第26話

 

 サヒラー様には相談したが、未だに視界の端にあの女を見ることがある。笑みを浮かべてこちらを見ているのだ。驚いて視線を向けると、ゆっくりと消えていく。

 見詰めると消えるのだから、あれは何も出来ないのだと言い聞かせるが、不気味なものは不気味だ。


 何度も社にも足を運び、視てもらったのだがやはり何も憑いてはいないと言われる。なら、あれはなんなんだ?


 最初は幻覚かと己の正気を疑ったのだが、町の子供に「あの人誰?なんで怪我してるのに笑ってるの?」っと聞かれてからは、やはりあいつは俺を見ているのだと納得した。





  ◆◇◆




 ユウナを南町に連れて行ってから一日、俺は再び南町に来ていた。昔なじみからの使いが来たのだ。恐らく、禍祇の件だろう。


 俺達が寝込んでから直ぐに、大領様は怪しいものを探すためこおり中に網を張ったらしい。実行したと思われる男達は直ぐに分かった。勿論大切な儀式の只中の西の山に、罠を仕掛けるなどそれだけでも大罪にあたる。だが、端的に言えば奴らのしたことは西の山の禁猟区に罠を仕掛けただけだ。裏で糸を引いていたヤツらにたどり着かねば意味が無いのだ。接触がないかと見張らせていたらしいのだが、二日後、四人の男は見張っていた二人の間諜うがみ共々消息を絶った。


 男は四人とも郡にやって来て三ヶ月未満だった。二人は狩人の真似事をしていて仕事仲間だったようだが、残りの二人に接点はない。後の二人はそれぞれ商人の田圃で小作人をしていたようだ。


 この雇っていた商人が怪しいのかといえば、それはない気がする。わざわざ自分のところの小作人を使うだろうか? まあ、怪しい仕事に飛びつきたくなるほど、薄給でこき使っていたのだろうから、良い雇い主とは言えないだろうが。


 目当ての酒肆さかやに到着した。東の酒肆と違って、何ともおおらかなものだ。酒を買った者達が店から溢れ、適当に縁台に座って呑んでいる。

 酒を買い、縁台に横たわり肘をつきチビチビと酒を飲む、着流しの男の隣に腰掛けた。


「良くそんな格好で飲めるな」


 寝そべって杯を煽るなど、首の筋を痛めそうだ。長髪を派手な組紐で括った男は如何にもつまらなそうに答える。


「何を言ってるんだ、起きてる方が辛いだろうが」


「深読みしたくなる言葉だな、ほら、これでも食え」


「おお、ありがたい」


 此処で買えるアテは干し肉か漬物だけだ。途中の屋台で買ってきた鳥の串焼きを取り出し、食べながら飲む。


「最近調子はどうだ?」


「ボチボチだな、そらゃ田植えの時期だからな、田圃持ちのちの商人共が大勢雇ってくれるのさ。大勢紹介しても安いもんだがよ」


 ルサールは仕事の斡旋と紹介を生業としているが、かなりの情報通だ。見た目と違い、世話好きで南町の町民から信用を得ている。


 よもやま話と愚痴を聞いたあと、祭りの日の前後に見かけない奴らがいなかったかを聞いた。当然もう調べはついているが、ルサールからも聞いておきたかった。


「お前が来るものだと思って待っていたら、一向に来ないものだから使いまで出すはめになった」


「少し寝込んでいてな、もう良くなった」


 肩を竦めてルサールは語り出した。


「起きてからの話をしていたんだが、まぁいい。怪しいヤツといえばシェルベンの服を着たジジィがいたな。確かにあちら訛りがあった」


「ほう、怪しげだな」


「それとおかしな事と言えば、働いていた二人の男達が突然消えたことかな。他にも森で獣を拾っていた男が戻らぬとか」


「それは心配だな」


 その男のことなら確かに聞いたが、思わせぶりに大口を叩くだけで、まじないすら怪しいものだったとか。

 獣拾いとは、無免許の罠師の事を呼ぶ俗称の様なものだ。


「ところで、森の向こうが騒がしいな」


「ああ、ベネドか。彼処は一昨年の洪水から不幸続きだな」


 ベネドは東の森のを越えた所にある、大河を擁する国だ。東南の大国バッパや更に遠くの国々ら朝廷インブラートへの交易の船が通るので、補給の港としてもそれなりに栄えてはいる。


