AMDのアムドさん
秋山機竜
第1話 由紀子、アムドと出会う
私はPCパーツを漁るために、秋葉原を散策していた。
どのお店に入っても男性客ばかり。女性客である私は珍しかった。なぜ女性客が珍しいかといえば、自作PCを趣味にするのは圧倒的多数が男性だからだ。もちろん趣味なんて個人の好みでやることなんだから、客の構成を気にしたって意味はない。
誰とも関わらず、余計なことを考えず、ひたすら店内を物色する。
至福の時間だ。
無心でマザーボードを物色していると、スマートフォンに通知あり。地元の友人だ。彼女は地元の大学に通っていて、私は東京の大学に通っている。
私は進学のために上京してしまったので、彼女と会える機会が減っていた。とはいってもSNSで連絡は取り合っている。インターネットは本当に便利だね、私の数少ない友人との絆を保ってくれるから。
そんな貴重な友達だが、こんなメッセージを送ってきた。
『最近どう? 東京に出てからも、相変わらず男を漁らないで、PCパーツを漁ってるの?』
軽いジャブ――に見せかけてSOSサインだ。彼女は私と同じく不器用な性格だから、いきなり本題に入らないで脇道から悩みを匂わせてくる。
だから私も脇道からお返事した。
『なんでもかんでも恋愛に繋げる風潮、本当にめんどくさい』
『わかる(泣き笑いのスタンプマーク付き)』
『またなんか失敗したの?』
『映画研究サークルで、あたしだけ合コンに誘われなかった。もういいこのサークル辞める』
という文面を見て私が最初に思ったことは、インドアな集団でも合コンを画策するんだなぁ、という驚きだった。
でも大学生になれば、たとえ文科系のおとなしい趣味を持った男女だろうと、春に目覚めて桃色の交流を始めるんだろう。
私の通っている理系の大学だって、誰も彼もが恋愛やら肉欲やらに走って動物園みたいになっていた。正直勘弁してほしい。この手の人間関係のトラブルに巻き込まれると身も心も疲れるから。
きっと地元の友人も私と同じ結論に至ったから、サークル活動を辞めるんだろう。
私はため息混じりで返信していく。
『まーこれからは慎ましやかに生きるのが吉だね。っていうか、そもそもなんでサークル活動なんて始めたわけ? お互いそういうキャラじゃないでしょ』
『だって大学の友達が欲しかったんだもん』
彼女は大学内に友達がいない。私が言えた立場じゃないけど、彼女は他人との距離感がデタラメだ。離れすぎているか、近すぎるかで、周りの人たちを怒らせてしまう。やがて所属集団から孤立して誰からも誘われなくなる。
だがなぜか私だけは彼女と馬があったので、ずっと友達を続けている。
もしかしたら似たもの同士なのかもしれない。
だから私は、いつものように慰めの言葉を打ち込んだ。
『次のまとまった休みになったら地元に帰るから、そのときに愚痴を聞くよ』
『うん、好き、お互い三十歳になって結婚の気配がなかったら一緒に住もうね』
いつもの流れを指先でこなしていると、視界の端に派手な色を感じた。
私の目の前に、異様な格好の子が立っていた。
赤い長髪、オレンジ色の眼鏡、緑と黒を中心とした衣服。なんて毒々しい色合いだろうか。
「あなたに折り入って頼みがあります。わたしの友達になってくれませんか?」
攻撃的な装いとは裏腹に、口調は丁寧で顔つきも穏やかであった。童顔の丸顔からして年齢は高校生ぐらいか。身長は低いし、肩幅は狭いし、手足が短い。まるでマスコット人形みたいな女の子である。
だがしかし、初対面の人間に向かって、友達になってくれと頼む人物がまともであるはずがない。
私は、なにも聞かなかったことにして店を出ようとした。
だが奇抜な色合いの子は、私の前に回りこんだ。
「お願いします。わたし、つい先日までCPUだったので、人間のルールがよくわからないんです」
CPU? 彼女はなにをいっているんだろうか。もしや、すでに正気を失っていて、自分のことをCPUだと思い込んでいるマズイ人なのでは。こんな危ないのと関わっていたら、命がいくつあっても足りないだろう。
本当に東京は怖いところだ。
私がもう一度逃げようとしたら、奇抜な色合いの子が手のひらを差し出した。
「信じてください。わたしの名前はアムド。AMD製のCPUを擬人化した存在です」
なんと手のひらからCPUが生まれた。
