04.いなくなったのは誰なんです?

「この人が、この事務所を経営している、私のいとこの、飛鳥井環あすかいたまきさん」


 私の紹介を受けて、黒曜石を思わせる黒く涼やかな瞳を二人へ向ける環さん。


「こんにちは。咲々芽ささめさんのお友だち?」

「はい。手嶋雪実てじま ゆきみさんと、あっちの……あまねくんと一緒にいるのが、矢野森花音やのもりかのん。どちらもクラスメイトです」


 はじめまして……と、相変わらず呆けたような面持ちで、ほぼ同時に会釈をする花音と手嶋さん。


「咲々芽さんがお友だちを連れてくるなんて初めてだよね? いたんだねぇ、お友だち」

「そりゃあ、いますよ! 私をなんだと思ってたんですか!?」

「一人でよくここに来てたし、学校では寂しい思いをしてるのかなぁって」


 気を使って尋ねはしなかったけど、と環さんが微笑む。


「あ、あのですね! そもそもここの様子をこまめに見るように言われたのは、環さんが本家から勘当されたりするから――」


 そこまで言ってハッと口をつぐむ。

 今日は身内だけじゃなく、花音や手嶋さんもいるんだった!

 慌てて二人の様子を確かめるが、私たちの会話など聞いていた風もなく、相変わらずボォ――ッと環さんを眺めている。


 普段は、毛玉だらけの小豆色ジャージを着たりしてラフにしていることも多いんだけど……今日は、特に綺麗にしてるからなぁ、環さん。

 油断すると私でも見惚みとれてしまいそう。


「今日は、何か仕事だったんですか?」

「うん? まあ、そうだね、ちょっと大井の方まで……」

「ああん!? 環、おまえ……もしかしてまた競馬!?」


 大井……と聞いて、やにわに甲走かんばしあまねくんの尖り声。


「まあまあ、落ち着きなよ、あまねくん」と、たおやかな微笑ほほえみを返す環さん。

「落ち着けるか! 環が珍しく急な仕事だって言うから、約束を断って留守番してやってたのに……」

「中学生なんだから、わざわざ外で会わなくても学校でいくらでも会えるでしょ」

「小学校時代の同級生なんだよ。久々にこっちに遊びに来たっていうから……」

「そんな人と、今さら何を話すの?」

「余計なお世話だ!」


 環さんが、持っていたショルダーポーチをポールハンガーにかけると、周くんの不満など意にも介さぬ様子で二人掛けソファーに腰を下ろす。

 何気なく組んだ、膝から爪先にかけての常人離れした長い足先も、絶妙なバランスで環さんの肢体にピタリと収まっている。


 創作の世界では〝八頭身美人〟なんて言葉がよく出てくるけど、それを体現している日本人なんてそう多くはない。

 八.五頭身ともなると、実際に見たことがあるのは環さんくらいだ。


「で……増やせたのかよ、お金は?」

「う~ん、今日のところは、まだ貯金だね」

「何が貯金だよ! 負けてんじゃん! いつになったら貯金おろしてくるんだよ!?」

「お馬さん次第かなぁ?」

「おまえ次第だよ!」


 ……と、呆れたようにキッチンの奥に姿を消す周くん。

 室内を見渡せば、ボォ――ッと突っ立ったままの手嶋さんと、そわそわとなにやら落ち着かない様子の花音が目に止まる。

 ついさっきまで周くんにまとわりついていた花音の興味も、今は完全に環さんの方へ移ったようだ。


「とりあえず、花音と手嶋さんも……座ったら? お茶淹れてくるよ」


 テーブルを挟んで、環さんの対面に並べられた一人掛けのソファーへ座るよう二人を促す。


「やっと言ってくれたぁ! 気付くのが遅いよ咲々芽」


 そう言いながらそそくさとソファに腰を下ろす花音。


「え……私待ちだったの?」

「そりゃそうでしょう! 勝手に座るわけにもいかないし」


 入試のグループ面接では、試験官に促される前に着席していた花音にしてはおしとやかだ。


「で、今日は、何か相談でも? もしかすると、雪実さんの方かな?」


 二人が腰を下ろすや否や話しかける環さんの言葉に、手嶋さんが目を丸くする。

 ……が、


「なんで分かったんですか!?」とすかさず聞き返したのは花音の方。

「さっきから咲々芽さん、雪実さんの方にだけ敬称を付けているでしょ。紹介する時もそのままだったし」

「そう……でしたっけ?」

「自分側の人間を紹介する時は普通、敬称を省くものだけど、雪実さんとはまだ知り合って間もないのかな、ってね」

「なるほど……」

「そんな人を連れて、わざわざここへ遊びにくるわけもないだろうし。それならあとは、その手の・・・・相談しかないだろうから」


 紅茶を淹れて戻ると、まだ落ち着かない様子の手嶋さんとは対照的に、花音の方はだいぶ打ち解けた様子で環さんと談笑を始めている。


 最初こそ等しく緊張していた花音と手嶋さんだったけれど、その後の順応速度は雲泥の差だ。

 もっとも、花音との雑談も、手嶋さんにリラックスしてもらうための、恐らくは環さんなりの気遣いなのだろうけど。


 テーブルに紅茶を並べ始めると、嬉々とした表情で環さんが話しかけてきた。


「咲々芽さん、中学校のときは裏バンやってたんだってねぇ!」

「やってませんっ!」


――もしかして、普通に雑談を楽しんでいただけ?


 キッ、と花音を睨みつけながら、私も折り畳みのパイプ椅子を広げて腰掛ける。

 チラリと壁時計に目をやると、時刻はすでに午後四時半を過ぎていた。


 紅茶を一口啜ってカップをテーブルに戻すと、おもむろに環さんが口を開く。


「それで、いなくなったのは誰なんです?」

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