第22話
ユウナの手の内側から、風が渦を巻き吹き出し、刹那、収縮して光を放った。光が収まると、そこにはワラドの相棒、銀狼が幼いままの姿で佇んでいた。
◆◇◆
ワラドは
ワラドの両親は南のファヴィロン山脈唯一の道と言われる、ジァファリ道を下ってやって来た。
ファヴィロン山の中棚で、
郡に配田申請をして、待っている間に父親の方が病に倒れ帰らぬ人となった。残された三人の子は母親が小作人をする事で、何とか暮らしていた。
ここ、ヴェレ·トッタナァーリには出入口が四つあり、北東の大門、東の東の門、西の西門、南のお勝手と呼ばれる南門だ。
南には柵の外に広がる違法な田畑や、商人たちが管理する大規模な水田があり、かなりの数の人を使っている。その為、南の申請待ちの人達が住まう長屋の奥に、かなりの数の小屋が出来ていた。ここもその一つだ。
ワラドは幼き頃より、母親の手伝いで母の任されていた田んぼに出ていた。それと共に、南東の森に入り小枝を集めるのも大事な仕事だった。
この森は東の山守が守っているので、滅多に滅多に魔獣は出ないが、それでも出る時は出る。子供には危険な森だが、南町に住まう子供達にとっては東の森で枝を拾うのは当たり前の行為だった。コツコツ集めて置かないと、冬が来た時に凍死してしまう。
ある秋の日、実り多き森を小枝を探して歩いていると、奥に入り込みすぎてしまっていた。森の幸は多くとも、
美味しそうな柿を手に入れて、高揚していた気持ちが一気に冷め、一人泣き出してしまったワラドの元に、銀狼の子供が近寄ってきて顔を舐めた。驚いたワラドだったが、まだギリギリ抱えきれるほどのサイズの銀狼だったこともあり、生命の危機は感じなかったらしい。
銀狼を抱きしめ、落ち着きを取り戻したワラドは「朝なら日を背に、午後なら西日に」という母の言葉を思い出し、西日を前に進むことで、森から出ることが出来た。
途中、恐ろしい猿に出会ったが、銀狼が吠えたてると逃げていった。
母の元に戻ったワラドが、狼に助けられた事を伝えると、悩んだ母親は南門の門番に郡で狼を飼えるのかを聞いた。珍しい銀狼の子供に驚いた門番が、
元々銀狼が人を襲うことは稀で、猪や鹿などの害獣や魔獣まで減らしてくれるので、西では祠が建つほど崇められる存在なのだ。
犬番は出来れば守り人の相棒とするように、銀狼を引き取りたがったが、チビが離れなかったらしい。
ワラド達が苦しい生活をしていることを知った犬番はワラドにこう告げた「この銀狼を立派に育てろ。此奴はお前の宝だ、此奴が居ればお前は郡一の山守に成るだろう」頷いたワラドに犬番は色々なことを教えてやった。銀狼の餌も、犬番が捻出してくれた。週の半分以上を犬番の元で犬の世話をして過ごし、やって来る守り人に頼み込んでは稽古を付けてもらっていた。
こうして、ワラドが十二になった頃には山守見習いとして働くことを許された。
十四に成れば晴れて山守となり、西の社の近くの家を与えられる。
ワラドが銀狼と出会ってから三年後、昔のワラドと同じように森に入って、戻らない南町の子を探しに行った。銀狼の鼻で子供は直ぐに見つかった。チビが耳を伏せ早く行こうと言うように裾を噛む。これはただ事ではないと急いで帰ろうとするが、遅かった。熊が出たのだ。
普通、熊も槍や山刀で反撃すると、あっさりと逃げていくものだが、冬越し穴に近づき過ぎたのか銀狼をけしかけ、鼻ズラを叩いても怯みはするが引かなかったのだ。
これはまずいと、熊を睨みながらジリジリと下がり見えなくなってから逃げ出した。暫くしてから、足止めしていたチビを呼び戻そうとしたのだが、チビが戻ることは無かった。
チビを失ったワラドの落ち込みようは酷く、自分を罰するのが目的なのかと思うほどに、鍛錬に打ち込んだ。
ワラドの鍛錬相手でもあった俺は、サヒラー様が検証したいと言い出した時、迷わずワラドを押した。サヒラー様の提案がなくても、状況が落ち着けば、俺はユウナに頼んだはずだ。
そして、ユウナを連れて此処にやって来たのだ。
目の前で縮んだ狼を抱きしめるワラド。俺は成獣してからしか見たことがないが、今とは違い灰色がかった銀色をしていたはずだ。
感極まったワラドに突き飛ばされ、横座りするユウナを引っ張り起こしながら、改めてユウナに感謝する。
「チビをありがとう。ワラド助かる」
ユウナは嬉しそうにはにかみ、笑顔を浮かべた。
「ユウナ、ありがとう、ありがとう」
我に返ったワラドも、ユウナに抱きつきながらお礼を言う。
「こら、嫁入り前の娘にそんなに抱きつくものでは無いぞ、離れろ」
「カイさんも本当にありがとうございました。まさか、本当にチビが戻るなんて…」
涙を拭いながら、礼を言うワラドに「良かったな、大事にするのだぞ」と言うと、「当たり前です」っと泣き笑った。
ワラドに抱きつかれたせいか、呆然とするユウナに、俺も見てくれるように改めて頼む。
さっき俺を見た時、何か変な顔をしていたが、一体何だったのだろうか。
「カイ、小さいのついてる」
座り直したユウナが言う。
小さいもの?俺は小動物など、飼ったことが無いし、どういうことだろうか。
「分からない」
「悪い、ちがう。だす?」
ユウナが首を傾げる俺に尋ねる。
「頼む」
頷いたユウナは集中した様子で、俺の肩に手を伸ばした。 胸元に手を戻し、覗き込むと何か呟いた。
小さな風が吹いたかと思うと、ユウナの手にはクルミ大の種があった。
「なんだそれは?」
「わからない」
ユウナも首を傾げている。
これは一体、どういう事だろうか…………
「カイのもの」
ユウナが種を渡してくるので受け取ると、その種はほんのり温かかった。これは……卵の様な物なのだろうか?
検証すると言って、謎がさらに深まる結果となってしまった。
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