第五章
第116話 第五章が開始されます。
「ほらーはやぐ起ぎねぇか!もうお天道さんがたけぇど!」
ガンガンと鍋をお玉で叩く古典おかんスタイルで僕らに起床を促すのは、髪を後ろで結んだエプロン姿のコマミさんだ。
「あと8時間~~」
「どんだけ寝る気だぁ!!いつ寝だんだ?」
「7時間くらい前です」
「じゃあ起ぎろ!もうメシ出来でっぞ!」
そう言われればお腹が空いている。あっ、なんか良い匂いがするぞ……くそう、睡眠欲に唯一勝てるのは食欲と性欲だな。
「唯一の意味知ってるか?」
イジッテちゃんも目を覚ます。
当然イジッテちゃんはベッドで、僕はソファーだが、何の文句もない。あってたまるか。一緒に居られることがどれだけ幸せか、この前の旅で思い知ったからな、うん。
枕が飛んできた。
「寝起き即そういうことを言うなお前は」
「どうですかコマミさん、これが照れてるイジッテちゃんです。可愛いでしょう」
「とうっ!」
ベッドの上から頭突きロケットダイブはさすがに痛いですイジッテちゃん。
「はいはい、仲が良いのはわがったから、早く飯くっでくれ。片付かなぐで困るだよ」
僕らは促されて、寝間着を着替えるでもなく軽く上に一枚羽織って食堂へ。
もはや家だなここは。
廊下を歩いていると、他の部屋でも同じように起こされたパイクさんセッタくんミューさん、そして王子の姿もあった。
王子はそれはもう朝からコマミさんにデレデレしている。朝起こしてもらえるだけでも嬉しいのだろう。
ただ―――――これは決して、コマミさんが王子と結婚して主婦をやっている、と言うような話ではない。
むしろその逆で、コマミさんは結婚を断り、僕らが泊まっていた宿の店主(仮)に就任したのだ。
なぜそんなことになったのかと言うと、まあ話はとてもシンプルだ――――
「最後にもう一度だけ確認させてくれ、王子との結婚、どうしても無理なのか?」
「はい、いぐらテンジンザ様のお願いでも、これだけはご勘弁ください」
コマミさんは強い瞳で真っすぐテンジンザさんを見つめたままハッキリと拒絶した。
この部屋の中には、テンジンザさんと僕とイジッテちゃん、そしてオーサさんが居る。王子は別室で待機してもらってる、なぜなら居ると面倒だからだ。あとうるさいし。
「そうか……参考までに聞きたいのだが、王子のどこがそんなに嫌なのだ?」
「顔、性格、体臭、髪の色、仕草、耳の形、指の毛、脚の短さ、耳に障る声、鼻毛、喋り方、ドMっぽい、私を見るときのいやらしい目、足音、膝の黒さ、くるぶしの形、あと生え際の……」
「わかった、もうやめてあげてくれ…」
怒涛の嫌い要素羅列にテンジンザさんが音を上げてしまった。
けど……嫌いだ嫌いだと言いつつもそれだけの情報が頭に入っているということは、何かのきっかけでそれが好意的に反転することもあるような気もするんだよなぁ。
本当に生理的に受け付けないくらい嫌いなら、一つ一つを思い出すことさえ嫌なはずなんだ、うん。
……と、好意的にでも解釈しないと、さすがに好きな人にここまで嫌われてる王子がさすがにちょっと不憫だよ?
「わかった、無理に結婚してくれとは言わん。しかし、儂らも連れてきたからには、結婚しないなら出ていけ、などと無責任なことを言うつもりはない。仕事を紹介させてくれるか?」
「えっ、はい、それはもう是非にでも。けど、いいんですが? 断ったわだすにそんな……」
「よいよい、元々こちらの都合なのだ、気にするでない」
「さすがテンジンザ様だぁ! ますますご尊敬申し上げまず!」
コマミさんがほぼ恋する乙女の目でテンジンザさんを見ている。
その目を王子に向けてあげて、と言うのは無茶な話か。
……っていうか、なんか釈然としないな……?
