幼女を盾に勇者は進む。

第153話

　パキンッ……！

　妙に甲高い音が辺りに響いたか次の瞬間――――セッタくんの上部右の辺りが欠けて、破片が飛び散った。

　慌てて手を離そうとするオーサさん。

　しかしそこに

「離すでない！！」

　とセッタ君の激が飛ぶ。

「し、しかしセッタ殿！ このままでは……」

「大丈夫じゃ！ワシは自分の感覚でわかる、まだ少し欠けただけで大きな損傷ではないわい。それよりも、あと少し、あと少し押せばこの網は崩れる……！ ワシを信じて押せ！おぬしは、パイクの相棒になりたいのだろう？ ならば信じるのだ。我ら武具を！」

　セッタ君の言葉に覚悟を決めたのか、再び強く押し始めるオーサさん！！

　あの勢いでは、もしセッタ君が砕けたらそのままオーサさんが網に突っ込んでしまうことになるだろう。

　けれど、オーサさんは信じたのだ。

　セッタ君を、武具を、仲間を。

「「うおおおおぉおおおおぉぉおおお！！！！！」」

　セッタ君とオーサさんの雄たけびがシンクロした次の瞬間――――網が、動いた！！

　一度動き出したら、一気にオーサさんの全速力で敵陣に網ごと突っ込む！！

　慌てふためく敵軍の真ん前まで来ると、倒れ込むようにして網を敵の前線へと上からぶつける！！

　一瞬で切り裂かれ、大量の鮮血が噴き出す敵陣！！

　前線に居るのは多くがモンスターとは言え、中々にエグイ！！

　そしてしばらくすると網は消えて見えなくなった。

　おそらく強力な魔力を具現化させて作られた網だったのだろうが、どこか支点のようなものがあり、そこから魔力が注入され続けていたのだろう。

　だが、セッタ君とオーサさんの強い押しによってその支柱が折れて、少しの間だけ切れ味を保っていた網が敵を切り裂いたのち、魔力を失って消えた……と考えるべきだろう。

　だとすれば……

「テンジンザさん！！今です！！」

「わかっておるわ！！前線部隊！！突撃ぃぃぃーーー！！！」

　号令一発、テンジンザさんの声に弾かれるように、前線の兵士が敵軍に進軍していく！！

「後方部隊は援護！！敵陣奥に魔法もたたき込め！」

　弓矢部隊と攻撃魔法部隊も後方支援で援護射撃を試みる。

　いよいよ戦争って感じになってきたな……。

　僕はと言えば、どこかの部隊に入っているわけではなく、自由を与えられている。

　まあ、大勢を率いるのなんて向いてないし、誰かの下に付いたとて従順に動く性格でもない。

　テンジンザさんも王子もそれが解ってるから僕をどこにも組み込まなかったのだろう。

「テンジンザさん、僕も行きましょうか？」

　一応聞いてみる。

「いや、少年とイージスは切り札の一つだ。もしも強い魔族が控えていた場合、イージスが無いとその攻撃を受け詰められない可能性がある。こんな序盤で万が一にも失う訳にはいかん」