2018年現在における最新型のCPU『RYZEN』であった。CPU市場において劣勢となっていたAMD社が、起死回生の一手として生み出した。その効果は絶大であり、ライバル企業であるINTEL社のCPU市場シェアを削ることに成功。今も驀進を続けている。
アムドと名乗った子が軽く手のひらを揺らしたら、生み出したばかりの『RYZEN』が綺麗さっぱり消えてしまった。手品と呼ぶには種も仕掛けもなさすぎる。特殊能力とか魔法みたいな技にしか思えなかった。
「え、本当にCPUを擬人化した存在なわけ?」
私は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「よかった。信じてもらえたみたいですね」
アムドは、安心したらしく、ふーっと息をついた。
どうやら本当にCPUを擬人化した存在らしい。
となれば髪が赤くて、衣服が緑なのは、AMD製品のパーソナルカラーとイメージを重ねてあるからだろう。さらに眼鏡がオレンジ色なのも、最新型CPUであるRYZENのイメージカラーと合わせたからだ。
もし手のひらからCPUを出してくれなかったら、頭のおかしくなったコスプレイヤーにしか見えない。
世の中には摩訶不思議な現象が存在するんだな、まったく。
さて不思議現象を認めたとして、まだ謎は一つ残っていた。私はアムドに質問した。
「あなたのことを信じたとして、でもなんでまた友達になってほしいわけ?」
「わたしを擬人化した人物によれば、同性の友達を作ることで、元の姿に戻れるらしいんです」
「つまり誰かが悪さをしたことで擬人化したわけだ。その人のことは覚えてるの?」
「ぼんやりとしていて、はっきりしたイメージがありません。わたしが人間の肉体を得た直後、CPUに戻るための条件を言ってから、さっさと消えてしまったので」
「消えた? もしかして相手は人間じゃないの?」
「かもしれません。とにかくわたしの友達になってください。しばらくこの町を歩きましたが、自作PCに詳しい女性はあなたしかいなかったんです」
「そりゃ私は世にも珍しい女の自作erだけど。でもまだ初対面じゃない? 私とあなたが友達になれるかどうかなんて神様にだってわからないと思うよ」
「え……友達になってくれないんですか……?」
アムドは、男を手のひらで転がす悪女のように、うるうると瞳に涙をためた。
おおう、まさかの泣き落とし。いくらCPUを擬人化した存在であろうとも、女の涙が武器になることを知っているらしい。
だがしかし、私には通じないのであった。
「オタサーの姫が従者たちにやるなら効果絶大だろうけど、私には効果が薄いかな。それと、私はINTEL製のCPUを愛用してるから、AMD製のCPUを擬人化したあなたとソリが合うかどうかわからないし」
いきなりアムドが私に掴みかかった。
「あんな邪悪なCPUを使うなんて、あなたは不倶戴天の敵ですよ!」
「さすがAMD製品の擬人化だけあって、AMD教の連中と同じことを言うのね。一周回って感心したわ」
「感心ついでに、INTEL製品なんて今すぐ捨てて、AMD製品に乗り換えましょう。そうすればわたしたちは友達です」
「支離滅裂すぎる」
私は興奮するアムドを引き剥がそうとした。だが勢いあまってアムドの眼鏡を吹き飛ばしてしまった。
いきなりアムドが頭を抑えてうずくまった。
「いけませんっ! RYZENの眼鏡が外れると、FXに戻ってしまいます!」
アムドの頭からプスプスと煙が出てきて、あたりが焦げ臭くなってしまう。
知らない人向けに説明しておくと、RYZENシリーズの前の製品がFXシリーズだった。お世辞にも性能が高いCPUとはいえず、おまけに発熱量が半端じゃなかった。だから冷却システムをがっつり組んでおかないと熱暴走で壊れてしまう。
どうやらアムドはRYZENを象徴した眼鏡が外れると、以前のFXシリーズに戻ってしまうらしい。
なんて難儀な肉体だろうか。かわいそうに。
「冷静に観察してないで、冷却を手伝ってくださいっ! わたしこのままだと燃え尽きてしまいますよ!」
アムドの切羽詰った声と表情からして、今にも発火しそうだった。
「しょうがないなぁ。擬人化したなら、水を直接かけても感電しないでしょ」
私は、ペットボトルの水をアムドの頭にかけた。
「あぁ、ひんやりします~……」
