第115話
「あー、ようやく帰れる!さて、コマミさんご同行願いますか?」
「……どこへ?」
形式的な事情聴取も終わり、教会の外へ出て、ようやく帰れるという時になって初めて気づいた。
……そういえばちゃんと説明してなかったな…?
「えーーっと、ですね……」
なんて説明しようか。後で考えようと思ってたけど結局そんな暇なかったしな……。
「それはもちろん、王子の…」
「ああああああーあーーあーあーあーあーあ!!」
テンジンザさんがいきなり核心を突こうとしたので遮る。
(困りますよテンジンザさん…! せっかく助け出したのに、また変なことに巻き込まれると解ったら拒絶されるかもしれないじゃないですか…!)
小声でたしなめるが、テンジンザさんはよくわからないという顔をしている。
「しかしだな、嘘をついても結局向こうに着いたらバレるのだろう? ならば騙して連れていくことになんの意味があろうか」
「いや、それはまあそうなんですけど、でもとにかく一応は付いてきてもらわないといけないので、その為の心の準備を整えようとですね…」
「あっ、あの……!!」
こそこそ話の途中で、コマミさんが声をかけてくる。
「テ、テンジンザ様っ! わだす……んんっ! ワタシの事、覚えておられま、すか?」
ひどくモジモジしている。
まるで恋する乙女のようだ……っていうか、そういえば言ってたな、テンジンザさんの大ファンだとかなんとか。
「うむ、もちろん覚えておるぞ。城では済まなかったな。追放する以外に
「ああっ、光栄ですだテンジンザ様! 覚えで貰えでるだけでも最高にしあわせだべっ! ……幸せ、です!」
訛りが漏れてますよコマミさん。っていうか訛ったままで良いのに……いや、まあ乙女心、なのかなぁ。なら仕方ない。
「いやぁ、まさか貴女がラタン殿の娘さんだったとは知らなんだ。知っておればもう少しやりようもあったろうになぁ」
「あほかぁ!!」
鞘の付いた剣で思い切り頭を殴ってやりました。
反対側からはイジッテちゃんも飛び蹴りしてました。
「なにをするんだ」
全くダメージが無さそうでムカつくな!
「デリカシーっていうものが欠片も無いんですかアンタは!! 本人から聞いたわけじゃない情報をべらべらと!!」
「なんじゃ、何を怒っておるのだ。ラタン殿から聞いたのだから真実であろう?」
「いや、そうですけど、まだ彼女には依頼人が誰なのかも伝えてないんですよ……そこでそんな本人が隠したいかもしれない情報をべらべらと…」
「そ、そうか。それはすまん。もうすでに伝えているものかと……」
「ああ、なるほど……そういうことだったんだか……」
僕らがわたわたと慌てて会話をしているのを見て、どうやらコマミさんも全てを悟ったようだ。
「おっとうが全部話したんだやなぁ……。あんなに、わだすのこと秘密にしでたのに……ばがだなぁ」
そう言いながらも、なんだか少し嬉しそうなコマミさん。
まあ確かに、自分の立場が危うくなる危険を冒しても子供を助けたい、という気持ちは確かに存在した。それは愛と言ってもいいだろう。
……最初は秘密にしたままごまかそうとしてたことは、内緒にしておこう。それはさすがに本当に。
「コマミ…!」
噂をすれば、今回の件に関する事務仕事を終えたラタンさんの登場だ。
そういえばさっきの屋敷でも顔を合わせてたはずだけど、まあ他の兵士たちもたくさん居たしきっとまともに会話もしなかったのだろう。
「おっとう……」
「―――本当に、無事で、良かった…!」
その表情からは本当に心配していたのだろうことが見て取れる。
それを受けてコマミさんも表情を崩す。
「おっとうが、助けてくれたんだね。あんがとうね」
「いや、そんなことは……テンジンザ様たちが来てくれなければ、きっと私には何もできなかった……これは、お前の持っていた運の強さだよ」
そして、しばし見つめあう二人。
えっ、これどうなるんだろ。凄く野次馬根性で気になってしまう。
どっちが次の言葉を言う? なんて言うのー?
「コマミ……」
ラタンさんが口を開いた! 何か決意を感じる顔だ!
これは、一緒に暮らそうくらいの事を言う可能性もあるぞ!?
「コマミ、私は―――」
「あっ!じぃじー!!」
そこへ突然子供の声!!
振り向くと、妙齢の女性と、若い女性と、小さな女の子……えっ、まさか、こんなベストな、もしくは最悪なタイミングで?
「あなた、なんだか大変だったみたいだけど大丈夫?」
「父さん、いったい何があったの?」
「じぃじ、へいき?へいき?」
ああーーーこれはもう、ラタンさんの奥さんと娘さんとお孫さんだー。
「お、お前たち、どうしてここへ?」
「たまたま私たち休みが重なったから、一緒に買い物でも……と思ったらなんだか兵士の人たちが騒がしいから、何かあったのかと思って様子を見に来たのよ」
おそらく奥さんだと思われる女性が説明していると、お孫さんがラタンさんに駆け寄っていて、脚に抱き着く。かっ、可愛いな!
「じぃじ~あそぼう~?」
「ごめんな、まだお仕事なんだ」
ああー……孫に向ける笑顔が完全に爺ちゃんのそれだー。デレデレしてるぅぅ!!!
見なさい!!それを見てるコマミさんの複雑そうな顔を!!
