第99話

「そういえば、みんな爆発魔法って知ってます?」

 教会本部へ向かう馬車の中で何気なく聞いたその質問に、みんながそれはもう見事なキョトン顔を見せてくれました。

 イジッテちゃんはサジャとのあの場に居たから別として、テンジンザさんもパイクさんもミューさんも、別々のタイプのキョトン顔だ。

「知らんなぁ。儂はそもそも魔法に詳しくないからな」

「そりゃまあ知ってるわよ。知ってるだけだけど」

「ええ、知ってますです。禁呪なのです」

 それぞれの反応を見せる3人だけど、共通してるのは「それがどうした?」の空気だ。

「いや、この前戦った魔族がなんか、爆発魔法は禁呪だから使える訳ないって言ってきたんだけど……僕、使えるんですよ。なんでだと思います?」

「お前、そう言うのはもっとドラマチックなタイミングで発覚する感じにしろよ……なにを道中の何気ない会話でバラしてんだよ……」

 イジッテちゃんがよく分からないツッコミ方をしてくる。

「例えばどういうのですか?」

「えぇ?その、例えばあれだ、誰かがピンチで困ってる時に、颯爽と爆発魔法で助けてだな、「お前そんな力があったのか!」みたいな、そういうのだよ」

「………あります?そんな状況」

「………知らんけど、勇者の伝説ってなんかそういう物語だろうよ」

「そんなシーンが都合よくすぐ来たら良いですけど、何年も来なかったらどうすんですか。ずっと黙ってるんですか?凄く言いたいのに」

「言いたいんかい。じゃあいいよもう」

 自分で言っておきながら、イジッテちゃんもよく考えたらそのシチュエーションそうそう無いな、と気づいたのだろう。早めに会話を切り上げた。

「という訳なんですけど、どうですか?」

 テンジンザさんとパイクさんは相変わらずよく分からないという顔をしているが……ミューさんだけは、違う反応だった。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいです。なんて言いました?今なんて言いました?」

 なんだか汗が凄い流れてるしちょっと顔が青い気がする。

「えっ、だから爆発魔法を使えるって話を……」

「悪い冗談です?」

「いやいや、だって……何回も使って見せたじゃない」

「ど、どこでです?」

「だからほら、脱衣ボンバー!」

 流れるように自分の服を爆破して全裸になり、何事も無かったように予備の服を着る僕。

 もう誰も脱衣ボンバーにリアクションしなくなってしまった切なさを噛み締める。

 仕方ない、どんな芸もいつかは飽きられるものだ。しかし、続けていけばまた光が当たる日も来るだろう。それが、極めると言うことさ。

 もう突っ込むのも面倒だとばかりにイジッテちゃんにガインと無言で殴られました。せめて何か言って欲しい。

 一応言っておくけど、馬車はテンジンザさんの財力により僕らだけの貸し切りだ。残念だね。人前でこそ露出は魅力的なのにね。

 ガイン。

「ちょっ、ちょっと待ってください、禁呪ですよ?禁呪をそんなことに使っていたのです?」

 ミューさんが両手で頭を抱えながらなんか泣きそうな顔をしている。

「え、はい」

「………そんな、雨が降ったら傘を差すでしょう?くらいのテンションで当たり前みたいに言わないでくださいです……とんでもない事してるですよ……」

「爆発魔法って、そんな大変なものなの?」

 横で話を聞いていたパイクさんからも質問が出た。

 パイクさんも良く知らないみたいだったしな。

「お姉様まで……逆に何で知らないんです?」

「なんでって……だって、昔は普通に使われてたわよ爆発魔法。あの頃はまだアタシはただの矛だったけど」

「私もそうだな。神話大戦の時代ではバンバン使われてたからな。さほど特別なものって言う認識無いな」

 なるほど、パイクさんとイジッテちゃんはそういう認識なのか。

「それ、いつの話です…?爆発魔法は100年以上前から禁呪なのですよ…?」

 その言葉に、二人は目を逸らす。

「ミューさん、察してあげてよ。自分たちが実はもうお年寄りだと認めたくない女のプライドがあ」

 ガイン、バキン。

 言い終わる前に二人に同時に殴られました。イジッテちゃんはともかくパイクさんの打撃はシンプルに痛い!!

