幼女を盾に勇者は進む。

第156話

「うにゃにゃにゃにゃにゃ！！！」

　謎の叫び声と同時に、テンジンザさんの前に風の障壁が出現し、ナイフを弾いた。

「ナイスですミューさん！」

　隣には、慌てて手を前に突き出して魔法を使ったことで腹から絨毯に倒れてるミューさんの姿が。

「何とか間に合いました……慌てすぎて変な声が出たのです……」

　慌てたからって「うにゃにゃ」って声が出るだろうかと思わなくもないけど、まあ冷静に「風よ！」とか言われるよりは本当に慌ててたんだな、とは思う。

　なんて考えつつもふらつきながらなんとか駆けつけて、テンジンザさんとエロィの間に立ち塞がり、イジッテちゃんを構えて防御する。

　その隙に、オーサさんとタニーさんがテンジンザさんを抱えて距離を取る。

　さすがです。

　そして、対峙する僕とエロィ。うう、嫌だなぁ。あの時を思い出すと背筋が凍る。

「さっきも思ったけど……幼女を盾にするなんて、良い性癖だね♪」

　ああそうか、前に戦った時はイジッテちゃん居なかったんだっけ。

　まあでも、説明するのも面倒臭い。

「そうだろう？ 何せこの子は、世界最高の盾だからね」

「ははは、よせやい、そんな本当のことを」

　乗っかってくれるイジッテちゃん。ってか、イジッテちゃんが本当に盾だと知らないエロィからしたら、「なんだこの会話……？」って感じだろうな。

　幼女を盾にするという外道行為なのに、されている側が「良い盾」だと褒められて喜んでるって、傍から見たら歪み過ぎてる関係性！！

　まあ、こいつにどう思われようが知ったこっちゃないけど！わざわざ説明してやる義理も無いし！

「ふぅん……まあ、どっちにしても結果は変わらないけどね、ミーがキミを殺すという結末以外は―――っ！」

　ギィィィン！！と磨かれた鉄同志がぶつかり合う甲高い音。

「アンタ、いつの間にアタイを倒したつもりになってんだ……！？」

　エロィの意識がテンジンザさんと僕に向いていた隙に、背後に回っていたミルボさんの剣が首元を狙って振り下ろされたけど、寸前で気付いたエロィのナイフが剣を止める。

「めんどいなぁ……キミはミーのターゲットじゃないんだからほっといてよ♪」

「あくまで狙いはコルスくんだけ、ってこと？ 愛されてるねぇコルスくん」

「迷惑です……」

「だってさ！！相手のことを考えられない好意はほどほどにしときなよ！」

　……ちょっとだけブーメランですミルボさん……！！

　そしてまた、二人の高速バトルが始まる。

　くぅ、相変わらずの速さに、手を出せない。

　……何とかしてミルボさんの手助けをしたいんだけど……―――あっ、そうだ！！

　一種距離が離れて、すぐさままた距離を詰めようとするミルボさんに――――風の魔法！！

　これで、一気に素早さが強化されて、ミルボさんが有利になるはず―――

「うわわわわわわわなんだこれぇぇぇえーーーー！！！」

　……突然自分のスピードが速くなったことに対応出来ないミルボさんが、叫び声を上げながらエロィに超速体当たりを決めました……っていうか、事故的に正面衝突しました。

　エロィの方も突然の出来事に対処できなかったのか、避けきれずに思いっきり吹っ飛んで、勢いの止まらないミルボさん二人絡まる様にごろごろ転がって、壁にぶつかって止まりました。

