第93話

「うっ、うう、ううううう…!!」

 イジッテちゃんが泣いている。

 えっ、なんか、そんなにアレなの、マズイやつなの爆発魔法?

「――――良かった……!」

 ………良かった?

「こいつにも、やっと選ばれし勇者みたいな特別な要素が一個あった…!良かった!ただのバカな変態じゃなかった!クソザコバカ変態じゃなくて良かった……!」

 クソザコバカ変態。

 ……間違っているとも言いづらい!!

「いやそこは否定しろよ」

「やー、堂々と否定出来ないですねぇ」

「………そうだな、私も自分で言っといて、あまりにも的を射すぎていて悪いな、と思ったよ。ごめんな」

 それはフォローしているようで追い打ちなのでは…?

 しかし、そんな僕らの会話にサジャが嘲笑と共に割り込んでくる。

「冗談であろう?勇者?爆発魔法は世界を滅ぼす禁忌の力、だからこそ我ら魔族でさえ禁呪にすることに同意したのだ。そんなものを使うそやつが勇者などであるものかえ」

 不吉なことを言いますね。

「なんなんだお前は、さっきから訳の分からん事を。ちゃんと説明せい!」

 叱りつけるみたいに言うけど、相手魔族ですよイジッテちゃん?

「はっ、なんでわっちが一から全部説明せんといかんのかえ?おぬしらまともな教育を受けていないのか?」

「はい」

「そうじゃな」

 肯定するしかない僕らである。

 僕はみなしごで犯罪組織に育てられたし、イジッテちゃんに至ってはそもそも盾なのでちゃんとした教育なんて受ける訳ない。

「……そうかえ……それは、なんかその、すまんえ」

「いやあの、謝られるとむしろ傷つくのですが……? 僕らそれなりに楽しく生きてるんで!大丈夫なんで!憐れまないで!?」

 倒そうとしてた魔族に憐れまれるとはね!

 いやほんと、そこまで不幸じゃないよ?

「そうか、強く生きているんかえ……ええ子…、ええ子やえ…!」

 えっと……泣いてます?意外と情に厚いタイプ…?

 いや、情に厚いタイプがフォズさんはすぐ殺すのわけわからないよ!?

 まあ、相手は魔族だから感情の動きも人間のそれとは違うのかもしれないな、うん。

「そんなええ子を、これから殺しますえ!!」

 急に!?やっぱり理解出来ないよ!!

「ああもう、イジッテちゃん!」

「あいよっ!」

 すぐさま僕に背中を向けてくれるので、さっと背中に腕を通す。

「うひっ…くぅ」

 いつまで経っても背中の取っ手触られるの反応しちゃうイジッテちゃん好き。

 そんな感慨に浸る暇もなく、すぐさま衝撃が全身を襲う。

 イジッテちゃん越しでも全身吹き飛ばされて、背後の壁にぶつかり、息が詰まる。

 ―――けど、最初に食らった時よりは衝撃が少ない気がする。

 やっぱり髪に与えたダメージが効いてるのか?

 とはいえ…だ!

 連続攻撃で、自分の身体がどんどん壁にめり込んでいくのがわかる。

 相手の攻撃力が落ちたとはいえ、こっちも片手怪我してるし武器も無いし、こっからどう戦えばいいんだ!?

 この火傷した手でも魔法は使える……けど、さっきのは結晶をいくつもまとめたからこそ威力が出たのであって、普通にやったところでなぁ!

 やってみるけど!

 火とー、風をー、混ぜてー、爆発魔法!

 ボンッ!と爆発して炎が弾けたが、全然止まらないよサジャの攻撃!

「やっぱ効かないじゃん!何が禁忌だよ!凄そうな感じだけ伝えてこの思わせぶり!小悪魔女子!」

「小悪魔というか、魔族やえ?それに、爆発魔法が禁忌なのは本当のことさね。今のはただ、おぬしの魔力がしょぼいだけさね」

「うっ、そんな本当のことを」

 しかも攻撃の手は止めないままに。

「だが、今後育てば厄介な存在にもなり得る。今、ここで、その芽、摘ませて貰うえ!」

 さらに攻撃の回転は早まり、息つく間も無いほど続けて衝撃が襲い来る!

「んぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」

 イジッテちゃんもキツそうだが、こっちも……ヤバい、身体が、浮いて……後ろの教会の壁に――――

「うわぁぁ!!!」

 サジャの攻撃の勢いで、教会の壁が崩れて、そのまま教会の中まで吹き飛ばされる!

「げほっ、げほっ…!」

 キッツ……背中を強打して、息が…!

「大丈夫か!?」

 声、オーサさんの声だ。

 何とか起き上がり、片膝をついた状態までは体勢を戻し、声のした方を振り返る。

 そこには、脚に包帯を巻かれて倒れているタニーさんと、治療を手伝っていたのかその傍に座り込んでるナッツリンさん。

 そしてこちらに駆け寄ってくるオーサさんが見えた。

「平気か!?これを」

 ポーションを手渡してくるオーサさん。

 それを受け取るも、せき込んでいてうまく飲めそうにない。

「よしわかった、ここは俺が口移しで!」

 ごくごくごくごく!無理して一人で飲めました!!

  火傷にも結構効いてる!ポーションすげぇ!

「ぷはぁ!助かりましたありがとうございます!タニーさんの様子はどうですか?」

「ああ、一応止血はしたが熱も上がってきてるし、正直ここではこれ以上の治療は厳しい、なんとか医者に見せたいところだが……」

 僕らは同時に、壁に空いた穴に視線を送る。

 そこから、ゆっくりと、聖なる教会に絶望を背負って踏み入れてくる、その魔族に。

「オーサさん、すいませんけど手伝ってもらいますよ……僕にはもう攻撃手段がないので」

「剣はどうした?」

「えーと……髪に食われました」

「何を言ってるんだ!?」

 でしょうとも、そうでしょうとも。見てないとそうですよね。

「けど、髪を爆破してやりました」

「……何を言ってるんだ?」

 でしょうね。そうでしょうね!!

「ともかく、悔しいけど僕だけではどうにもならないんです」

「そうは言うが、俺も剣が無い。魔族っていうのは素手で倒せるものなのか?」

「いや知らないですよそんなこと。―――でも、やらなきゃ全員殺される、それだけが現実です」

「―――じゃあ、やるしか無いよな!」

 僕らは、タニーさんとナッツリンさんを守るように立ちはだかる。

 逃げて欲しいところだけど、ナッツリンさんにタニーさんを連れて逃げてもらうのは体格的にどう考えても不可能だ。

 一人で逃げて貰っても良いけど……正直変に動き回られるよりも、守るべき場所がしっかりわかってる方が守りやすい。

「ナッツリンさん!すいませんけど、あまり動き回らないでいてくれると助かります」

「わかってますのよ!私も神に仕えるシスターとして、ケガ人を置いて出ていくなんて出来ませんのよ!」

 語尾「のよ」だ。まだまだ語尾を付ける精神的余裕はあるようで何よりです!

「オーサさん、とりあえず僕が防御担当するので、サジャの攻撃を防いだ隙になんか痛そうなヤツ決めちゃってください」

「大雑把な作戦だが嫌いじゃあないぞ!俺に任せろ!」

「んじゃ、行きます!」

 僕らは教会の左右の椅子に挟まれた通路を、前後に並んで突っ込む!

 いくらサジャの動きが早いと言っても、ワープしてるわけじゃない。

 つまり、この狭い通路なら背後に回るのは難しいハズ!

「それで考えたつもりかえ?」

 サジャは何の小細工も無しに、正面からぶつかってくる!

「んぎっ!」

「ぐっ!」

 受け止めるイジッテちゃんと僕の両方から声が漏れるが、それでも何とか止めた!

「ほう?」

 サジャとしては僕らを吹っ飛ばして後ろのオーサさんにぶつけるくらいの計算だったんだろうけど、残念でした!ポーションも飲んで回復した今なら一発くらい耐えるっての!!

 そして、攻撃を止めると同時にオーサさんが僕の横を抜けて、サジャのボディに蹴りを入れる!

