蝉時雨響く今日この頃
@yu_ichi_go
第1話
家の1番近い駅から電車にゆられて3時間半。湊川祐(みなとかわ たすく)は母、佑里(ゆり)と共に父の実家へと向かっていた。
暇つぶしに持ってきたゲーム機の充電も切れかけ、する事もなくなった祐は窓から景色をじっと見つめた。
「祐、次の駅で降りるよ。荷物、棚から下ろそうか。」
車内で心地よい声のアナウンスが流れ、外の景色はビルが立ち並び、人々が行き来し、住宅街のあった街とはうってかわり、ビルのかわりに田んぼが並び、人もいず、家はなかなか見かけることのない自然豊かな風景へと変わっていった。
ここへ来ると、祐は「夏だな」と感じるのだ。
無人駅を抜けると白いとは言えない、色あせた軽トラックで祖父が迎えに来てくれていた。
「よく来たね、さぁさ、荷物は後ろに乗せなさい、祐も乗るだろ?」
毎年軽トラックの荷台に乗せられ移動する祐は道路交通法では違反だということを知る由もなく、うきうきと後輪に足をかけ荷台へと上った。
「よし、乗ったな。それじゃあ行くとするか。」
鈍いエンジン音が鳴り出し、ゆっくりと車は走り出した。体にあたる風はゆっくり走る祖父のおかげでさらさらと心地よかった。がたがた道を走る音も、蝉の煩いほどの鳴き声も耳には入ってこなかった。まるで音が消えたように、風だけを感じていた。母や祖父は車内で一緒に来られなかった父のことを話しているのだろう。そんなことを思いながら祐は目を閉じた。
「うおっ、びっくりした」
がたん、と、大きい揺れで祐は目を開いた。祖父の家が近くなると道はコンクリートではなく、あぜ道となるのだ。きっと大きいくぼみのせいで車が跳ねたのだろう。
周りを見渡すと、ところどころに家が見えるようになっていた。山ばかりなのに変わりはないが。そんな山を眺めていると、長い階段らしきものが目に入った。
「あれ、階段なんて去年はあったっけ。」
そんな呟きも車の走る音でかき消されていった。
コンコンッ
音のした方を見れば母がこちらを見ていた。もう着くよ、と言っているのだろう。聞こえはしないが口の動きがそう言っていた。祐は右手の親指と人差し指をくっつけOKサインを出した。
木々に囲まれた道を通り、ようやく祖父の家へとたどり着いた。
車が止まり、祐は車から飛び降りた。車から降りてきた2人は荷台から2人の荷物を持ち上げ家の中へと入っていった。
「祐。早くおいで、家に上がらせてもらおう。」
荷台から降りて1歩も動いていない祐に母は声をかけた。はっ、とすると急いで母の元へと駆け寄った。
「いらっしゃい、遠かったねぇ。ゆっくりしていきなさいね。」
家に入ると、祖母が玄関で迎えてくれた。
「こんにちは、お元気そうで良かったです。雅隆(まさたか)さん、明後日にはこちらに帰ってこれると言っていましたよ。」
「私は雅隆よりも佑里さんとたっくんに会いたかったのよ。一年ぶりですもの、楽しみにしてたんだから。」
と、2人は玄関で話していた。
「たっくん、いらっしゃい。疲れたでしょう?冷凍庫にアイスが沢山あるからお食べ。」
アイスという言葉を聞いて、祐は目を輝かせた。お邪魔します、と言ってから走って台所まで走っていった。後ろで母に靴を並べなさい、と言われているのにも気付かずに。
靴を並べてから、祐は扇風機の前で蜜柑味のアイスキャンディーを頬張っていた。祖父母にとって孫はあと5人いるのだが、なかなか会えることもなく、唯一毎年やってくる祐はとても可愛がられていた。
「次はりんご味がいい!」
「いいよ、持っておいで。」
そんなこんなで、祐は4本目となるアイスを取りに行った。
「祐、アイス食べるだけじゃなくて持ってきた宿題し始めなさいよ。」
できればその言葉は聞きたくなかった。母によって鞄に入れられていた夏休みの宿題には手をつけず、ゲームで遊ぼうと思っていたからだ。
「どうせゲームばっかりするつもりでしょう?充電無いんだし、ほら、丁度いいじゃない。」
母にはバレバレだったのだ。仕方なく、算数でもしようと鞄に手を伸ばした。
その時、来る途中に見つけた階段が気になった。家からはそんなに離れていない場所にあったため、子供の足で10分程だろう。
「母さん、僕散歩してきていい?帰ってきてから宿題するからさ。」
「あら、珍しい。ゲームより散歩の方がいいわ。いってきなさい、帽子、忘れないようにね。」
祐は、持ってきた帽子を被り、いってきますと元気よく家を飛び出した。
8分くらいだろうか、ようやく目的の階段の前までやってきた。入口は木で見えにくくなっていた。さっきはよく見つけられたな、と、祐は自画自賛しながら階段を登っていった。
何段あるのか分からない子供にとっては長い階段を登りきるとそこには鳥居が沢山並んでいた。色あせていない綺麗な赤色をした鳥居は、こっちにおいでと言っているようだった。
それに引っ張られるようにして、祐は足を進めていった。1歩ずつ、疲れて重くなる足を上げながら地面を踏みしめて進んだ。
しばらくすると最後の鳥居を抜けたようで、そこは小さな祠、木製の手作りブランコがあるだけで他は何も無い場所だった。気づかなかったが蝉が耳を覆いたくなるほどに鳴いている。
「遠かったのに、なんだ、何もないじゃん。」
祠の前までくると、随分昔に作られたのだろう。ボロボロでとても神様を祀るものとは思えなかった。
帰ろうと思い、ため息をつくと、
「まぁ、大きなため息ね。幸せが逃げますよ。」
はっ、として後ろを振り返ると、花柄のワンピースに白い靴下、白い肌に映えるように黒い肩につかないくらいの髪の毛。目はくりっとしていて、唇は花びらのように小さく赤い色をしていた。
「君。いつから…」
蝉の鳴き声のせいだろうか、足音もせずに現れた少女に驚くばかりだ。
「ここに来たのはついさっきよ。知らない子がいるんだもの、ビックリしちゃった。」
ふふふ、と笑う少女は大人びていて胸が大きく波打った気がした。
「あなたはおいくつ?」
「ぼく9才。小学3年生だよ。」
一瞬首をかしげた少女は、すぐにニコッとして、
「私は10才よ。少しお姉さんね。」
と言った。
「あなた、引っ越してきたの?」
「ううん、おじいちゃんの家に来たんだ。1週間だけだけどね。」
「そうなんだ、ねぇ、せっかくこうして出会えたんですもの、お友達になりましょう?」
白い手を前に出し、少女は微笑んだ。きっと握手しようと言うことなのだろう。その手を握り返し、
「僕も友達になりたい。よろしく。」
「そうだわ、明日のお昼ご飯を食べたらまたここに着て?一緒に遊びましょう?」
祐はもちろん、と少女に小指を差し出し約束をした。
また明日、と先に帰った少女を見送った祐は、一緒に帰ればよかったと思い追いかけたのだが、とうとう出口まで追いつくことはなかった。
「すごい、足速いんだぁ。」
呟いた祐の声は蝉が静かになり始めた薄赤い空へと吸い込まれていった。
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