「お前何やってんだよ……」

　イジッテちゃんに怒られました。そうですよね！本人に伝えずにいきなりやったらだめですよね！！

「だ、大丈夫ですか！？」

　僕は慌てて、倒れている二人に駆け寄り、ミルボさんに声をかける。

「ふ、ふふふ。面白いことしますね♪」

　……ん？ なんか様子が……。

「いててて、ちょっとコルスくん、急に魔法使わないでよー」

　……そう言ったのは…エロィ？

　え？待って？なにこれ、もしかして、入れ替わ……

　二人も違和感に気付いたのか、顔を見合わせて、

「あっ！」

「えっ！？」

　と叫んだその瞬間にーーーー

「あああああああああああああーーーーー！！！！！！」

　それをかき消すくらいの大声で叫んだ僕が、右手でミルボさんの頭をガシッ！！　左手でエロィの頭をグワシッ！！と掴んで、

「ああああああああ！！！！！！！！！」

　二人の頭を全力でぶつける！！！！

「ああああああああーーーー！！！！！！！！」

　混乱の中で叫び続ける僕の前で、二人とも気絶して意識を失った。

　はぁ、はぁ、はぁ……と、とんでもない事になったのでは……？

　僕が慌てて後ろを見ると、こちらを見ていたみんなが、「知ーらない」とばかりにスッ……と目を逸らす。

「イジッテちゃ……」

　スッと目を逸らす。

　えーと、えーと、あの――――……

「と、とりあえず、二人とも気絶してる間に縛っておきます？」

　僕がみんなからそれはもう説教を受けつつ、今後どうしようかと話し合いをしていると――――

「ん、んん……いたたた、頭痛い……あれっ！？ なにこれ、なんでアタイ縛られてるの？」

　と目覚めた声が聞こえた。

　この声は、ミルボさん……ですよね？

「あっ、ちょっと、コルスくん、どうなってんのこれ！？」

　その声を出している身体……も、ミルボさんだ！！

「ああああ、良かった、良かったぁぁ！！ミルボさん、ミルボさんですよね！？」

「え？う、うん。そうだけど……どうしたの？」

「いや、本当に僕、ミルボさんに大変なことをしてしまったと思って……どう責任取ったらいいだろうって生きた心地がしなくて……！！」

　ミルボさんが今後一生、ずっとエロィの体で生きていくようにことになったら……ああ怖い、今考えても怖すぎるし、ミルボさんの体を手に入れたエロィがどう出るかもわからなくて怖すぎる！！

