第120話

「あの……お気遣いは嬉しいですけど、ミューはその……」

 とっさに手を隠してしまうミューさん。

 気持ちはわからないでもない。

 おそらく、いろんな傷や状態を見ているというジジさんでも、ミューさんのようなケースは見たことが無いだろう。

 ―――きっと、ミューさんは怖いのだ。

 ここでまた、無理だと断られるのが。

 さっきのタニーさんとのやり取りを見ていれば、ジジさんが凄腕の職人な事は疑う余地もない事実だ。

 そんなジジさんですら無理となったら、もう本当に一生無理かもしれないと、そんな気持ちになる可能性を考えてしまうのだろう。

 けれど―――だからこそ、ここで変えるんだ。

 運命を、心を、全てを。

「ミューさん、大丈夫です。黙って進めてたのは申し訳ないですけど、もうジジさんにはミューさんの事は伝えてあります。そのうえで、ミューさんの為の、ミューさんだからこそ使える義手を作ってもらってあるんです」

 僕の言葉にミューさんは驚いた顔を見せる。

「ほ、本当です? そんなことが、可能なんです?」

 僕にそう問いかけてきたので、僕はその疑問をそのまま、ジジさんに視線でパスをする。

「おう、話は聞いてる。だから、安心して見せてくれい。カモリナ、椅子もういっちょ!」

「りょうかーい!」

 再び部屋の隅から椅子を運んでくる。さっきの木の箱とは違い、ちゃんとした一人掛けのソファにローラーがついてる。

「ちょっと、オレのとだいぶ違わない!?」

 木の箱に座らされたタニーさんのクレームが炸裂。

「これは女の子専用じゃ」

「なるほど、じゃあ仕方ない!」

 納得したようだ。まあタニーさんも女の子大好きだからな。

「どぞどぞどーぞ」

 カモリナさんに促され、戸惑いつつもソファに座るミューさん。

「では、見せてもらえるかね?」

「―――……はい」

 来ているマントに隠されていた腕を、ゆっくり差し出すミューさん。

「……なるほど、聴いていた通りじゃわい。とんでもないことする奴がおるもんじゃのう」

「ちなみに、それをやったやつは思いっきりぶっ飛ばしておきました」

「やるな若いの!」

 グッ!と親指を立てるジジさん。褒められた。

「―――あの、やっぱり、無理……です?」

 目を伏せたままのミューさんが不安を口にする。

「無理?なんでじゃ? 言ったではないか、話は聞いてる、と。この天才職人に出来ないことなどないのじゃ!」

 言うやいなや、再び高速椅子移動で先ほどと同じような布に包まれたものを持ってくるジジさん。

「じゃじゃじゃじゃ……じゃーじゃじゃーじゃーじゃーーー!!♪」

 謎のリズムでゆっくり布をめくっていく。

 何のリズムですかそれは。

「じゃっじゃじゃーーーーん!!!」

 そして現れたのは、手だ。タニーさんの足と同じような材質の、金属製の手と、柔らかい物質で出来てそうな指。

 いやまあ、そうでしょうけど。

 引っ張った割には、そうでしょうけど だよ。

 ただ、こっちはちゃんと5本指だ。まあ、足の指は靴を履いてしまえば目立たないが、手の指は普段から露出しているし、何より細かい動きが必要だからな。

「手をこっちに」

「……はい」

 ミューさんの杖の手が、金属の義手の中に飲み込まれるように入っていく。

 そして、杖と腕の接続部分までも飲み込むと、その上でベルトを止めて固定する。

 見た目的には、腕の部分だけ鎧を付けたようなミューさんの腕。

「よし、では魔力を注入してみてくれ」

「はい……!」

 先ほどの足の指と同じように、魔力が流れ込むと柔らかそうだった指の部分が膨らみ、少し硬さを持ったように見える。

 それは確かに、手だった。

「動かせるかな?」

 ミューさんは一つ大きく息を吐くと、指が……伸びていた指が曲がった。

「――――っ!?」

 自分でやったことに驚くミューさん。

 何度も何度も、指を曲げたり伸ばしたり……本当に、ミューさんが手を取り戻したような、そんな感覚。

 すげぇ、すげぇよジジさんとカモリナさん。

「手―――――私の、手です……!」

 ミューさんの声は、心なしか震えているようだった。

 いや、声だけじゃない、少しずつ肩が震え始める。

 ああ……良かった。

 失ったものは決して完璧に元には戻らない。

 でも、形は違っても、もう一度取り戻すことは出来る。もう一度、新しいものを手に入れることは出来る。

 ミューさんにそれを届けられたことが、何よりも嬉しい。

「―――ひとつ、お嬢さんに聞きたいことがある」

「えっ…は、はい。なんでしょうか?」

「お嬢さんはこの腕を、どう使いたい?」

「どういう……意味なのです?」

「この腕には一応仕掛けがあってな、ここをこうすると……」

 ジジさんが義手の手首の辺りをいじると、手首から先がガシャン!と上に外れて、中の杖の先の玉がむき出しになった。

「このように、杖の先端を出すことで、今まで通りにその杖を通して魔法を使うことが出来る。だが逆に、この仕掛けを無くすことで手首の可動域が上がり、日常生活ではより便利に使うことも出来る。お嬢さんが望むなら、この杖は切ってしまっても良いが、どうするかね?」

