白銀に眠る世界

篠岡遼佳

白銀に眠る世界

「――もう、ホウキに乗ってきたの? 校則違反よ、葉多墨はたずみ菜子なこさん」

 そう言うと、ベッドの上の彼女は音を立てて本を閉じた。

「ごめん! だって面会時間ぎりぎりになりそうだったから……先生たちには内緒ね、杏佳きょうか

 そう答えるのは私だ。扉を閉じながら、手でも謝ってみる。

 私が菜子、相手が参野さんの杏佳。幼なじみ同士で、通ってる魔法学校も同じ。こうしているのも、腐れ縁ってやつだ。

「でもやっとできたの! 杏佳に早く見せたくて、看板通り突っ切ってきた!」

「また!?」

「出たよ、最速、13秒フラット」

「! それはすごい、けど、まったくあなたはほんとに……」

 ふわふわロングの髪を揺らしながら、首を振る杏佳。だが、あの通りを超スピードでホウキに乗っていくのは、学生のたしなみみたいなものだ。大したことはない。すぐに顔を変え、こちらに身を乗り出す。

「――で? 出来たって?」

 私はホウキをベッドの側に立てかけ、すぐ側の椅子に座った。

「うん、呪文の韻の踏み方、やっぱり私のやつの方が合ってた。ラスト、引き込むように言う方がいいってのは、杏佳の言うとおりだったけどね」

「ま、一勝一敗ってところね。ともかく聞かせて、音は……」

「大丈夫、合わせてあるから、すぐ唱唄うたえるよ」

「OK、聞くわ――どうぞ」

 この世界では、呪文は唱えるものではなく、唱唄うたわれるものだ。

 多くの母音を高低と抑揚で使い分け、空間に共鳴させるように大きく唄う。

 唱唄うたいはじめると、すぐに光が騒ぎ出す。まずはすべてを司る光の粒を集めるのが基本だ。

 そして二小節目。光に指示を出す。寒さへと変化するように。

 寒さは三小節目で雪となり、最後の四小節目に"おいで"と囁くと、開いた私の手に小さな花が咲いた。

 すっと姿勢のいい姿と緑、雪を固めた薄い花びら、そして何よりも白い色。

 雪の花だ。

 どこにもない花がここに生まれた。魔法で出来た、私たちが創った植物だ。

 寒さを呼んだからか、雪は病室の天井からもいくつか降り、ホウキの上にちょこんと乗って、消えた。

「――完璧!」

 杏佳は眼鏡の下の瞳を細める。やった、この笑顔が見たくて、いつも頑張ってしまうのだ。

「やったね。三ヶ月もかかっちゃったけど、大成功!」

 私は小さな皿を宙から取り出して、それを冷たくしてから雪の花を移した。

「あなた、ほんとうにやり遂げたのね」

「そうだよ、へへっ、どうだ!」

 サムズアップしてみせると、杏佳は眉を下げた。

 ……あれ?

「あなたのその才能は本物だと思う。唄のうまさもね」

「ふふん、もっと褒めてもらってもいいんだよっ」

 私はそうおどけてみせるが、杏佳の瞳は潤んでいる。

「どうしてなの? 次の冬には、あなたはもう居ないなんて」


 窓の外も雪景色だ。かかったカレンダーは六月だというのに。

 ――いつからだろうか?

 私が小さい頃には、夏はまだあった。

 杏佳と食べたアイスの味がチョココーヒー味だったことをちゃんと覚えてる。

 それがこの数年で急に世界は変わった。

 学生の私程度が新しい生物を作れるほど、この世界は魔法の力が強くなっている。

 魔法を使うことによる世界の変化だというのが一般的な説だ。

 科学と魔法、二つの力は同じ量は使えない。そういうことだそうだ。

 

 そして、眠り続ける人が出てきた。

 彼らは眠りに落ちる時間が段々と長くなり、一年と経たず最後は目覚めなくなる。

 その病気は世界中ではじまり、おそらくは科学の力でより強く生きていた人間から、眠っていく。白く塗りつぶされる世界へと。


「大事な人と笑って話せなくなるのが、悲しいと言ってなにが悪いの!」

「杏佳、そう言ってくれることはうれしい、うれしいけど……でもさ、仕方ないことだってあるんだよ」

「――バカ、菜子は"ばかなこ"よ、もう、ほんとに……」

 この話をすると、泣いてしまうのが杏佳のかわいいところだ。

 私は彼女の長い髪を梳く。ウィッグの感触はやっぱり違和感が強い。眼鏡だって、近くに寄ればわかる、伊達眼鏡だ。


 彼女にはここで、いつも学校帰りに、ちょっと私の役をやってもらっている。

 そして私は、目覚めていられる今のうち、一時間少々の時間を手に入れ、ホウキでグレーの空をぶっ飛ばす。

 友達との記憶として、二人で新しい生物を創ることだってする。

 私は満足しているのだ。

 ただ、友達を泣かせてしまっていることが、とても悲しい。


 世界はもしかしたら、このまま魔法の世界になるのかも知れない。

 私たちは、眠り続ける状態になったら、大がかりな魔法で時の流れを緩め、棺で眠る。

 でも、いつか目覚める日も来るかも知れない。

 ――そのときはきっと、春なのであろうから。


「じゃ、今日はおやすみ、杏佳」

「――おやすみ、菜子……」


 春の空の下、雪の花咲く草原で、駆け出す未来を、夢見ている。



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白銀に眠る世界 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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