続かない
@mizuhoriann
第1話天界
普通の人生だった。そういう風に割り切れるのだから、人間は実に都合がいい生物だろう。
唐突に湧き上がった感慨に、つい目頭が熱くなるのを感じて親指で眉間を押し込む。
「そういえばあの時助けようとした女の子は無事だろうか…」
彼の視界の半分、まぶたの裏に映るのは夏の日差しの中で見つけた黒色の長い髪だ。
灰色の世界を少しでも綺麗に見せてやろうという世界の気遣いがやけに肌をひり付かせる8月の昼のできごと。
信号待ちの十字路は、36度を越すほどの炎天下にも関わらず人の落とす影が多く見えた。
片側2車線の道路は、いつものごとく慢性的な渋滞を引き起こして、それに伴ったエンジンからの排気ガスが空気をよどませて酷暑を深刻化させて俺たちを殺しにかかってくるようだ。
「暑い」
俺と同じく信号待ちの誰かがそうつぶやく、皆その言葉だけは言うまいとしていた雰囲気を台無しにする一言なのは、間違いない。
信号が、青になる。
体全体が一瞬硬直するような爆発的なエンジン音とともにスポーツカーが大人しく並ぶ鋼鉄の列を抜けて横断する歩道を進もうと突っ込んできたのだ。
当然のごとく、青に変わったばかりの道路だ。一斉に止まってやり過ごそうとする。が、そこに黒い影が飛び出した。
短い悲鳴、急ブレーキで焼けるゴムの音、躍り出た黒い影は女の子だ。急に、視界がぶれて、動き出す足は全速力で、両手で思いっきり女の子を突き飛ばしていた。だが、自らの体は、ダイブの姿勢のまま凶悪な鉄の塊に弾き飛ばされ高く中をまう。
熱い、そんな感覚から意識が強制的に起こされるが、全身がきしみどこからか命というのが流れている感触だ。
「おい誰かきゅうきゅうしゃ!」
「私は、看護しよじっとしてて」
「ほら、気をしっかりもて坊主!」
周りの声援が聞こえて、何故かほっとして、俺は意識を手放した。
そして今に至る。
白熱のあの地獄を作り出していた太陽は、どこにもなくなっていたのに妙に、快適な温度と明るさを実現した真っ白な空間、地面はアスファルトにたくさんの道路標示が、張り巡らされて地平線まで続いていた。
「ええ、大丈夫ですよ。あなたが救った命は、肉体に軽い擦り傷をつけただけにすみました。逆に、あなたの体は、見るも無残になってボロ雑巾ですっ。」
「やけに、楽しそうに話してくれるじゃん?女の子が、助かった事よりも俺の体がシェイクされた事の方が特に、さ」
ここへ来ての初めの一言に返答が帰ってきたもののなかなか、ジョークの上手いやつだと言うことがわかる。
「んで、誰なんだ?声は、透き通ってて綺麗だし容姿も期待できそうだ。姿を見せてくれるともっと話しやすいんだけどな」
悪癖として明示しておくが初対面に悪態をついてしまうのだけは、高校生になった今でも、治らない。特に、胡散臭いやつに。
「わかりました。それでは、後ろを向いていただけますか?」
瞬時に、後ろを振り向く。そこには、何やら大きな翼を背負った150センチくらいのミントグリーンな髪を短く揃えて、白いワンピースを腰で絞った装いの女の子がたっていた。
「おお、天使って本当にいるんだ…」
「えへへ、私ってそんなに若く見えますか?これでももう300さい超えてるんですけど…口がうまいですねっ」
何やら、意図せずに相手を褒めてしまった。
ミントグリーンの髪によく合う黄色と緑が絶妙に溶けた瞳が、照れから細められる。右手をその端正な顔の頬に当てる仕草はまさに、芸術だ。
「あ、その年齢の概念については人間とでは違いすぎましたね。ちなみに、天使と呼ばれる年齢は170歳あたりですね。丁度、中学生と考えてください。そこから、先は、大天使そして成天使となる500歳で、女神と呼ばれるようになるのですよ。ちなみに、お世辞に使われるのは、天使です。年齢とともに艶のなくなるこの翼は、大体が170歳が1番綺麗なのですから!わかりましたか?」
上機嫌な彼女は、聞いてもないのにペラペラと話を広げていく。
170歳で中学生とか知るか。
いつの間にか、天界の女の子たちへのごまのすり方まで喋り始めると口を挟めなかった。
翼をバッサバッサして腕を振るジェスチャーまで混ぜられたら、ね。
「ああ、天国の文化についてはよくわかった。それで、俺はこのあとどうなるのか教えて貰っていいか?」