 これは決まった――――と思ったのも束の間、オーサさんの蹴りは体に当たる直前、片手で止められていた。

「残念え♪」

 なんであの蹴り片手で止められるんだよもう!あんなん僕がくらったらガードの上からでも骨折れるよ!

 そのまま片手でオーサさんの脚を掴んで体ごと持ち上げる!

 見た目的におかしいのよ!なんでこんな細身の女子が大男を片手で振り回すんだよ!魔族だからってなんでもありか!

 そして、オーサさんをまるで武器のように僕に向かって振り下ろしてくる!

 避け……いや、避けたらオーサさんが地面か椅子に叩きつけられる!

「止めるよイジッテちゃん!」

「あーもう!」

 受け止めた瞬間、その重さに全身が悲鳴を上げる。

 サジャのパワーに加えて、オーサさんの巨体の重さ…!

 いや、これは……無理…だ!

 防ぎきれずに、後方に吹っ飛ぶ!

「ぐはっ…!」

 一度背中から床に打ち付けられるも、体勢を立て直そうと起き上がったところに飛んで来るオーサさん!

 人を物みたいに投げるんじゃありません!

 ああもう、また後方に転がるように吹き飛ばされる。

 気づけば、すぐ後ろにはタニーさんとナッツリンさん。

 マズイ、何とかここで踏みとどまらないと。

 しかしその願いは無情にも踏みにじられる。

 もう、居るのだ。目の前にサジャが。

 そして僕も足を捕まれると、そのまま抵抗も出来ずに持ち上げられ、横に向かって捨てるように投げられる!

 並んでいた椅子に身体を打ち付け、全身に痛みが走る…!

「ぐっ……くっそ…!!」

「大丈夫か!?」

 イジッテちゃんの問いかけに苦笑いで答える事しか出来ないほどにダメージは大きい。

「やめて!!やめてください!!」

 ナッツリンさんの焦った声が響き渡ると、倒れていたタニーさんが片手で釣り上げられている。

 椅子の上に立ったサジャが、タニーさんの首に手をかけて持ち上げているのだ。

「その人は怪我してるんです!安静にして無いと…!」

「うるさい女やえ……静かにするえ?」

 マズイ、あの蹴りだ。タニーさんの足を切断したあの蹴りが、ナッツリンさんの首を―――

「待った待ったぁ!!」

 オーサさんが何とか間に合い、サジャの脚を後ろから抱えるようにして止める。

「シスターさん、離れて、早く…!」

「は、はい…!」

 ナッツリンさんが離れるのを確認すると、もう力が限界だったのか、サジャの脚の動きに振り回されて床を転がるオーサさん。

「く、くそ!タニー!タニー!」

 必死で声をかけるが、タニーさんは苦しそうにうめくだけで反応が無い。

「きしゃしゃ、そこで見てるが良いえ?相棒が、手足を一本ずつ切り落とされて、ゆっくり命が失われていく様をなぁ?」

 サジャの笑みはまさに悪魔のそれだ。魔族、恐ろしいものを敵に回してしまった……僕らが勝てるような相手じゃなかったんだ…!

「うぐ…、タニーさん、タニーさん!目を覚まして!何とか逃げてくれ!タニーさん!」

「タニー!!!目を覚ませタニー!!」

 起き上がり駆け寄ろうとするが、ダメージが大きいのか足がもつれて倒れ込むオーサさん。

「タニー!!!タニーーーーー!!!!!!」

 オーサさんの悲痛な叫びが轟く中、口が端まで裂けたような笑顔のサジャの蹴りが、タニーさんのもう片方の足を――――


 ――――その瞬間、何が起きたのか一瞬誰も理解が出来なかった。


 気付くのには少し時間がかかったが、大きな破壊音と共に、床板が空を舞ったのだ。

 下から何か、恐ろしく強い力で吹き飛ばされたように、床板が―――――あの場所、あの床板の下は、地下の通路へと繋がる穴が…!


 床に大きく開いた穴、そこからゆっくりと、重さと貫禄とそして圧倒的な希望を背負って這い出してきたのは――――


「テンジンザさん……!」


 ジュラルの英雄、テンジンザ・バリザードその人だった。

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