しゅーっと水蒸気が立ち上ると、アムドの顔色が落ち着いた。素早く眼鏡を拾って再装着。しゃきーんっと表情が整った。
「ふー、熱暴走で体が溶けるかと思いましたよ。やっぱり発熱量は大事ですね」
「そのまま溶けてなくなったほうが、私としては気楽だったのかな?」
「まぁ! なんてひどいことをいうんですか! ……へくしょん!」
どうやら冷却のために水浸しになったから、身体が冷えたらしい。
「着替えってあるの?」
「ないです。ついでにいえばお腹もすいています」
「擬人化したばっかりだもんねぇ。わかった。近くの漫画喫茶でシャワー浴びてから、ドライヤーで乾かしちゃおう」
私はアムドをシャワー付きの漫画喫茶につれていった。アムドがシャワーを浴びている間に、私がドライヤーで洋服を乾かしていく。
アムドがシャワーを浴びながら、私に質問した。
「ところで、お優しいあなたの名前は?」
「由紀子。柏木由紀子だよ」
「びっくりするぐらい普通の名前ですね」
「あんたみたいに擬人化したCPUなんてキワモノじゃないんだから、そりゃ普通の名前でしょうよ」
「もっと派手な名前にしましょう。INTEL嫌い子さんとか」
「なんてひどいネーミングセンスなのか……」
私が呆れていると、アムドがシャワールームから出てきた。彼女が乾かした洋服を着ているとき、私はふと気づいた。アムドのわき腹あたりに切り込みがある。擬人化したばかりのCPUならば手術跡ではないだろう。
「ねぇアムド。そのわき腹の切り込みみたいな跡ってなに」
「これは殻割りですね」
殻割り――CPUのヒートスプレッダを取り外して、内部の熱伝導材を塗りなおす作業のことだ。はっきりいってマニア中のマニアしかやらない技であり、保障外の行為だから一般の人は真似しちゃだめだぞ。お姉さんとの約束だ。
「でもアムドの擬人化元であるRYZENは殻割りしなくでいいはずでしょ。あれはソルダリングだから効率よく放熱してくれるし。そもそも殻割りが流行したのって、メーカーがコストダウンのためにソルダリングをやめて、グリスを使ったからだし」
「理屈としてはそうなんですが、わたしの持ち主はあえて殻割りしたんですよね。好奇心や功名心が目当てで」
「おや、持ち主に関する記憶は持ってるんだ」
「持ってはいますが、薄っすらとしたものです。当時はモノだったので、はっきりとは覚えていません」
「となると、まずは持ち主を探したほうがいいんじゃない。CPUが擬人化したことに理由があるかもしれないし、もしかしたらアムドのことを探してるかもしれないし」
「ではお手伝いをお願いします。わたしは人間の世界の勝手がいまいちわからないので」
「しゃーない。それぐらいはやってあげるよ」
「ありがとうございます。由紀子さんは優しいんですね」
アムドは私の肘にしがみついた。まるで路頭に迷った子羊のようだった。
なぜか私は地元の友達を連想していた。地元の友達は私以外に友達がいないから、よくこうやってしがみついてくる。お願い見捨てないでというサインであった。
まったく地元の友達もアムドも、放っておけない子だ。
よし、私が一肌脱いでやろうじゃないか。
「持ち主がRYZENを殻割りした理由が好奇心と功名心って言ったよね。なら絶対にネットで自慢してるだろうし、どこかのクラスタで話題になってるはず。せっかく漫画喫茶にいるんだし、パソコンで調べよう。スマホで調べるより早いから」
「おお! 賢いんですね、由紀子さん」
「これぐらい頭が回転しないとね。将来はPCパーツ関連の業界に進みたいし」
「ぜひともAMDに!」
「さすがにCPUメーカーは無理だろうなぁ。世界中の天才が集まる修羅の空間だし」
「もしかしたら入れるかもしれませんよ」
「頭の片隅にはいれておこうかな」
私とアムドはパソコンの置いてある個室に入った。検索サイトで目ぼしいキーワードを打ち込んで検索すれば、それらしい情報がヒットした。
秋葉原のPCパーツ専門店で、店頭に展示してあった殻割り済みのRYZENが行方不明になったそうな。しかもお客さんから借りたものらしく、お店は困っているそうだ。
どうやら私には、探偵の才能がちょっぴりあるらしい。
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