13.character reference

「これがその……メモ帳です」


 メモ帳、っていうからもう少しコンパクトかと思ってたけど……ちょうど教科書の大きさくらいかな?

 あちこち擦り切れてるし、かなり使い古された感じね。


 表紙のタイトル記入欄には、いかにも中学生が頑張って書いたようなたどたどしい筆記体で『character reference』と記されている。

〝キャラ設定〟というような意味だろう。


「見ても、いいの?」


 私の問いにこくんと頷く手嶋さん。

 どれどれぇ~、と花音も、私の隣へ来て一緒にメモ帳を覗き込む。

 開いてみると、どうやら一ページを上下に分割して、それぞれに一キャラずつ、一ページで二キャラという配分で細かく設定が書き込まれている。

 一ページ目は相沢修と相田桃、二ページ目は五十嵐健太と宇部晴美、三ページ目は江口雅文と大沢茉莉花……。

 上段は男性キャラ、下段は女性キャラという使い分けみたいね。


「これ、全員、当時のクラスメイト?」

「全員ではないですけど、ほとんどは……。なかには、塾で知り合った他校の生徒なんかも入ってます」


 途中で書き足したのか、或いは変名でそうなったのか――

 たまに順番は狂っているが、概ね五十音図順に並んでいるようだ。


 ペラペラとページを進めて「な」の辺りを見てみると、〝中川潤〟というキャラクターを見つけることができた。


「身長百七十三センチ、体重七十一キロ、短髪。明るく朗らか。誰とでもすぐに打ち解けられる社交的な性格……これってさっきの、中村俊、って男の子のこと?」


 わたしの隣で、メモ帳を覗き込みながら花音が質問する。小さく頷く手嶋さん。


「身長体重まで……こんなのどうやって調べるの!?」

「あ、それは……小説で登場させる時の設定ブレを防ぐために、私が勝手に考えた、っていうか……」

「ふ~ん……。お調子者で発言が軽い一面も。成績は悪く、赤点多い。男子のみの三兄弟の次男。母子家庭で母親は保険外交員……って、これ、ヤバくないっ!?」


 確かに!

 短所を述べた部分もそうだけど、後半の内容は完全に個人情報だよ。

 名前は変えてあるとは言えかなり似た韻だし、知っている人が読めば、中川潤というキャラが中村俊をモチーフにしているのはすぐにピンときそう……。


「これ……事実なの? 追加設定とかじゃなく?」


 私の質問に、再び小さく頷く手嶋さん。

 だとしたら、これを本人のみならずクラスの何人かに読まれたというのは、かなり欝な展開なのでは……。


「わざわざ調べたわけじゃないですけど、ずっと同じクラスで過ごしていれば、ちょっとした会話の端々からいろいろな情報がはいってくるので……」


 確かに、個人情報部分に関しては最初からまとめられている、というよりも、空きスペースに無理矢理書きこまれているいるような印象だ。

 恐らく、新しい情報が得られる度に随時書き記していったせいだろう。


「迂闊だよ……迂闊すぎるよ、ユッキー!」

「確かにこれは……まずいよ、手嶋さん」


 こればかりは花音の意見に賛同だ。

 他人に迷惑さえかけなければ、個人の趣味をとやかく言うつもりはないけれど、それにしてもこんなノートを常に持ち歩いていたなんて無用心過ぎる。


「で……そのあと……どうなったの? ユッキー」


 両手で口を抑えながら、恐る恐るといった様子で訊ねる花音。

 ぼんやりとした眼差しで、乾いた微笑みを浮かべながら手嶋さんが口を開く。


「無視でしたね。もう、完全に。もともと空気みたいな存在でしたけど、メモの事が知れ渡ってからは、みんな気持ち悪がって目さえ合わせてくれなくなりました」

「で、でも……後ろの方のページには小説のあらすじみたいなものも書いてあるし、説明すればみんなも分かってくれたんじゃ?」

「はい、それは……私じゃなく、先生からみんなに……」

「先生!?」


 私と花音が異口同音に聞き返す。


「はい……。個人情報に触れる部分も多いし、内容が内容なので……何人かの生徒が担任に相談したみたいで」

「うわぁ……」と、相変わらず口に手を当てたまま、眉間に皺を寄せる花音。

「そのあとは、学校に洵子さんも呼ばれて三者面談で……このメモ帳の内容について、話の聞き取りが行われました」


 洵子さん……って、ああ、そっか。手嶋さんの継母おかあさんか。

 生徒間だけの話だと思っていたけど、意外と大事おおごとだったのね。

 いやでも……下手に陰湿なイジメに発展するよりはよかったのかも?


「一応、先生も洵子さんも私の話は理解してくれて、クラスでもこのメモに関することについて、先生から説明はあったんですけど……」


 まあ、クラス内のほぼ全員に知れ渡っていて、且つ先生も生徒から相談されている状況ならそういうやり方もあり……か。でも――


「それだけじゃあ……わだかまりは拭いきれなかったでしょ?」

「だよねぇ。いくら小説の資料とはいえ、これだけ短所まで細かく書かれちゃ……」


 私の言葉に花音も相槌を打つ。


「ですね……。時期が九月でしたから、二学期中はなんとか学校に通って単位を取って……冬休みのあとは、テスト以外はほとんど学校にも行かなくなりました」

「じゃあ、手嶋さん……そのせいで内部進学も……?」

「はい。担任から、暗に外部受験を進められましたし……」

「そうは言ってもさぁ、ユッキー。あのN一中で学年十番二十番って成績だったわけでしょ? うちの高校じゃなくたって、もっと選択肢はあったんじゃない?」


 花音も、私と同じ疑問を口にする。

 理由が理由だけに地元から離れたいという気持ちは理解できなくもないけど、だとしても、もっと偏差値の高い高校はありそうなものよね。


「公立で、かつそれなりの偏差値となると選択肢も限られますから……。地元から一時間程度の地域という条件も加味すると、今の高校が立地的にベストだったんです」

「立地って……。こんだけの家に住んでるんだし、私立だっていくらでもあったんじゃ?」

「洵子さんの方針なんですよ。女性は無理に高い教育を受ける必要もない、っていう考えなんです。彼女自身も高卒みたいですし」

「お父さんは……なんて言ってたの?」

「父は、ほとんど家にいないですし、家の事や子供のことは洵子さんに任せっきりみたいですから……」

「今でも、執筆は続けてるのかな?」


 黙って私たちの会話を聞いていたたまきさんが、不意に口を開く。

 いつの間にかスマートフォンを操作して、何か調べ物をしているようだ。


「はい、一応……」

「もしかしてこれって、手嶋さんのこと?」


 環さんが手嶋さんにスマートフォンを手渡そうと腕を伸ばすが、すこし距離があったので、間にいた花音が中継のため一旦スマホを受け取る。

 と、その直後――


「ええ――っ!?」


 受け取ったスマホの画面を覗き込みながら、目を丸くした花音が喚声を上げた。

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