　うーん、期待が重い。けどまあ、大人数の戦闘なんて慣れてないから、ここで行けと言われても困るわけで、出番が来るまでは待機しよう。

　前方で剣戟と魔法による爆発音、そして兵士たちの怒号が飛び交う中、一人、その流れに逆行してくる人が見えた。

　―――オーサさんだ。何か焦っているような……。

「た、大変だ！これを……！」

　何かを抱きかかえていたオーサさんがそれをこちらに見せると……それは、3つほどの塊に砕けたセッタ君だった……。

「セ、セッタ君！！」

　慌てて馬車を飛び出そうとする僕を、今までただ流れを見守っていたパイクさんが制して、ゆっくりとした足取りでオーサさんに近づいていく。

「パ、パイク殿！ すみません……俺は、セッタ殿を守り切れず……」

「何言ってんのよ、守るのはこいつの仕事。あんたは自分の仕事を全うしたのよ、胸を張りなさい」

　言いながら、手を伸ばすパイクさんに、セッタ君の欠片たちを手渡すオーサさん。

　それを優しく抱きしめると……

「まったく、あんたはしょうがないね。よほどバラバラになるのが好きなのかい？」

「ほっほっほ、ただ盾としての役割を果たしただけよ……」

　セッタ君の声がする！

　バラバラになっても本当に生きているのか……。

「ねぇ、馬を一匹貸してくれない？ こいつをカモリナさんとこに持ってって直してやりたいの」

　パイクさんがテンジンザさんに問いかける。

「うむ、そうか。気持ちはわかるが余った馬など……」

「俺の馬を使ってくれ！」

　オーサさんが名乗りを上げる。

「……いいのかい？」

「ああ、構わん。城はすぐそこだ。この程度の距離なら走り抜けてみせる。それよりも、功労者であるセッタ殿を頼みます」

　その真っすぐすぎるオーサさんの瞳。

　この人は本当に良くも悪くもただただ真っすぐな人だなぁ。良くも悪くもな！（まだ根に持ってる）

「わかったわ。ありがとう。すぐに戻ってくるから、その時は―――いや、やめとくわ。戻ってきてからね」

「な、なんですか！？」

「うるさいわね、戻って来てからと言ったら戻って来てからよ。……だから、死なないでおきなさい」

「――――はい！！」

　そんな会話を残して、パイクさんとセッタ君が一時離脱しようとしていると、

「お姉さま……！」

　ミューさんが不安そうな顔で、パイクさんに声をかける。

「大丈夫よ、すぐに戻ってくるから。アンタは自分の仕事をしなさい。頼んだわよ」

「―――……はい！」

　不安が完全に拭えているとは思えなかったが、それでも強い気持ちでミューさんは前を向き、自分の仕事に向き合い始める。

　うーん、絆が強いな二人は。

　一方オーサさんは……

「うおおおおおおお！！！俺はやるぞぉぉぉ！！そして当然生き残ーーる！！！」

　凄いテンション上がってる！！

　パイクさんとなんかいい感じの空気だったのはちょっとイラっとしなくもないけど、まあ命がけのこの状況で生きる理由になるのなら良しとしよう。

　そうこうしている間に、少しずつ道が開けてきている。　

　前線は、いわゆる矢印のように先端を三角の陣形にして （↑） 突入している。

　理由は当然、とにかく街の中に入るためだ。

　僕らがやるべきは敵を全滅させることではない。城を取り戻すことだ。

　城さえ取り戻せれば、こちらが防衛側になるので有利に戦える。

　ただ、それは逆に言えば、それまではこちらが不利と言うことだ。

　とは言え、そんなことは最初から分かっている。

　それでも勝つために、僕らはここまで時間を掛けて仲間を集めたんだ……！！

　敵をかき分け、横から押されるのを押し返し、少しずつ、少しずつ前線部隊が道を作っていく。

　多くの仲間が傷つき倒れ、それでも進むことをやめない。

　取り戻す為に、国を、平和を、みんなの日々を。

　……良い国だなジュラルは。

　一歩引いて見ている自分が少し疎外感を感じるほどに、みんなが一体になっている。誰もが願っているのだ。自分たちの国を取り戻したいと。

　―――思っちゃうよなぁ、この人たちを勝たせたいって。

　勇者として、そして短い時間ではあるけど、共に過ごした仲間として…！

　周囲に血の匂いが充満してきているような感覚に心が痛みを訴えかけてきたころ……一つの声が届いた。

「開通ーーー！！！！テンジンザ様ーーーー！！！！」

　それは、先頭からの合図！！

　道が、開けた……！！

　そして、テンジンザさんが、吠えた。

　声を拡張する魔法など一切使っていないのに、国中に響き渡るかのような声が轟く。

「震えろガイザとその兵たちよ！！英雄が行くぞ！！！このテンジンザが、全てを踏み潰しに参る！！！！覚悟せよ！！！！！！」

　その瞬間、敵も味方も全ての視線がテンジンザさんに向けられた。

　僕なら、そのあまりにも多くの敵意と恐怖と期待と憧れに満ちた視線に耐えられないと思う。けれど、テンジンザさんはその全てを受け止めて、跳ね返す。

　これが、英雄……！！

「後に続けぇぇぇ！！！」

　テンジンザさん自ら先陣を切り進む。

　前線の兵士たちがこじあけ、そして押しとどめている道を馬で駆け抜ける。

　その道には、敵の死体も味方の死体も転がっていた。

　それを避けることは出来ない。踏み潰しながらも進む。

　進む以外に、彼らの死に意味を生み出すことは出来ないから。

　この奪還が成功してこそ報われる命！

　僕らの馬車も一気に敵陣の中を駆け抜ける。

　敵は自分たちの兵ごとでも止めようと構わず魔大砲を降らせてくるが、ミューさんたちの風の防壁は崩せない！

　魔力が尽きそうになれば魔力飴で補充。

　カモリナさんたちには本当にいろいろな意味でお世話になった！！城取り返したら最高の新しい工房作りますからね！！

　とか言ってる間にテンジンザさんが街の入り口まで辿り着いた！

　けれど、入り口の門は当然閉じられている。

　王都の門は、嫌がらせかと言うくらいに大きい。テンジンザさんでも10人分くらいの高さの鉄の格子門だ。

　防衛には強いだろうが、攻めるとなるとこれをどう破るのか―――

「うおおおおおおおおおおおおおりぁぁぁあぁぁぁぁあああああ！！！！！」

　体に負けないほどの大剣を振り回すテンジンザさん！！

　物理！？！？

　響き渡る轟音！！

　……門が、壊れた……！？

　壊れた、というか一部に穴が開いたようになっている。

　……そうか、全面鉄ではなく、格子状だから一本一本なら折れるのか……いや折れないよ！！普通折れないよ！！！

　ほんとどうかしてるなあの人は！！！

　とは言え、さすがに一気に大きな穴をあけることは出来ず、少しずつ削っていくしかない。中途半端に空いた穴から少人数で入り込んでも、各個撃破されておしまいだ。

　だから――――本命は他にある。

　テンジンザさんが派手に暴れているうちに、まずはオーサさんとタニーさんの特攻隊長二人を門柱の上まで風魔法で飛ばす！！

　そして、上に居る数人の見張りを倒すと、そこに縄梯子をかける！！

　門柱の上にちょっとした小隊が出来上がると同時に……アレを投げる！！

　起こる爆発！！

　そう、僕が丸男の家を破壊したあの爆弾だ。

　アレを、門の向こうで待ち構えている部隊に向かってそれはもう投げる投げる投げる！！

　あの爆弾は破壊力は高いけど火は出ない特殊な爆弾なので、多少街の中に被害が出ても直せるレベルだ。さすがに街を火の海にするわけにはいかないからね。

　そうして困惑する敵の隙をついて、門を制御するレバーのある部屋に兵士が入り込んで門を開ける！！

　……という計画だけど……果たしてうまくいくだろうか……。

　ここからでは門の向こうの様子がわからない。

　爆発音はしているから計画が進んでいるのはわかるのだけど……開け、門が開けば成功なんだ……開け、開いてくれ……！！

　頼む、門よ……開け……！！！