とか思っていたら、お孫さんがコマミさんをじーっと見つめる……そして、
「ねぇじぃじ、このひとだぁれ?」
な、なんて禁断な質問!!
ど、どうするラタンさん!?言っちゃうのか!?この場で白状しちゃうのか!?
「それは、あの……この人は……」
さすがにどう答えていいか難しそうな顔をしていたが、不意に表情が変わった。
覚悟を決めたような、そんな顔……まさか、言うのか?
「――――この人はね……」
「こんにちは、お名前なんて言う、の?」
しかし、ラタンさんの言葉を遮ってコマミさんがお孫さんに話しかけた。
驚いたような顔をするラタンさんだが、コマミさんは視線を合わそうとはしない。
「こんにちは、レンナだよ!」
コマミさんに挨拶を返し自己紹介するレンナちゃん。
それにコマミさんは微笑みを返し、膝を折りレンナちゃんと目線を合わせる。
「そう、レンナちゃん、はじめまして。私はね………おじいちゃんに助けてもらったん、だよ」
いろいろな思いを飲み込んだような言葉だと思った。
「そうなの?」
「うん、おじいちゃんはとっても立派なお仕事をしてるん、だね。おじいちゃんのおかげで、私はいまここでこうしていられるん、だ」
「ふーん、凄いの?じぃじ凄いの?」
「うん………凄いよ!」
「わーい!じぃじすごい!じぃじすごーい!」
無邪気に喜ぶレンナちゃんを横目に見つつ、コマミさんは立ち上がり、ラタンさんに深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。あなたが私にしてくれたこと、私、ずっと……わすれま、せん」
それは、傍から見ればただのお礼だけれど、全てを知っている僕には別れの言葉に思えた。
「では、どうぞお元気で……んだば、さいなら…!」
最後の、別れの言葉だけは訛っていた。
嘘で塗り固められたあらゆることの中で、その言葉だけが真実だったような、そんな気がした―――。
「本当に良いんですか? 一緒に来てもらって」
「いいよ。たぶんもう、あそこにわだすの居場所はねぇんだわ」
あそこ、と表現したその場所は、教会の中なのか、それともラタンさんの傍なのか。
「その代わり、ちゃんと仕事とか紹介しでもらうがら。そごんどごよろすく」
もう完全に訛りを隠すのはやめたようだ。
どんな心境の変化なのかわからないけど、ラタンさんの元を離れ、飾らずに一人の人間として生きていくという決意の表れだと思うことにする。
「ええ、はい、そこは何とかします」
こっちの願いとしては王子と結婚して王妃になってくれればそれが最高の就職先なのだけど、ダメだった場合は別の仕事を探してあげるつもりではいる。
カリジの街は大きいから、探せば何かしらの仕事は見つかるだろう。……いざとなったら、テンジンザさんのコネでも何でも使って就職先を斡旋してもらうけどね。使えるものは何でも使えの精神だ。
いざ旅立ちの時、と馬車が動き出したその時……ラタンさんの姿が見えた。
しかし、近づくことも声をかけることもなく、ただ遠くから見送り――――そして、ラタンさんはゆっくり、深く頭を下げた。
馬車の一番後ろでそれをじっと見ていたコマミさんの表情は僕にはわからない。
泣いていただろうか、笑っていただろうか、怒っていただろうか。
きっとどれも正解でどれも不正解なんだ。
一言で言い表せる簡単な感情なんてきっと、本当は存在しないに違いない。
人の心はいつだって、複雑なのだから。
「お前は単純だけどな」
「……イジッテちゃん? いまちょっといい雰囲気で〆ようと思ってたんですけど?」
「似合わないことをするな。……そもそも、この先のこと考えたらいい雰囲気になんてなってる暇はないぞ?」
「結婚しよう!!」
カリジの宿に入るなり、目の前に現れたコマミさんを見て王子はいきなり求婚した。
それに対してコマミさんは――――あ、わかる。これはすごくシンプルな顔だ。
めちゃめちゃ嫌な顔をして僕らの方を見た。
「騙しだだな……?」
「いや、違うんですよコマミさん」
「王子と結婚させたりしないって言ってたべ?」
「無理やり結婚させたりしない、とは言いました。あなたには選ぶ権利があります。いやなら断ってもらっても良いので。嘘はついてないです」
「……でも、騙しただな?」
「騙したっていうか……本当のことを言わなかった、というか……」
「それは騙したのと何が違うだ?」
「だからその―――嘘は言ってな……ごめんなさい!!」
ここは土下座の一手である。
「ほらみんなも頭下げて!!」
みんな釈然としないながらも、一応頭を下げてくれた。良い仲間たちだ。
「ど、どうしたのだ? コマミー、結婚式はいつにする?! ささやかにあげようか? それとも国を挙げての盛大なパーティが良いか?」
「うるせぇだよ!!」
あ……空気を読まない王子に、コマミさんのパンチが炸裂した……。
倒れる王子、駆け寄るテンジンザさんとオーサさん、怒りで暴れるコマミさん……。
そりゃそうだ!!いい雰囲気なんてなるわけなかったわ!!
まあでも、このドタバタがまた僕ららしい、という事にしておこう!
ともかく、ミッション完了!!だな!
「……酷い完了の図だな!!」
喧噪の中で、イジッテちゃんの渾身のツッコミが炸裂して、コマミさんを連れてくるという任務はここで一応の幕を閉じるのでした。
第四話・完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます