第155話

「さてさて、勝手知ったる城の中……ですよね?」

 僕は、ジュラル3人組に問いかける。

「確かに見慣れた城の中ではあるのだが……どうにも違和感があるな」

 周囲を見回しながら首をかしげるテンジンザさん。

「そうですか? こんな感じだったと思いますけど……」

 大雑把オーサさん。

「いや、あそこの花瓶の色が違うな。向こうの肖像画もタッチが違う」

 細かいタニーさん。

「いやあの、そういうのは良いんで、さっきのダサマゾが居るならどこですか?っていう話をですね」

「ん?ああ、なるほど。そうだな……ヤツが今この城の王だというのなら、玉座のある王の間であろうな」

「それはどこに?」

「そこだ」

 テンジンザさんが指差したのは、ロビーの大階段を上ってすぐの場所にある豪華絢爛な装飾が施された扉だ。

 城の中は、正面入り口から入るとまずこのロビーというか大広間があり、目の前には大階段、左右に伸びた通路と、奥へ通じる扉がある。

 ちなみに、僕が前にテンジンザさんに会いに来た時に入った通用口は、左の通路の方だ。

「なるほど……じゃあまあ、ひとまず正面突破しますか?」

 僕の言葉にみんな頷く。

 考えていたって仕方ない。とりあえず進もう。

「ではイジッテちゃん、再びお願いします」

「任せろ、何せ私は最強の盾だからな」

 頼もしいイジッテちゃんを構えつつ、ゆっくり階段を上る。

 喜劇だったらこの階段が急にガタン!って滑る坂に変わってみんな下に転げ落ちたりするのだろう、なんて想像してちょっと笑いそうになりながらも進む。

 これは別にふざけているわけじゃなくて、そういう罠の可能性も考えておくのが大事って話だよ? 本当だよ?

 しかし残念ながら(?)無事に階段を上り切り、扉の前へ。

「開けますよ」

 ……振り向いて確認すると、皆何か飛び出してきてもいいように備える。

 さあて……何が出るか……なっ!!

「……あれ?」

 扉の向こうは……長い廊下だった。

「……ここ、王の間じゃないんですか?」

「いや、間違いなくここは王の間のハズだ。こんな廊下は無かった」

 ……どういうことだ?

「そうか……そういうことか……!!」

 僕は一つの答えに辿り着き、声を上げる。

「なんだ!?何か気付いたのか!?」

 オーサさんが問いかけて来たので、僕はありのまま、今のひらめきを伝える。


「やつら、やりやがったんですよ……改装工事を!!」


 あれ、なんか反応が悪い。

「いや、まあその……可能性が無いとは言わないけどさ、本当にそれか?」

 タニーさんの冷静なツッコミ。

「じゃあなんだって言うんですか!」

「キレんなよ!知らないよ!」

「知らないなら改装工事かもしれないじゃないですか!!」

「そうだけど!!そうだけどもさ!!なんか違うじゃん!」

「解ってますよそんなことは!」

「解ってんならキレるなよ!」

「キレてないですけど?」

 突然の真顔と抑え目のトーン。

「……頭おかしくなりそうだ……」

 頭を抱えるタニーさんの方をパイクさんが優しく叩く。

「アンタはまだあんまり免疫ないもんな……覚えてきなさい、こいつと一緒に居ると、こんなことは日常的にあるわ……!!」

「……みんな凄いな……よく耐えてますね……尊敬すら感じます」

 どういう意味だろうか。僕と一緒にいるだけで尊敬とは?

「はいはい、実の無い会話はそれくらいにするえ」

 サジャさんが前に出てきて、廊下をじろじろと見つめる。

「ふん……つまらん魔術え」

「魔術……ですか?」

「ああ、魔族に伝わる特殊な術の一つで、空間を捻じ曲げる術があるえ。これを使えば、真っすぐな道さえも迷宮に出来るえ」

「そんな魔術が……けど、見てわかるってことは、サジャさんもそれ使えるんですか?」

「いや? わっちはそう言うめんどいのは嫌いえ。そもそも気に入らないことがあればこっちから殴りに行けばいいのに、わざわざこんな魔術使う必要ないえ?」

 うーんパワータイプ思考。

 まあでも、その方がサジャさんらしい。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「ん?進めば良いえ。そうすればそのうち着くえ」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんえ。空間の入り口と出口を繋いで出られないようにループさせるなんてのは、恐ろしく魔力と技術が必要え。これはそれほどのものではないえ」

