11.脚本係
(ええ? ……私が、脚本!? なんで!?)
これまで、クラスではまったく目立たない存在だった
中学三年生の、このクラスだけの話ではない。一、二年でもずっとそうだった。
もちろん、こういった催し物で重要な役割を担った経験も皆無。
成績も優秀ではあったが、それでも学年で十~二十位辺りが定位置。特別に注目を浴びるような順位でもない。
ちょっと頭の良い地味な子――。
雪実について最も詳しく知っているクラスメイトでさえ、彼女の印象を問われればその程度しか答えられないだろう。
今日まで、目立たず、教室内では空気のような存在として過ごしてきたのだ。
ただ、雪実本人も、とくにそれを居心地が悪いと感じたことはなかった。
もともと人付き合いが苦手で、可能な限り他人と関わらず存在感を消すように努めてきたのもまた、雪実自身なのだから……。
(どういう
その疑問は、ホームルーム後、同じ脚本係に選らばれていた
「いやぁ……悪いねぇ、手嶋さん!」
帰り支度を整えたあと、右手を軽く上げながら雪実の方へ近づいてくる俊。その後ろに付き従うように、
「悪い? ……な、なにが?」
「いや、俺が他薦なんてしたから手嶋さんも面倒なことになっちゃって……って、もしかして手嶋さん、実はやりたかった感じ!?」
ブンブン、と雪実が慌てて首を左右に振る。
(そうか……中村くんの推薦のせいでこんなことになってるのか。でも――)
「なんで?」
「ほら……
そう言って、自分と美和子を交互に指差す俊。
二人がカップルであることはクラス公認の事実だ。ちょっとお調子者の俊に、おっとり天燃系の美和子。
だいぶ性格は違うが、二人ともあまり成績が良くないということは雪実もなんとなく知っていた。
特に俊に関しては、テスト返却のたびに「また赤点だぁ~」と、おどけるように吹聴している姿を何度も目にしていた。
雪実たちが通っているN第一中学校は、公立ながら中高一貫システムを導入しており、そのぶん受験の倍率も偏差値も高めだ。
高校進学に当たっては、さらに上のランクを目指して外部受験を選択する生徒もいるが、基本的にはそのままN第一高校へ内部進学する生徒が圧倒的に多い。
俊と美和子も内部コースのはずで、基本的には受験の心配もないはずだ。
ただし、成績が進学基準をあまりにも大きく下回るという理由で、内部進学すら諦めざるを得ない生徒も毎年何人かはいる。
そして恐らく、俊はそうした心配をする必要がありそうなレベルだと思われた。
「う……う―ん……そうなの?」と、曖昧に答える雪実。成績の悪さに同意を求められて、素直に肯定することも
「そうなんだよ……。去年くらいから、このままの成績では進学に問題がある、なんて担任に脅されててさあ」
それ多分、脅しじゃないと思うなぁ……と、俊の左腕をつねるような仕草を見せる美和子。
「そ、そうなんだ……。大変だね……」
「でさ! 内申点だけでも稼いでおこうと思って、とりあえず脚本係に立候補したんだけど……」
(なるほど。……でも、内部進学で内申点の上積みなんて意味あるのかしら)
「たださ、俺たち、脚本なんて書いたことないじゃん?」
「じゃん、って言われても……私だってそんなの――」
そう言いかけた雪実の言葉に被せるように、なおも俊が言葉を繋げる。
「でもほら、手嶋さんって、そういうの得意っしょ?」
俊に問われて、雪実の心臓がドキリと音を立てる。
(まさか……趣味で小説を書いてること、バレてる!? いや、でも……)
小説投稿サイトへの登録は、当然本名ではない。〝スノーベリー〟というペンネームからすぐに雪実を連想することも、まずあり得ないだろう。
「ほら……なんか、休み時間によく本を読んだりしてるじゃん?」
「よ、読むのと書くのでは、全然……」
そう答えながら、しかし、俊の言葉に雪実もホッと安堵の溜息をつく。
小説執筆のことは、まだ親にも話してない秘密の趣味だし、もちろん、学校でも人に話したことはない。
「まあ、とにかくさ、脚本なんて言ったって俺らじゃ雲を掴むような話だし……ほら、なんつぅんだっけ……。物語の大雑把な、あらすじみたいなやつ……」
「……プロット?」
「そう、それそれ! そんな感じのやつ、とりあえず手嶋さんの方で作ってくんないかなぁ? そういう原案があれば、俺らもいろいろ意見出せると思うし」
とりあえず脚本がなければ他の係も配役も決められない。一週間後のホームルームまでにそれを仕上げる、というのが脚本係に課せられた当面の仕事らしい。
学園物にアレンジしたシンデレラかぁ……と、ホームルーム中に考えていた妄想に思いを巡らせかけたとき、続く俊の言葉に再び冷水を浴びせかけられる。
「昼休みとかよく、ノートに何か書いてるでしょ、手嶋さん?」
(バレてた!)