「ま、まあ、お二人の事は解りましたです。その、テンジンザ様はどうなのです?」

「儂か?儂はただただ魔法の才能が無くての。その割に耐性はあるから魔法でダメージをくらうこともあまりなくてな、魔法の勉強はしたことないわい」

 ……ええい、この超人め。

「なるほどです……道理でミューの驚きが伝わらない訳ですぅ…」

 納得しつつも、これは自分が説明しなければならないのか、というプレッシャーを感じている様子だ。申し訳ないけど、お願いするしかない。

「じゃあその、えっとですね、ミューも別に専門家では無いので、普通に常識の範囲の話になりますけど、構わないですか?」

「よっ、ミュー先生!お願いします!」

 僕がそう言うと、みんなミューさんの正面に横に並んで座って拍手した。

 ノリが良い仲間たちである。

「そもそも基本情報として、魔法というのは火・風・土・水・光・闇の6つの属性がある……というのはご存じですよね?」

 そのくらいはさすがに知っているのか、みんな頷いている。

「爆発魔法と言うのはそのどれにも当てはまらない魔法で、火と風を混ぜて作る……と言われるですけど、今ではそもそも魔法を混ぜる、という技術自体が失われているのです」

「えっ?出来るけど……」

 僕は目の前で、右手に火、左手に風の魔法を出し、それを合わせて爆発魔法を作り出すと、黒いボールみたいなもののあちこちにトゲが生えてる魔力の塊が現れる。

「これを発動させると……」

 僅かな熱を放ってパンッと音を立てて弾ける爆発魔法。

 だいぶ力を押さえたので、少し暖かい風を込めた風船が弾けた程度のものだけど。

「ね?」

「ね?じゃないです!!それ、とんでもない事なのですよ!!普通は、魔法を混ぜるなんて出来ないのです!」

「………そうなの?ミューさんも?」

「いやその、ミューは風魔法しか使えないので、試したこと無いですけど…」

 そう言えばそうか……という事は、だ。

「じゃあ、ちょっと試してみます?」

「何をです?」

「だから、魔法混ぜてみましょうよ。ミューさんの風魔法と、僕の炎魔法」

「えっ、そ、えっ?そんなこと出来るんです!?」

「さあ」

 やったこと無いから知らないけど、まあ出来るのでは?

「なんか怖いけど……ちょっと…興味あるです…」

 ……うむ、恥ずかしそうに言うそれは少しエロいな、と思ったものの、口には出さないでおこう。

「もう出てるけどな!!」

 イジッテちゃんに殴られました。

 本当だ、ミューさんがそっぽ向いてほっぺたをぷくーっと膨らませながら頬を染めて怒っている。しかしそれはそれで可愛いな。

「見境なしかお前は」

 また声に出てたらしく殴られました。なぜだ。なぜ声に出る。

「この子はアンタなんかにあげないわよ」

 パイクさんがミューさんをギュッと抱きしめて守っています。尊いです。

「大丈夫です。僕はイジッテちゃん一筋なので、ミューさんに手は出さないです」

「恥ずかしいことを言うな!」

 顔面にドロップキックされました。あっ、久々の感覚!懐かしい!

「おい、これは今なんの話をしておるのだ…?」

 テンジンザさんが戸惑っておられる。

 そりゃそうだ。

「すいませんね。話が脱線するのは僕らの間ではよく有る事なので慣れてください」

「大半がお前のせいだけどな……」

 イジッテちゃん、真実を口にしてはいけないよ。


「という事で話を戻して、ミューさん、やってみます?」

「魔法を混ぜるんですか?じゃあ、はい。どうするんです?」

「とりあえず、風魔法を手に出してください」

「………それがよくわからないのですけど……何の魔法を出せばいいのです?」

「だから、風魔法です」

「いや、ですから、「風魔法」なんて曖昧な魔法は無いのですよ。風魔法の中でも、フウドウとか、クイゾとか、そういう「呪文」として出力するものなのです」

「へぇーーーー」

 知らなかった。そうなんだ。

「じゃあ、なんていうかなその……風の魔力を出す、みたいな感じで行けます?」

「風の魔力を…?えと、アレですかね、中古のアイテムに魔力込めるときみたいな感じです?」

「あっ、それですよ。ミューさんは風魔法しか使えないということは、魔力を出せばそれがそのまま風の魔力になるはずです」

 理論的には合ってる……と思う、たぶん。

「はぁ……そうですねぇ……」

 なんだかしっくり来てないようだけど、試しに魔力を出してみるミューさん。

 最初は上手く出来なかったが、少し経つと魔力が目に見える形でミューさんの右手の杖の先に集まり始めた。

「あっ、これ、これです!これに、僕の炎魔法を混ぜて……混ぜ…て…!」

 ぐっ、ミューさんの魔力がさすがに強い……!

 これだと、僕の炎魔法はかなり本気で出さないとミューさんの魔法に飲み込まれてしまう。ちゃんと、同じくらいの魔力になるように……調節……して…!