「そ、そんなことが出来るんです!?」

 それは僕も初耳だ。いやまあ、ジジさんとは初対面だから当然だけど。

 こっちはルジーに依頼して、こちらの状況を伝えて作ってもらってただけだからな。

「うむ、見たところこの杖には、痛覚や神経が通っているわけではない。あくまでも魔力の通り道として存在している。魔力回路を傷つけないようにすれば、加工することも出来るじゃろう。なにより、これを切れば肘を曲げる仕組みが簡単に作れる。杖を忌まわしいものとしてもう二度と見たくないというのなら、切ってしまうことも可能じゃ。だが―――」

「だ、だがなんです?」

「そうすると、魔法の威力は下がるじゃろう。これをやったヤツはクソ外道だが、技術はある。お嬢さんがこれからも冒険者として旅に出るなら、この杖が役に立つこともあろう。だが、そうでないのなら―――」

「残してくださいです」

 ミューさんは、ジジさんの言葉を遮るように、ハッキリとそう言い切った。

 その瞳は、まっすぐ前を見ていた。

「良いのかい?」

「はい。私は、この国を救う勇者パーティの貴重な魔法使いですから」

「あの、ミューさん? 僕に気を使わなくても良いんですよ。今後の人生を左右するかもしれないんですから、もっと慎重に考えても……」

「コルスさん、考えるまでもないですよ。あの街で初めて会った時、ミューは毎日が本当に……本当に辛くて、生きているのが嫌になったことが、何回もありました」

 ……そうだ、初めて会った時、ミューさんは変な奴らに絡まれてたっけ……そういやあいつらをボコボコにするチャンス無かったな……あの頃ならともかく、今なら絶対楽勝なのにな……テンジンザさんとオーサさんとタニーさんも居るし。

 「お前も戦えよ」と言うイジッテちゃんのツッコミが聞こえたような気がしたけど、さすがに今のは口に出してないから幻聴だった。

「それが今、コルスさんに出会って、お姉さまに出会って、みんなに出会って、ミューを仲間として受け入れてくれる人たちと一緒に居られることが、ミューにとってどれだけ幸せなことか、わかってるんです?」

「………いや、正直、そこまで幸せに出来てるとは思ってないというか、むしろいろいろ迷惑おかけしていますみたいな気持ちでいます」

 なんなら、本当に誘ってしまって良かったのかな、くらいの気持ちも無くは無いです。それこそ、テンジンザさんがコマミさんにしたように、新しい仕事を紹介できる甲斐性があればなぁ、とか。


「前も言いましたよね? 自信をもってください、って。ミューは、今のこの生き方をくれたコルスさんに、絶対恩を返したいし、返さずに一人で幸せになんて、なりたくも無いのです!」


 あまりにも嘘が無さ過ぎる笑顔に、その言葉に嘘はないと信じるしかなかった。

「そう、ですか。そうですかー。……ちょ、ちょっと待っててくださいね」

 僕はどうしていいかわからず、いったん工房から出て、ドアを閉めて、少し階段を上って、叫んだ。


「う……うーーーれしーーーー!!!!良かったーーーーー!!!!」


 よし、すっきりした戻ろう。

「お待たせしましたー」

 ドアを開けて工房に戻ると、みんながそれはもうニヤニヤしてる。

 全員だ、全員ニヤニヤしてる。

「……さてはこのドア防音じゃないな!?」

 気づいて叫ぶと、みんながドッと笑った。ち、ちくしょう!恥ずかしい!

 よし、何事も無かったかのように装おう。

 たぶん顔は真っ赤だろうけど、装おう。

「あっはっは! よっしゃ! お嬢さんの気持ちはよーくわかった! なら、この杖は活かそう。ただ、そうなると肘を曲げられなくなるから、そこを何とか工夫するかね。杖の機能は落とさないように、何かしらの接続部品を挟んで上手く曲げられないか頑張ってみるよ」

「ありがとうございます!よろしくおねがいします!」

「おう!久々に熱い仕事が出来そうだぜ!なぁカモリナ!」

「あいあい!!あいあいさー!」

 

 こうして、今日のサプライズはひとまず終わりを告げた。

 ……しかし…喜ばせようと思ってたのに、なんだかんだ僕が一番うれしくなってしまったのでは……?


 まあ、たまには良いか、こんな日も!

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