今まで、自分は空気のような存在だと思いこんでいた雪実だったが、そんな彼女のことを見ていた人物もいたことに愕然とした。
自分の存在感の薄さに安心して、ついつい油断していた場面があったのではないかと急に不安になってくる。
「本読みながらのこともあるみたいだし……内容とかメモしてんの? よく分かんないけど、そういうことしてるくらいなら書く方だって結構得意なんじゃない?」
一瞬、跳ね上がった雪実の心拍数が、ゆっくりと元に戻ってゆく。
メモの内容まではバレていないと分かったからだ。しかし――。
(もしあのメモ帳のことがバレたら……もうこの教室にはいられない!)
「わ、わかった……。とりあえず、明日までに、書いてくる」
そう言って、自分のスクールバッグを肩にかけると、慌てて席を立つ雪実。とにかく今は、早く一人になって落ち着きたかった。
「そっかぁ―! いやほんと、助かるよ!」
「じゃあ、私は、これで……」
「ああ、そうそう、脚本用のノートとか、買うっしょ? 書いてもらうだけじゃ悪いしノート代くらいは俺らが出すよ」
そう言って俊が、雪実の後ろからスクールバッグのショルダーベルトを掴む。
「離して!!」
ほとんど無意識だった。
雪実自身も驚くほどの勢いで、俊の手を振りほどこうと顧みる。
「うわっ!」
予想もしていなかった激しい反応に、雪実の鞄を掴んだままバランスを崩す俊。
「しゅ、俊くん!」
差し伸べられた美和子の手を、俊も咄嗟に掴んでなんとか転倒は免れたが、その代わり、自分と雪実の鞄を足元に放り投げてしまっていた。
「ご……ごめんなさい!」と、慌てて頭を下げる雪実。
「い、いや……こっちこそ、急に掴んだりして……ご、ごめん……」
俊が呆気にとられたような表情で雪実のバッグを拾い、差し出す。
「の、ノートとか……いっぱい余ってるから……大丈夫だから!」
そう言いながら、ひったくるように俊の手から鞄を受け取ると、雪実は急いで教室をあとにした。
◇
「うふぁ――……ん」
雪実の話を聞きながら、花音が間抜けな声を上げる。
「な……なによ、その声?」
「なんかさ……
「そ、そう?」
「ベタすぎだよ。見られちゃいけないメモ、床に落とした二人の鞄、そのあと訪れるクラスメイトとの不和……ここまで伏線張られたらねぇ」
「いやこれ、手嶋さんの中学時代の話だからね? 小説じゃあるまいし、伏線張りながら話してるわけじゃないでしょ!?」
このあとの展開、かあ……。
確かに、なんとなく予想はできるけど、ここまで聞いて、もういいというわけにもいかないよね。
なにげに手嶋さんも、すっかり打ち明けモードに入ってる様子だし。
私たち四人は、再び黙って、手嶋さんの次の言葉を待った。
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