「……そ、そんなにアタイのこと心配してくれたの？」

「そりゃそうですよ！！僕の人生の一大事でしたから！！」

　一生かけて罪を償っていく覚悟もちょっと決めてましたよ！

「そこまでアタイのことを想ってくれてたなんて……ありがとう、ダーリン」

　……ん？ ダーリン？？？

　はっ！？と気づいた時にはもう遅い。ミルボさんの顔が完全に恋する乙女の顔……！！そうだった……！ミルボさん、めちゃめちゃチョロかったんだ…！

「ダーリーン！！」

　と僕に抱き着いて来ようとするが、縄で縛られているので上手く動けず、床に腹ばいになって倒れてしまったミルボさん。

「あっ、ちょっ……ねぇー、ダーリン起こしてー」

　甘えた声を出すミルボさん……

「……うん、あの、もうしばらくそのままでいてくれますか？」

「なんで！？」

　なんでもです！！っていうかややこしくなるからです！

「えーと、どうも、お目覚めですか？」

　目を覚ましてエロィに語り掛ける。

「おやおや、これはどう……も？」

　自分の体が縄で縛られ、かつ両手を背中側に回した状態で手錠をかけられていることに気付いたようだ。

「悪いけど、手錠かけさせてもらいましたよ。あなたの場合はロープだと隠し持ったナイフですぐ切っちゃいそうなので」

「ふふん、ミーのこと良くわかってるね♪」

　それでも後ろでなにやらカチャカチャやってる気配を感じる。

「一応言っときますけど、鍵穴は埋めてあるので、何かしらの鍵開け技術とかも無駄ですよ」

「用意周到だこと。そんなにミーのことが怖いかい？」

「怖いに決まってるじゃないですか。あなためっちゃ強いんですから」

「ふひっ♪ なにそれ、嬉しいこと言ってくれるね♪ ミーはキミに認められてたんだね、嬉しい嬉しいよ」

「そうですね、その笑い方と笑顔はめっちゃ気持ち悪いですけど、あなたが本物なのはよくわかります。その強さは、生半可なことでは身に着けられないこともね」

　戦い方は姑息なようでいて、その一つ一つの技術の確実さと鍛え上げられた身体は、努力なしで到達出来るものではない。

「そんなに褒めて、ミーを懐柔でもするつもりかい？」

「冗談でしょう？あなたを懐柔できるなんて思ってませんよ。ただ―――」

　僕は、剣を抜いてエロィの首元に突きつける。

「懐柔なんてするまでも無く、あなたの命は今僕らが握ってます。それは理解してくださいね？」

　解毒薬で毒の抜けたテンジンザさんも、オーサさんもタニーさんも剣を抜き、四方から首に突きつける。これでもう余計な真似は出来ないだろう。

「おやおや、殺すなら一思いに頼むよ。ミーは拷問するのは好きだけど、されるのは嫌いなんだ♪」

　だろうな、という発言ですね！

「拷問するかどうかは、こちらの質問への答え次第ですかね」

「何を聞きたいのかな？」

「まず、どうしてここに？」

「もちろん、キミに会いたかったからね♪」

「……なんで僕がここに来ると？」

「あの屋敷で戦った時、外に出てから少し様子を窺ってたら、天下の大英雄テンジンザ様が入っていくのが見えたからね、関係者だとしたら、必ず城を取り返しに来ると思って、自分からガイザに売り込んだのさ♪」

　めちゃめちゃ面倒臭い人に目をつけられたな……なんなんですかその執着。

「一応聞いときますけど、ガイザが魔族と手を組んでることは知ってますよね？」

「そうだね、ハッキリとは聞いてないけど、見てたらわかるよね♪」

　なんで魔族に手を貸すような真似を……と言いかけたけど、この人にそんな倫理観を求める方がどうかしてるか。

「じゃあ……この城のボスというか、そういう人……いや、人かどうかわかんないですけど、どこに居ますか？」

「知らない♪ ミーはここを守れって言われただけだからね♪ 仮に居る場所を知っていたとしても、この変な空間のどこをどう行けば辿り着けるのか、面倒で考えたくもないよ」

　言いながら肩をすくめるエロィ。

　……この人の考えてることは読みにくいけど、嘘ではない、と思う。

　どうやら城を攻略するのはそうそう簡単じゃないらしい。やれやれだ。

「で、ミーをどうする？役に立たないとわかったら殺すかい？」

　まあぶっちゃけ、ここで殺しておけば後々また襲ってくるような面倒からは逃れられるんだろうけど――――

「いいえ、殺しません」

「どうしてさ？ キミになら殺されてもいいんだけどな♪」

「あのね、エロィ……さん。僕実は、まだ人殺したことないんですよ」

　僕は剣を収めてしゃがみ、エロィと目線を合わせる。

「あらまっ♪ キルチェリー？」

　キルチェリーってなんだよ。まあ意味は通じるけども。

「ま、そうですね。で、そんな大事な初めては……絶対に、あなたみたいな人には捧げたくないです。いつかその日が来るとしたら、それは本当に自分の人生を賭ける時ですから」

「んんんー、そう言われると、余計殺されたくなっちゃうな♪」

「だから、しないって言ってるじゃないですか。けど、僕以外の人たちがあなたを簡単に逃がすとは―――」

　一瞬、ほんの一瞬目を離した隙に、エロィが目の前から消えていた。

「なっ！？」

　待て待て、僕が剣を収めたとはいえ、テンジンザさんと左右の大剣がまだ剣を突きつけていたんだぞ！？ どうやって！？

　3人の顔を見ると、全員が混乱している。何が起きたのかわからない、と言う顔だ。

「悪いけど、今日はこれで失礼するよ♪」

　声は、扉の前から聞こえて来た。

　いつの間に！？

「あと、これ返すね」

　ひょい、と投げられたのは……確かに手を拘束していたハズの手錠。

　何がどうなってるんだ！？

「待て！逃げるのか！？」

「逃げるよー♪ 僕はキミだけを殺したいのに、さすがにこの人数差じゃ分が悪い。僕は勝ち目のない戦いはしないのさ♪」

　言いながら、大量のナイフを一気に山なりの起動で投げてくる！

　速さはないが量が厄介で、しかもさっきのことを考えると毒があるかもしれない。

　僕らは必至でそれを弾いたり交わしたりしているうちに―――

「じゃ、また会おうね～～♪　次は、ちゃんと殺させてね♪」

　エロィは、堂々と扉から外へ出て、姿を消した。

　――――なんなんだよマジでアイツ！！！

　こうして、城の中での最初の戦いは、訳の分からないまま終わり告げたのだった……。