第163話
「イジッテちゃん、ごめん……」
「何……言ってんだ!諦めん、のか!?」
僕が謝ったので、命の危機に弱気になったと思ったのか叱ってくれるイジッテちゃん。
でも、違うんだ。
僕が言いたいのは―――
「いや、そうじゃなくて……吐きそう」
「ぜってー吐くなよ!!」
腹部を黒い龍に圧迫されて、このままだと久しぶり2度目のイジッテちゃんに吐瀉ることになってしまう。
僕としてもそれは避けたい。イジッテちゃんの着てる服は、アンネさんのとこで作った高い良い服だし!
あの時のポロいワンピースとは訳が違うぞ!!
「服とかじゃなくて私の心とかプライドとか自尊心と嫌悪感とかそういう話な!!いや、服も大事だけどさ!!」
僕としても、幼女に二回も吐瀉るのは避けたい。
それはさすがに人として!!
けど、今のままだとそもそも人としての命すら失われそうだ……どうする?どう――――ヤバい、意識が遠くなってきた……ダメだ、しっかり意識を保って腹筋に力を入れてないと、あっと言う間に押しつぶされるぞ……!
でも、もう――――
「どりゃああああああ!!」
叫び声、テンジンザさんの―――
「くはっっっ……!」
次の瞬間、途端に息が出来るようになった。
一瞬で意識が覚醒し、状況を確認すると……テンジンザさんが、拳で壁を壊して僕を引っ張り出してくれていた。
「がはっ……!はぁ、はぁ、はぁーー……た、助かりましたテンジンザさん。でも、壁が……」
さすがに外まで通じるほどの穴は空いていないが、かなり壁がえぐれている。
あんなにも内装を傷つける事を嫌っていたのに……。
「なぁに、気にするな。確かに城は大事だ。だが、おぬしの命に代わるものではない。そんなのは当然ではないか。おぬしは―――我らの恩人、だからのぅ……」
「―――テンジンザさん?」
テンジンザさんは笑顔ではあったが、なんだか様子が―――……そんな風に思っていると、ゆっくりと……テンジンザさんが、前のめりに倒れた。
「テ、テンジンザさん!大丈夫です……か…!?」
うつぶせに倒れたテンジンザさんの背中には、いくつもの抉れたような傷があった。もちろん鎧は来ていたが、その鎧に穴が開いているのだ。
丸い穴が―――
「くそっ…!すぐにポーションを…!」
「来るぞ!!構えろ!!」
ポーションを取り出そうとする僕に、イジッテちゃんの言葉が届く。
反射的に構えると、龍と玉が同時に襲い掛かって来ていた。
「ぐっ!」
今度は先ほどよりもしっかりと重心を低くして吹き飛ばされないように耐えるが、龍と玉の波状攻撃による衝撃は、イジッテちゃん越しでも片膝の姿勢でこらえるのがやっとだ。
両手でしっかりとイジッテちゃんを支えていないと、すぐにでも吹き飛ばされる……!!
ああくそっ!すぐにでもテンジンザさんにポーションを飲ませたいのに!!
背中のあの傷は、おそらく玉の直撃によるものだろう。
……考えるまでもない、僕を助けるために、無理やりに玉を突破しようとして背中にくらったんだ……僕の為に…僕のせいで…!!
いや、悔むのはあとだ。落ち着け。
そうだ、サジャさん、サジャさんはどうなった……?
落ち着いて周囲を見回すと、サジャさんはダサマゾを挟んだ部屋の反対側に居て……黒い龍と戦っていた。
アレ2匹居るのかよ!!ずりぃ!!
というか、あの黒い龍はおそらく先ほどの偽テンジンザと同じ、魔素で作ったもので、おそらくダサマゾは魔素を使って簡単な命令を実行する手下を作り出せるのだろう。
ただ、シンプルにパワーが強い!
サジャさんも、玉なら飲み込むことも出来るだろうけど、龍は長細くウネウネと動くので捕まえるのが難しいのか苦戦している。
「うぐっ!」
黒い龍の尻尾攻撃がサジャさんを吹き飛ばし、床に倒れさせる。
「危ない!!」
倒れたところに、上から押しつぶそうと龍が迫る!!
「ちっ!」
サジャさんの髪の毛がバネの様にしなり、体を一瞬で移動させる。
しかし、避けたところに今度は玉!!
横から直撃して、再び吹き飛ぶサジャさん!
何とか致命傷は避けているようだが、次から次へと攻撃が来て、こちらに構ってる暇はなさそうだ。
くそっ、どうする、どうする!?
僕とイジッテちゃんも、サジャさんも、攻撃を防ぐだけで精一杯で、これじゃあ負けを待つだけだ。
けど、今僕が攻撃に転じれば、その隙に確実にテンジンザさんは死ぬ。
さっきと違って何の賭けにもならない……!!ただ死ぬ、その事実があるだけだ。
くそっ、まだ息はある。とりあえず回復することが出来れば、まだ可能性はあるかもしれないのに、それが出来ない!
勝ち筋が、見えない……!!
「集中しろ!!!」
「はっ…!」
イジッテちゃん声で、一瞬気持ちが切れていたことにづいた時にはもう遅かった。
横からの黒い龍の攻撃でイジッテちゃんが大きく弾かれた……!
「しまっ……!」
失敗した、そう思った時にはもう遅い。
イジッテちゃんがどんなに手足を伸ばしても届かない位置から、玉が二つとんでくる。
あっ、ヤバい……これくらったら死――――――人間は死を覚悟すると時間が止まって見えるというが、まさにそれだ……。
玉は適格に僕の頭を吹き飛ばす起動で迫ってきている、けれど、これは避けられない。見えているのに、体がついて行かない。
ああ、くそ……こんなところで終わるのか、僕の旅は、勇者の冒険は、みんなと一緒に歩んできたこの計画の成功を見届けることなく、僕は―――!!
