに訓練を積んだ者でなければ、霊粒子と精神の同期シンクロ率を高めることは至難の技だ。

 つまり、誰も彼もが簡単に潜入できる……というわけじゃない。


「大丈夫。まだなにかすると決まったわけではないし、するとしても、私と同じことをするだけだから」


 と、手嶋さんには説明するものの……そう簡単にはシンクロできないよね、きっと。

 環さん、一体何を考えてるんだろ。

 弟が形成したワールドだから、姉の手嶋さんであれば少しはマシ?なんて考えでもないよね。そもそも、手嶋姉弟は血も繋がっていないんだし。


「っていうかぁ、その、咲々芽ささめがやることってなんなのよ?」

「それより、なんで花音までここにいるのよ」

「なんでって……友達じゃん」

「そうだっけ?」

「うっわ~! 友人に不信をいだくことは、 友人にあざむかれるよりもっと恥ずべきことなんだよ! いつも言ってるじゃん!」


 言われたこともないし、意味も分からない。


「その前に友人かどうか、って点を疑ってるんだけど――」

「とにかくあたしは今、思ったようにあまねくんと話せなかったから、いろいろ溜まってんのよ!」

「知らないわよそんなの」

「だから、いろいろ関連情報がほしいの! ……っていうか、あまねくんに入れ知恵してあたしと引き離したの、咲々芽じゃないでしょうね!?」

花音あんた今、友人への不信は恥ずべきことだって言ってなかった!?」

「でも、矢野森さん、すごいよね」と、手嶋さんが着替えながらポツリと呟く。

「ん? あたし? なにが?」

「ん―……、なんていうか、恋に一直線?みたいな……そのバイタリティが」


 手嶋さんも、あんなメモ帳を付けてたわりに、人間観察力ないなぁ。


「恋とかバイタリティとか、そんなカッコイイもんじゃないよ? 花音なんて、馬鹿で男好きなだけだから」

「い……言い返せないけど、ひどい!」


 花音が私の背中をパシンと叩く。


「いったいなぁ~! ……ああ、そういえば、手嶋さん?」

「はい?」


 さっきから少し気になっていたことを訊いてみる。


「あの応接室の絵のことなんだけど……継母おかあさんって、よくネットオークションなんかで絵を落札したりするの?」

「あぁ……いえ、よくは知りませんけど……多分それはないと思います」

「そうなの?」

「もともとアナログな人で、パソコンも去年初めて買ったくらいで……。悦子えつこさんに手伝ってもらいながらなんとかネットに繋いでたみたいですから」


 ふぅん……。

 環さんが何か引っかかってるみたいだったから一応訊いてみたんだけど……絵画の話はやっぱり、ただの雑談だったのかな?


「だから私も、オークションで絵画を落札したなんて話を聞いてかなり意外でした」

「スマホで、ってことはないかな?」

「どうでしょう? スマホも、通話以外で使ってるところは、ほとんど見たことないですけど……」

「なになになに!? なんの話?」


 うずうずしながら私たちの会話を聞いていた花音が、ついに我慢できずに、といった様子で割り込んでくる。


「なんでもないよ。花音には関係のない話」

「関係なくないよ! ユッキーと話すときはあたしを通して、って言ったじゃん!」

「まだそのネタ続いてんの? だって、KYOWAオークション、だっけ? そんな名前聞いたって、花音もしらないでしょ」

「ああ、それなら……」と、花音がブレザーのポケットからスマートフォンを取り出してなにやら操作を始める。


 え? 知ってるの?

 今、慌てて検索して話を合わせようとしてる?

 ……なんて疑って見ていたんだけど、履歴を表示させる程度の操作で、すぐにスマートフォンをこちらへ差し出してきた。


「ここに出てくるやつでしょ?」


 受け取って画面を覗き込む。このサイトって――ユビキタス!?

 手嶋さんがコンテストで受賞した小説投稿サイトだ。

 画面に表示されているのは小説の閲覧ページらしく、画面左上には作品タイトルらしき文字が見える。


「タナトフォビア……。これって、手嶋さんの書いた小説じゃない?」

「そうそう。さっき待ってる間、あまねくんは照れていなくなっちゃうし、暇だからユッキーの小説でも読んでみよっかな、って見てたのよ」

「あまねくん、心の底から嫌がってるように見えたけど……っていうか、この小説がどうしたのよ?」

「本文じゃないよ。バナー広告見ながら、何回かリロードしてみて」


 言われた通り、リロードアイコンを数回タップすると……。


「あ!」

「出た?」

「KYOWA……オークション……」

「そう言えば!」と、今度は手嶋さんが声を上げる。

「ユビキタスを運営している会社も確か、KYOWAホールディングスって……」


 ええ!?

 今度は私のスマートフォンで企業名をワード検索してみる。

 KYOWAホールディングス……事業紹介……小説投稿サイト『ユビキタス』、及び、『KYOWAオークション』の企画・開発・管理運営。


「ユビキタスとKYOWAオークション……運営会社は一緒だ……。手嶋さん、普段からユビキタスを利用してて気付かなかったの?」

「普段はパソコンを使ってますし、広告ブロックのアプリを起動させてるので……」


 なるほど。

 ……いや、たとえ広告ブロッカーがなくたって興味のない広告バナーを注視する人も珍しいだろう。花音がちょっとおかしいんだ。

 それにしても、これって単なる偶然なのかな?

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