「ぐぐぐぐっ…」

 キッツイ!これキッツイ!ミューさんは簡単にやってるのに、僕の魔力だとほぼ限界だ……でも、何とかいつもの感覚っぽくなってきた……これで……混ざれ…!

 僕とミューさんの間で、魔力がまじりあって融合していく。

 それをみんながじっと見ている。なんか、なんか恥ずかしい!なにこの感情!秘め事を見られているみたいな気持ち!

「余計なこと考えるなよー」

 さすがイジッテちゃんお見通しだ。集中集中。

 全力集中で、何とか普段の3倍くらいの時間をかけてようやく爆発魔法が出来上がった。

 形はやっぱり、黒い塊に多数のトゲ蠢いている感じだ。

 そしてこれを、結晶にする。

 魔力で縮めて……圧縮……!いつもより反発が凄い……!

 ひぃーなにこれ筋トレ?キッツ!!でも、もうちょっと……もうちょっとで……

「ん―――――……出来たぁ!!」

 何とか出来上がった時には、もう息が上がって苦しいくらいだった。水、水をください。といっても誰も取ってくれないので自分で取ってがぶ飲みした。切なさ。

「はぁー……これがそうなんですね……じっくり見たの初めてです」

 ミューさんが注意深く結晶を手に取る。

 黒い丸にトゲという基本の形は変わらないが、結晶にすると動かなくなるので、なんというか罠とかによくあるトゲ付き鉄球の小さいヤツみたいな感じだ。

「とまあ、はぁはぁ、こんな、はぁー……感じです」

「ううむ、儂も初めて見たが、興味深いな」

 テンジンザさんは興味津々のようだけど、イジッテちゃんとパイクさんは昔に見たことがあるのか、しれっとしている。

「ところで、これはどの程度の威力があるものなのだ?」

 テンジンザさんの素朴な疑問。

「どうなんでしょう、僕が普段作るやつは本当に服を吹っ飛ばす程度です。まあ、音は派手に鳴りますから、揺動にも使えますけど」

「………ははぁ、なるほどのぅ」

 うっ、今の僕の言葉で、城に侵入して逃げ出すときに爆発魔法の結晶でハッタリかましたのバレたっぽいな。

 まあ、良いけど今更。

「しかし、今回のそれは二人の合作であろう?また違う威力なのではないか?」

 そう言われるとそうだな……あんなに強い魔力でやったことないからな。

 ……ちょっと、投げてみようか。

「試してみます?」

 ミューさんも興味があるらしく、僕の問いかけに頷いたので、さて実行に移そうかと思ったが、もし爆弾くらいの威力が出たら馬車が大変だ。

 ちらっと外を見てみると、道の脇に丁度良く小さな湖があった。

 小さな、とは言っても向こう岸に人が居たとして、大声で話しかけても届くかどうか、というくらいの広さはある。

 釣り人でもいたら面倒だけど……周囲には誰も居ないし、生活用水として使ってる感じでもない。

 ここなら多少の爆発が起きても良いだろう。

「じゃあ、湖に投げてみますよ」

 そう言うと、みんな馬車の後ろに近寄ってきて、視界を防ぐための布をめくった。

「ちょっとスピード落としてくださーい」

 御者さんに話しかけるとスピードが弱まったので、早速投げてみる。

「じゃあ、いっきまーーーす」

 えいやっ、と投げられた結晶は、僕の肩の良さもあって丁度湖の真ん中あたりに落ちた。

 たぶん、水と当たった衝撃で爆発するはず―――――


 ―――次の瞬間、巨大な赤い柱が天高く立ち上がった――――。


 それは、耳をつんざく轟音と共に肌が焼けそうな激しい熱風を巻き起こしながら雲までをも焼け焦がすように天まで巻き上がると、湖の水の大半を蒸発させ、それでもまだ渦を巻く炎を残し、ようやく少しずつ小さくなっていく。

 周囲の動物たちが危険を感じて逃げ出し、空を見ると爆発の上だけ雲に穴が開いている。

 御者も驚いたのか馬車を止めるが、馬が怯えて走り出そうとするのを必死で抑えなければならない。

 その間、僕らは誰も言葉を発してなかった。

 なんというか、呆気に取られていたという以外の言葉が無い。

 え、これ……僕が投げたさっきのヤツでこうなったの?え?嘘でしょ?

 まだ少し衝撃で地面が振動しているような感覚を残しながら爆発は収まったが――――僕はゆっくりと皆の方を振り向いて、言った。


「………見なかった事にしません?」


 みんな、ゆっくりと頷いた。


 ……そりゃ禁呪になるわけだよ!!!!

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