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ショートグラスの半分になったロベルタを彼女はぐるりと中で回した。話を聞かせてくれないかと訊ねたら、彼女は少ししてから小さく頷いていた。
「実は、私」
「はい」
「・・・」
彼女はどうやって話し出そうかと悩んでいるように見えた。突然涙を流すなんて、いったい何があったんだ。
少しの沈黙を挟んで、彼女は言った。
「振られたんです」
振られた?
「いや、振られたって言うのはちょっと違うかもしれません。正しく言うなら・・・元に戻った、でしょうか」
「どういうことですか?」
正しく言うなら元に戻ったって?
「彼・・・その、いつも一緒に来ていた男性の事をご存知ですか? その、彼・・・彼に、私」
ふい、と外された視線。彼女の瞳にはまた涙が溜まり始めたのだろうか。
「彼にはもう既に、恋人がいたんです。私、それを知らなくて。ずっと私が恋人だと・・・でもそう思っていたのは私だけ、私だけで」
そうか、だから元に戻った、か。始まってもいなかったのだから、終わりなんてものはない、と。気付いていなかっただけで、最初に立っていた場所から変わっていないんだ。
「ごめんなさい」
「いいえ」
小さく謝った彼女はハンカチを両目に押し当てて頭を下げた。肩が小さく揺れている。俺の記憶の中の二人は、確かに恋人同士に見えていたと思う。優しげな彼女の瞳が、愛おしそうに男性を見つめていたから。
「泣いていいんですよ」
「え」
「悲しい時はとことん、泣いていいんです」
だってこんなにも泣けるくらい彼が好きだったんでしょう? 泣いて泣いて、泣き疲れた頃、きっとあなたの中の彼はふっと軽くなっているはずだから。
今必要なのは『そんな男最低だ』でも『もっといい男が世の中にはいるって』でもない。ただ悲しみを流してしまうことだ。
「悲しみを止める方法は、悲しみを涙で流し切ることです。それから」
「・・・それから?」
ハンカチから顔を上げた彼女は、涙に濡れたまま首を傾げる。引き出しを開けて一本摘まみ出した。
「甘いものを食べてリセットするのです」
目の前に棒付のキャンディーを差し出すと、彼女の濡れた瞳が優しく細められる。
「他のお客様には内緒ですよ」
どうか少しでも、彼女の悲しみが軽くなりますように。
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