希死念慮さん

むむむ

 僕の前には、一人の女性が立っている。

 その女性は、艶やかな漆黒の長髪を持っていた。その髪は宝石で出来た糸のように綺麗で、それをうなじのあたりで結んでいる。その女性が小首を傾げると髪が揺れ、街灯のおぼろげな明かりを鮮明に反射し、光の粒にして散らす。

 身長は僕より高い。一七〇センチ程度はあるだろうか。女性にしては長身で、その体躯を構成する腕と脚はすらりと細く、長い。それらは真っ白な肌に包まれていて、その形状は完璧だった。まるで、清水せいすいに磨き抜かれた氷塊のようだ。

 彼女は漆黒の衣服を纏っている。黒のパンツスーツに、白いシャツ姿。

 その相貌は、僕が今まで見た誰よりも整っていた。大きい瞳を宿した切れ長の両目、すっと通った鼻筋。目と鼻に調和した大きさと形をしている、紅の口唇。適度な曲線を描く輪郭。

 彼女は、端的に言えば僕の理想を具現化した存在だった。僕は今までそのような人を、あるいは、姿を見たことがない。

 まるで、彗星のような衝撃。まるで、今この瞬間に生を得たような感慨。彼女を見ると、そのようなものたちが一気に迫り来る。

 僕の世界における、“美”を擬人化したような女性。それが、目の前に立っている。

 彼女は、ゆっくりとその整った口唇を動かす。

「私は――」

 その声色は、しんと静まりかえった冬の夜を連想させる。低く、静かで、澄んでいる。

 その声の主が、自身のことを紹介する。

「私は、君の希死念慮だ」

 蒸し暑い六月の夜。雨音が静かに響く中。

 僕の前に現れたその人は、自らのことをそう称した。

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