 なるほど、つまりあくまでもこちらを消耗させるための迷路、って感じか。

「じゃあ、まあ平気でしょ。僕たちなら」

 なんか、自然にそんな言葉が出た。

 ふと気づいてちょっと恥ずい。

 けど―――みんな笑顔で、

「もちろんだ」

「そうね」

「です!」

「当然っ!」

 そんな言葉が次々と出てくる。

 ああ、なんか……仲間って感じだ……!!

「よっしゃ!負ける気しない!」

 こうして僕たちは、歪んだ空間へと足を踏み入れた――――。



「酔った……気持ち悪い……」

「おい、負ける気しないはどこ行った」

 なんて言うか、空間が歪んでいる影響なのか、歩いてると不意に揺れたような感覚に襲われて、それを何度も繰り返してたら乗り物酔いみたいな症状になった……。

「一回吐いて良い?」

「私にかけなければいいぞ」

 イジッテちゃんの許可が出たので、廊下の端で吐こうとしたら、

「待て待て待て!!この絨毯は先々代から伝わる由緒ある品だ!そんなところで吐くでない!」

 テンジンザさんに止められた。

「いや、歪んだ空間だからいいでしょ……?」

「その歪みが直った時に吐いたところが消えてなくなる保証があるのか?」

 僕らは二人そろってサジャさんを見る。

「知らんえ。ただまあ、空間が歪んでいるとはいえ、歪んでいないところは元々存在していた物である可能性が高いえ」

「ほらみろ!いかんいかん!」

 ……下手すりゃこの城そのものを奪われたままになるかもしれないというのに、たかが絨毯にそんなこだわらんでも……。

「じゃあ、ここで敵が襲い掛かってきたらどうするんです? 絨毯や壁を傷つけたくないから戦わないとでもいうつもりですか?」

「戦いの傷は勲章! 吐瀉物はただの汚れ!」

 そう言われたらそうだけども。

 まあ確かに、自分の家だと考えると、戦って傷がつくのは良くても、絨毯にうんこされたら死ぬほど嫌だもんな。いや僕の嘔吐はうんこか?

 一人で何言ってんだ僕は。

「じゃあその花瓶なら良いですか?」

 廊下の途中に置いてある花瓶を指さす。

「いや、あれは隣国の貴族からの贈り物で……」

「じゃあテンジンザさんが両手で受け止めてください」

「ぜったい嫌じゃ」

「どうしろと……? もうダメです、吐きます」

「ま、待て待て!どこか、トイレに通じる扉は無いのか!?」

 慌てて走り回りながら、次々と扉を開けて回るテンジンザさん。

 すると―――一つの扉を明けた瞬間、突然景色が変わった。

 さっきまで廊下だったはずが、どこかの部屋の中だ。

 応接間、だろうか。

 無駄に広い空間に、ポツンとおかれた机を挟んで2組のソファーが置いてあるだけの部屋。

 そのソファーに……誰か座っている。

「おやおや、ようやくご到着ですか? 待ちくたびれてしまいましたよ♪」

 この声は、どこかで聞き覚えが――――


「―――……エロィ…!」


 それは、コマミさんを助けに行った時に戦った、謎の全身真っ白男エロィことエンロッティだった。

「お久しぶりですねぇ。ミーはあなたともう一度戦えるのを待ちわびて…」

「えろえろえろえろええろえろえ」

「うわぁぁぁ!!吐きおった!!何をしておるか少年!!」

 すいませんテンジンザさん、今の移動で完全に無理でした。

「この応接間の絨毯も50年の歴史がある大切な品だぞ……!」

「すいませんえろえろえろ、耐えられろれろれろれませんでしたろれろれろれ」

「吐きながら喋るでない!!」

「あの、ちょっと?ミーの話を……」

「ええい仕方ない、この花瓶に……いやこれは先王の奥様が陶芸で作られた花瓶……!!こっちの水差しなら……!」

「あっ、もう全部出ました」

「全部出てたぁぁぁ!!!」

「あの、これどうぞです」

 ミューさんが水をくれた。優しいー。背中もさすってくれてるー。

「パートナーにこういう優しさは無いんですかイジッテちゃん」

「ない」

「二文字ぃ。簡潔ぅ」

「―――――人の話は聴こう……ねっ!」

 こっちがワイワイやってたら、痺れを切らしたエロィが一気に距離を詰めて来た!