「もう大分前からヤバかったが、資源欲しさに森に手を出して社を一つ失った。幸いと言うか、玉を回収してから手を出したので一年は持つだろうが、伏せようとしても話しは漏れる。これは流民が来るぞ」


「一昨年はインブラートが割り当て、船を出したから来れただけで、今回のは違うだろう? ベネドも中央には隠したいだろうし、間に二も国があるのだから流民もそちらに行くだろう。ここまで来れる体力のある流民などそうそういるものか?」


 しかも、どちらも国なのだからここより余程仕事もあると考えるのが普通だ。それにここまで来る旅費で近くの国に地盤固めをした方が、余程楽に暮らせるだろう。


 駄賃を狙って御用聞きをしている子供に、銭を渡して揚出しの煮たものと、串の追加を頼む。


「シェルベンの服を着たジジィな、飲んでいる時にインブラートの事をと言ったのだ」


「それは···おかしいな」


「だろ? インブラートはここからでも北東、シェルベンの民がインブラートを北などと言うものか」


「ベネドか……」


「カイ、禍祇が出た事件を探っているんだろ? しかも、南方の呪術が使われていたそうじゃないか。そこに如何にもなジジィが居て、あの騒ぎの中あっさりと消えた。ああ、怪しいな」


 馬鹿な、ベネドが絡んでるだと? ベネドが大領を引きずり落として何をしようと言うのだ?

 商人達の間にどんな密約が?


 小僧からツマミを受け取り、小銭と串を手渡す。


「すまんが用が出来た、後で礼を届けよう」


 いかん、こうも事が大きくなると俺ではどうにも考えられぬ。兎に角報告して大領にお任せしよう。


「良いってことよ、それよりもっと家にも顔を出せよババァが寂しがってたぞ」


「宜しく言っておいてくれ。今度土産を持って行く」


 世話好きは遺伝なのか、ルサールの親もかなりの世話好きで、昔よく世話になった。ルサールの家は西の端で南との境にあり、今は大領からの支援も受けて孤児の面倒を見ている。


 ヒラヒラと手を振るルサールと別れて、俺は大領様の元に向かった。



  ◆◇◆



 大領様にルサールの話を報告した次の日、俺は頭を空にして鍛錬に励んだ。やはり体が鈍っている。通常任務に戻るまでに勘を取り戻さなくてはならない。


 鍛錬を終えて、水浴びをする時に種を見てみると、明らかに大きくなっていた。これはやはり卵の様なものなのだろうか?


 翌日、仕事の合間にアミルの相手をしに行くと、ユウナが居たのであの種を見せる。種は大分育って卵大になっていた。

 ユウナが種を孵してくれるのではないかと期待していたのだが、突き返された。まだ時期では無いのだろうか?


 十日後、種は人の頭ほども大きくなった。最早持ち歩くことは出来ず、布団の中に入れて共に寝て、朝夕に話しかける。


 そして種を受け取ってから二十日後の明け方、違和感を覚えて目を開けると卵、いや種にヒビが入っていた。

 既に大きさは赤子程もあったので、いよいよ産まれるのだろうと俺は胸をときめかせた。


 ユウナを呼んでこようか? いや、離れている間に産まれてしまっては大変だ。


 そう言えば、鳥などは殻を割り始めて暫くしたら剥いてやった方が良いなどと言うが、種はどうなのだ? こんな硬そうな外皮が自力で破れるものか?


 慌てて家の前の通りに出ると、子供を捕まえて大史サヒラー様の家に行きユウナを呼んでくるよう使いに出した。


 寝床へ戻ると、種はまだそのままの状態で横たわっていた。ゆっくりと抱きあぐらを組んだ腿の上にそっと乗せる。じっとしていると種の中で動いているのが分かった。


 やはり殻が硬すぎて割れないのではなかろうか。不安になり種を両手で包むと、風が巻き起こりパカッと種が割れた。



 中から現れたのは、小さいが見たこともない獣だった。



 これは······ぬえか?



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