「……一応言っておきますけど、命がけで助け出したのは僕ですからね?」
「コルス、そう言うことを自分から言うな、器の小さい人間だと思われるぞ」
「でもイジッテちゃん……僕、感謝されたいよ!だって頑張ったから!」
「正直が過ぎるな! まあでも気持ちはわかる。私が誉めてやろう」
「本当に!?」
「うん、えらい!」
「やったぁ!!!」
「急に知能指数が下がったが、大丈夫か少年たち……?」
珍しくツッコミに回るテンジンザさん。
「わからないでしょうねぇ!いつでも褒められてる人には!」
「急にキレるでないぞ少年……」
「いや、あの、ちゃんど感謝してますがら。すみませんなんか…」
コマミさんに気を使わせてしまったので、この遊びは終わりだ。
「遊びだったのかよ」
イジッテちゃんのツッコミで一区切りとして、話を続けてもらおう。
「で?就職先の当てはあるんですか?」
「急に話を戻すな……そうだな、当てはある」
「どんな仕事です?」
興味津々なコマミさん。まあ確かに、テンジンザさんが紹介してくれる仕事ってなんか凄そうだ。
「まあ落ち着け、一応話は付けてある。おーい!ちょっと来てくれ!」
部屋の扉に向かって呼びかけると、開いて入ってきたのは一人のおじいさんだった。
小柄で、髪と立派な髭と太い眉が真っ白かつほぼ顔が見えないくらいもっさもさだ。
サンダルに茶色い布のズボン、白いシャツに茶色のベストで、杖を突いてゆっくりと歩いてくる。
町のおじいさん、って感じの人だ。
「どちら様ですか?」
僕がテンジンザさんに問いかけると、「なんだ、知らなかったのか?」と軽く笑われた。
「この人は、この宿の主人だよ」
「えっ、あ、そうなんですか。すいません挨拶もしませんで。お世話になってます」
僕は慌てて立ち上がってお辞儀をする。
そうか、この宿はパイクさんたちがとった宿で、僕らは後からここに来ただけだからちゃんと挨拶もしてなかったな。
宿代の支払いとかもテンジンザさんやオーサさんに任せていたし。
任せていたというか、そもそも僕らには払うお金がないんだけども。
「実はだな、この主人とは昔の知り合いでな、ここで働き手を探しているという話なんだ」
本当に顔が広いなこの人は。
まあ、この国の国民なら誰でもテンジンザさんのことは知ってるから、知り合いになるのは簡単なんだろう。自分のことを覚えてもらう、という第一段階はすっ飛ばせるのだから。
「どうだコマミ女史? 不満なら別の仕事を探すが、ひとまず次の仕事が始まるまででも、この宿で働いてみるというのは」
確かに、そもそも女中として働いていたコマミさんなら、宿の仕事も一通りこなせるだろうけど、本人的にまた同じような仕事をやりたいと思うかどうか?
「そうですね……わだすとしては……」
と、コマミさんが何か答えを口にしようとしたその時、宿屋の主人がスッ…と手を上げてそれを制した。
なんだ?とみんなの注目が集まり、主人の次の行動を待っていると―――
「ちょいとお待ちよベイベー、まだ話は途中だぜ?」
……凄いイケメンみたいな喋り方!!でも声はご老人だしなんならちょっと震えてた!
どういう人なんだこの人は。
「と、途中ってどういうことだべ?」
「途中は途中さ。話は最後まで聞くもんだぜ。特に、あんたみたいなキュートなお嬢さんの人生がかかった、こんなトークはな……」
ううーん、喋り方と仕草めっちゃイケメン。
立てた人差し指を左右に振って「ちっちっちっ」ってやってるけど、見た目と声がお爺さんだから歯に詰まった食べかすを取ろうとしてちっちっ言ってんのかな、と一瞬思ってしまう。
主人はゆっくり椅子に座って、ものすごく格好良くマッチを擦ってその火でキセルに火をつけて、深く吸い煙を吐き出す。
なんか本当にただのイケメンに見えてきたぞ?
「実はな、オイラはこの宿を手放そうと思ってんだ」
「はい?」
なんか妙なこと言いだしたぞ。あと一人称はオイラなんだ。
「だがな、オイラには後継ぎがいない。ふふっ、昔はさんざん浮名を流したもんだが、そのせいで一番大事な人と一緒になる機会を逃しちまってな、笑える話だろ?」
突然のモテ自慢だ。
「しかしオイラももう歳だ。そろそろ引退してこの宿を誰かに譲りたいと思ってたところに、テン坊からこの話を持ち掛けられてな」
「おいおい、テン坊はやめてくれよ。子供の頃のあだ名だろ?」
英雄テンジンザさんをテン坊呼ばわりとは……何者ですかご主人。
「まあ、テン坊の紹介なら間違いないだろうし、ちょうどいい機会だ。お嬢さん、アンタにこの宿を譲っても良いと思っている。……どうだ?一国一城の主になってみる気はないかい?」
「ええっ!?わ、わだすがですか!?」
急展開!!いきなりこんな立派な……というほど立派ではないけど、でもちゃんとした良い宿だ。それをコマミさんに?