「そうですね!その話ですね!コホン…まずは、あなたは死にましたそれはもう無残にボロ雑巾です!」
「あ、ああ。わかったってば…そう何度も言われるとツラい」
ジェスチャーを見ていると本当に楽しそうで、怒れないのだ。
ツバサをバッサバッサ
「うふふ」
楽しそうだ。
「それでですね。このあと普通は、輪廻に返して魂を浄化、転生します。ですが…」
大天使はそこでひとつ、言葉を区切り慎重に呼吸をする。
胸の膨らみが上下することで、先程までのテンションとは明らかに違った緊張感を教えてくれる。ノーブラだ。
「…が?」
堪えきれずに、続きを促してしまう。口に残る唾を飲み込むと乾ききった喉を強引に、潤す。
「あなたは、正常の手段では転生できません。正確には、出来なくなりました。」
首を上下に振っては見るのだが、頭の方は考えすらシェイクしてしまっている。
「つまりですね。記憶を保持したまま混界の方に転移復活していただきます。」
「はあ」
よくよく、話を聞けば混界とは、肉体と精神と魂が3つでひとつである場所のことであり、天界は、精神と魂がある場所だという。
「それで、ですね。本題は、ここからです。いいですか。あなたは、地球ではなく、オーグターという星に行ってもらいます。」
「わかったぞ。やっとな。つまりは、異世界召喚ってことだな?」
俺の場合、その手の話は趣味の範囲だ。
「ん?」芸術のような彼女は、小首を傾げてみせる動作だけでもワンシーンとして保存出来る。
「そうだな。地球には俺の状況を数多の空想で表現したもんがあるってことだ。つまりは、俺が理解したってことだ。」
「おお!なんと!では、話は早いというものですね。ちなみに、何をするのか予想ついてたりっ?」
いつの間にか、白いワンピースの大天使の手にはブルーと黄色の液体が混じりあわずに混濁した容器が握られていた。それを握りしめて、またまたツバサをバッサバッサと震わせながら顔を急に近づけてくる。
「あ、ああぁ」
黄色と緑が溶けあった瞳は近くで見れば拍動に合わせて万華鏡のように変化している。気色が悪いものだと普通は思うかもしれないが、案外吸い込まれそうな程に綺麗だ。ちなみに、女の子の匂いが、してくるので、少し首を後ろにそらす。精神と魂だけの世界も五感が働くのは、混界での経験がそうさせるのだとか
「魔王を倒したり世界救ったり、死んだり生き返ったり神殺しをしろとか言うんじゃないか」
手当たり次第に、いつか読んだ大好きだったあの世界達の結末を告げる。
「わおっ!なんと、あたりですよっ!ちなみに今回は、世界を救って魔王を救って、勇者も救って神も助けてください。」
なんかすんごいブラックな感じがするな…
内容のことを考えても、全く想像がつかない…戦うかもしれないということに不安を感じていない訳では無いんだが、そうまでして救う世界のまおうやら勇者たちは、それはもう勇者でも魔王でもないではないのか?
むしろ救いを求められる神が救われる構図からして、救う方は神以上のなんなんだ。
「意味がわからん」
「まあ、そうですよね。でも安心してください私がちゃんとサポートしますので!」
自信満々にノーブラお胸を突き出されたところで、胡散臭さは、拭えないどころではないんだが…
「そう不安がることでもないんじゃないですか?とりあえず、そろそろ出発しましょうか。」
「ああ、ああわかったわかった。その代わり、ちゃんとサポートしてくれよ。特に、チートは忘れてくれるな。」
手をひらひらさせて話を端折るようにして、いい加減飽きてきたこの感じにけりをつけたくなった。
瞬間足元から光が溢れ俺を包むようにして1本の光の柱が天まで突き抜ける。
「おお、これはなんだ!?」
「あー本当に時間ですね。言い忘れていましたが私の名前は、リサエルです。こちらからは、直接的にオーグターに介入することはできません。その代わり声だけは、お届けしますので頑張ってくださいね。それと〈ちーと〉というものがよくはわかりませんが、なるべくいいものを送ります。それでは」
リサエルの短いミントグリーン髪がお辞儀と共にゆっくり揺れる。それを見届けると体から重力が消えて浮遊感を味わったと思えば空高く射出されたのだった。
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