「風の壁!!!」
聞きなれた声、何度も近くで感じた温かい魔力、これは、この風の魔法は―――
「ミューさん!?」
「はぁぁーー!間に合ったみたいです!!良かったですーーー!!!」
僕らの入ってきた王の間の扉のところに立っていたのは、泣きそうな顔のミューさん、そして……
「何アタシたちの到着待たずに死にそうになってんのよ」
「全く、危なっかしいんだからコルスくんは!」
パイクさん!ミルボさん!
ミルボさん回復したんだ、良かった……!
……けど、ダーリン呼び復活したハズなのに、またコルス君に戻ってるな……もしかして、もう気持ちが冷めたの?
……さすがに早くない!?
2度目だから!? 2度目のチョロ惚れだから、冷めるのも早いの!?
いやまあ、それはそれで良いけどさ。どっちにしても長続きしないんだし。
「なんにせよ、助かりましたミューさん……! 完全にヒーロー登場のタイミングでしたよ……!」
「いやぁそんな、ミューなんてせいぜいヒロインですよ」
「うん……うん?」
まあ、うん、それはそうだけども。……んん??
って、そんなことは後回しだ。風の盾が守ってくれてる間に、テンジンザさんにポーションを!!
「これ、飲んでください。一番いいヤツ!」
高いヤツ!
息が浅くなっていたテンジンザさんの口の中に無理矢理にでもポーションを流し込む。
ちょっとくらいむせたりするかもしれないからポーション流し込んだら口を無理やり閉じてやろうとか考えていたけど、すいすい入っていく。
さすが体が大きいと喉も広くて通りがいい……のか?
なんにせよ、口移しとかしなくて済むのは本当に助かる。本当にだ。
「う、ううむ……ぷはぁ!!」
「良かった、意識を取り戻しましたかテンジンザさん?」
「儂は……そうか、背中に玉を受けて……はっ、敵はどうなった!?」
一緒に視線を向けると、サジャさんと戦っていた龍を横からミルボさんが粉々に切り裂いた瞬間だった。
細かくなった黒い龍をすかさず大口で全て飲み込むサジャさんの髪。
そして二人はすぐさま僕らの方にやってきて、ミューさんの風の壁を破れないでいる黒い龍を背後から一瞬で切り伏せて食べた。
一方で、パイクさんは単身ダサマゾに挑んでいる!
パイクさんの繰り出す鋭い攻撃を、全てかわすダサマゾ。
アイツめ……普通に体捌きも上手いじゃないか……なのに逃げ回って遠くからチクチクと……嫌な奴!
「ご無事ですかコルスさん」
ミューさんが駆け寄ってくる。
「ええ、ミューさんのおかげです。ありがとうございます。……ところで、3人だけですか? 途中でオーサさんとタニーさんに会いませんでしたか?」
「え?いえ、会いませんでした。お二人とはぐれたんですか?」
……もしかしたら時間で空間が組み変わるとかそう言う仕組みがあるのかもな。遅
れて来たミューさんたちは別のルートでここに辿り着いたのかもしれない。
「いや、まあ、あの二人なら絶対大丈夫ですよ」
あの二人がテンジンザさんのところに駆けつけないハズが無いからね。
「それよりも―――」
「うっ!」
パイクさんのうめき声。
ダサマゾの蹴りによって、パイクさんの体が大きく吹き飛ばされて、こちらに飛んでくる!
「頼みますミューさん!」
「お任せください!」
飛んでくるパイクさんを、竜巻を横向きにしたような風を産み出し、それをクッションにして優しく受け止めるミューさん。
さすがパイクさんへの扱いが丁寧だ。愛ですね。
「ありがとミュミュ。にしても、アイツ……強いわよ」
実際に手合わせをしたパイクさんから、相手の強さを認める言葉が出る。
「ええ、見てて感じましたよ。相当の使い手ですね」
パイクさんもここに挑むまでの間に、個人の戦闘力を上げるためにかなり武術を鍛えていたのだけど……それでも全く及ばなかった。
さすがにそう簡単に勝てる相手じゃない……けど、
「でもこのメンバーなら、相手の攻撃は封じることが出来ます。もう遠距離からチマチマと攻撃しても効かないぞダサマゾ!!」
僕とイジッテちゃん、そしてミューさんの風魔法、盾役が二人になることで相手の攻撃を防ぎつつ、残りのメンバーが攻撃に出ることが可能になる。
さすがに1人に対して6人がかりってのはちと気が引けるけど、勝手に一人で待ってたのは向こうなので、知ったこっちゃない。
ここまで来たら絶対に負けられない!!
数的優位だろうと何だろうと、全部使って勝つ!!
「―――なるほど、確かにこのままでは数的不利は否めないな……ならば―――」
嫌な予感がした。
なんだ、ダサマゾのあの余裕の笑みは。
まだ何か、奥の手があるような……自分の優位を確信しているような……
「ならば―――1人ずつ減らしていくことにしよう」
その瞬間、殺気が突然後ろの方から飛んできたような感覚に、慌てて後ろを振り向く。
なにも無かった、僕の後ろには。
けど―――ミューさんの背後に、僅かに蠢く小さな黒い点のようなものが……。
「ミューさん逃げて!」
声は出した、けれど、手は届かない。
ミューさんの回避も間に合わず、その黒い点が瞬時に細長い針のように変化すると、ミューさんの心臓めがけて動いた。
動いたと、そう思った時にはもう――――
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