 まずい、イジッテちゃんを――――

「遅いよ♪」

 あっ、やばい……嘘だろ、こんな形で死―――

「ちぇいやっ!!」

 しかし、エロィの手に持ったナイフは……

「大丈夫? コルスくん」

「ミルボさん……!」

 ミルボさんの剣によって、僕に届く直前で弾かれた!

 もう僕を好きな気持ちはだいぶ冷めたので、いつからかダーリンではなくコルスくん、と呼ぶようになっていた。

 まあでも、この距離感はそれはそれで嫌いではないというか心地よい。

「なんだいキミは? ミーと彼の因縁を邪魔しないで欲しいのだけど?」

「そう言われてもね、こんな状態の相手倒したってアンタも嬉しくないでしょ?」

「いいや?殺せれば何でも嬉しい♪」

「あっそ……アンタとは価値観が合わないね!!」

 二人の、話ながらでもあまりにも速い剣戟。

 エロィともミルボさんとも戦ったことがある身としたら、どっちも速いと思ってたけど……二人とも前よりさらに速くなってないか!?

 あまりの速さに、誰も手が出せない。

 下手に手を出せばミルボさんの邪魔になる可能性があるからだ。

 しばらく近距離での斬り合いが続いていたが、埒があかないと思ったのかエロイが距離を取り、ナイフを投げ始めた。

「くっ!」

 それを剣で弾くミルボさん。

 しかし、次から次へと飛んでくるナイフを裁くのはだいぶ厳しそうだ。

 ああ、こういう時に盾があれば。セッタ君が居れば。

 ……こうなったら、少しの間だけイジッテちゃんを……と、少し僕が手を伸ばしたその刹那、

「危ないっ!」

 僕の頭めがけて正確に飛んできたナイフを、イジッテちゃんが腕を伸ばして弾いた。

「気をつけろ、あいつの狙いはどこまでもお前みたいだぞ」

 くそっ、正直今の体調ではイジッテちゃん無しで僕自身を守り切れる気がしない……まあ、僕が生き残ったとて、と言う話ではあるので、それならミルボさんに……と一瞬頭をよぎったが、それは絶対にイジッテちゃんが怒るし悲しむので言わないでおこう。

 迷っていると、ミルボさんは素早く横移動しながらナイフを避けて、部屋の真ん中にあるソファーの陰に隠れた。

 当然ミルボさんを追うエロィのナイフが、ソファを表面を切り裂く。

「ああああああ、ソファ!!! アレは前王のお母さまの思い出の品!! 貴様ぁ!!」

 テンジンザさんが怒りのあまりに一気にエロィの元へ突撃する。

 そのテンジンザさんに向かって、ナイフが投げられる。

「なんじゃこんなナイフ!一本や二本刺さろうが、儂の動きを止められると思うな!!」

 確かにテンジンザさんの頑丈な巨体なら、急所に刺さらない限りナイフの傷なんて大したことは無いだろう……けど―――

「ダメですテンジンザさん!!そのナイフを受けちゃいけない!!」

 嫌な予感がするんだよなぁ!

「ぬっ!?」

 声が届いたのか、大剣でナイフを防ぐテンジンザさん。

 しかし、一本のナイフが足をかすめた。

 テンジンザさんはその巨体故に全身を覆う鎧が作れず、体と肘先、膝から下だけの簡易的な鎧を付けていたのだけれど、見事に鎧の無い部分を狙って当てて来た。

 敵ながらさすがの腕前だな……!

「ふん、だがこの程度のかすり傷がなんだと―――ぬうっ!?」

 突然膝をつくテンジンザさん。

「なん…だ、これは。突然体が痺れて……」

 やはり、毒か……!!

 いかにもやりそうだと思った!!

「ふふふ……まさか、英雄の首が獲れるなんて……幸運ですね♪」


 動けないテンジンザさんに、第二のナイフ軍が襲い掛かる―――


 まずい、止め……間に合わない……!!


「テンジンザさぁぁーーーーん!!!」

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