「もちろん、いきなり譲ったりはしねぇ、小さくてもオイラの築いてきた城だからな、こいつはよぉ」
宿の壁を撫でながら、感慨深そうに話すご主人。
よく見ると、壁のあちこちには丁寧な修繕の跡がいくつもある。
その全てがこの宿の重ねてきた歴史だ。
それをいきなり背負うのは、コマミさんにとっても相当大きな話である事は間違いない。
「とりあえず、1年間。オイラの下で働いてみな。その結果次第では、お嬢さんにこの宿を渡そう………どうだ?やってみるか? あんたの人生、この宿に賭けてみるかい?」
あまり人の下で働くことに向いてない性格故に問題を起こしてきたコマミさんが、自分の店で自分の責任において働ける。
そのチャンスが来ているのは間違いないだろう。
―――コマミさんは、一目でわかるくらい悩んでいる。
しばらくじっと座って視線をあちこちに動かしていたかと思うと、頭の中でいろいろとシミュレーションしてるのか、両手を不規則に動かし始めた。
なんかちょっと面白いけど、本人は真剣なのだろうから、そっと見守ろう。
で、後で言ってあげよう、あの時面白かったですよ!って!!
「言ってあげるな」
ガイン。叩かれました。
また声に出てたか……けれど、そんな声も届いてないくらい、真剣に考えこむコマミさん。
「―――まあ、大きな決断だ。そんなすぐに決めろって言うつもりはねぇよ。また明日にでも―――」
「―――――やらせでください!!」
声を上げて立ち上がったコマミさんの顔には、覚悟が浮かんでいた。
「わだす……わだすのような田舎育ちの女にはあまりにも大きなお話で、正直ちょっど怖いです……けど、やっでみでぇ!やらせてくだせぇ! わだすの人生をかけて、この宿を引き継いでみせます!!」
こうして、コマミさんの宿屋の店主(仮)の日々が始まったのだ。
「ほらメシだぞー。申し訳ねぇけどお茶は自分でいれでぐれー」
湯気の上がる温かい出来立ての食事をてきぱきと運ぶコマミさんの姿は堂に入っていて、まるでもう何年もここで働いていたかのようだ。
実際はあれから……何日だ? 七日くらいか。
「ほれ、好き嫌いせずに食うんだぞ」
「ああ、もちろんだとも!」
コマミさんに料理を手渡されて嬉しそうな王子。
……もしかしたら、テンジンザさんはコマミさんをここで働かせることで、王子と過ごす時間を増やして、少しずつ態度が軟化するのを期待してるのか……? とか、そんなことも考えてみたり。
まあ、さすがにその為にこの宿を譲らせるようなことはしないだろうから、そこはテンジンザさんも計算外だったのだろうけど、ここに滞在してる限りはずっと一緒に居られるし、国を救った後も会いに来られるわけで、結果オーライだろう。
あとは、王子がこれで国を救うためのモチベーションを持ってくれれば言うことなしだ。
「おい……、おいってば」
気づけば、イジッテちゃんが話しかけてきていた。
「なぁに? 早く食べないと冷めるよ」
「いや、そうなんだけどさ……お前今、モチベーションの話してた?」
「え?ああ、うん。してたけど……それが何か?」
「いやその……お前はいつ取り戻すんだ? もう7日間も何もせずにただひたすらダラダラ過ごしているのだが……?」
―――――そう、僕らは教会から帰ってきて、旅疲れで数日動きたくなくてひたすらダラダラ寝て過ごしていたのだが――――……それがもう、7日になろうとしている。
「そうだなぁ……あと8日くらい?」
「いや動けよっっっ!!!!!」
と言うことで、僕らのジュラル奪還作戦は、今日から再始動することになったのでした。
はぁーーーーー……気が進まない!!ずっとダラダラしていたいよっ!!
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