第二十四話 父の意図
「麦の取り引きが停止されたことで、現状の備蓄量では拙い……という認識で良いのかしら?」
無言のバルドルに対し、ウルドは分かりきっている言葉を苦々しい気持ちで口にした。
「申し訳ございません」
ウルドとしては、バルドルが悪いなどとは未除塵にも思っていない。それでも彼は、従者として謝罪の言葉を口にするより他ないのだ。
「お父様と交渉するしかないのかしら」
「それは……」
イスベルグ侯爵領は、王国一と謳われる麦の生産地であった。
「少し考えるわ」
バルドルを下がらせたウルドは、横長のソファに仰向けでだらしなく横たわり、手首で目を覆うように腕を置き、視界をそっと塞ぐ。
いつもなら、『ドレスが皺になる』と口煩く言うナンナも、今回は何も言わずにそっと佇むだけであった。
ウルドは考える。
父である侯爵は、金儲けに執着する人間ではない。彼が執着しているのは、名声や栄誉である。
その父は、娘が何れ王妃になることを殊の外喜んだ。しかし、その娘が社交の場で悪態をつき、イスベルグ家の名が地に落ちた。
何より名声を欲し、外聞を気にする侯爵は、娘の悪評に辟易してしまう。それでも第二王子との婚姻が成立してしまえば、何れ王妃となり、地に落ちた評判も挽回できると考えていた。
しかし娘は第二王子に、『どうにかしてお前との婚約を解消する』などと言われてしまう始末。しかも、娘はそれを受けて立つような発言をしている。
そこで侯爵は、娘を窮地に追いやり、自分に従わせようと考えた。それが、ノルン領を立ち行かなくさせる作戦だろう。
これまでの経緯を考え、ウルドの導き出した答えはあながち間違っていない、と彼女自身は思っている。
元家宰のナリがいつから父に従っていたのか? 他に内通者はいるのか? 他にも問題が多々あるノルン領。ウルドは、何を何処からどう手を付けるべきか、混乱する頭で考えるてみるも、簡単に答えが導き出せないのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「現状はどういった感じなのかしら?」
「ご報告いたします」
鉱山町にいる元家宰のナリ。その息子であるナルヴィーが、父のナリを観察した結果を報告するために領都へ戻ってきていた。
報告によると、少々時間を要してしたが、ナルヴイーはナリに取り入ることができたようだ。
ナリは単独で侯爵家と取引をしているらしく、ナルヴイーには『くれぐれも他言するな』と釘を刺されているらしい。
それとなく協力者がいないがか探ってみても、そのような存在はおらず、本当に単独で裏切っている、とナルヴィーは結論付けた。
そしてナリ曰く、現状は様子見の段階で、敢えて侯爵家との接触を絶っている状況とのこと。
なので、動きのないナリの監視をしつつ、過去の所業を探っているので、何か分かれば逐一方向を飛ばす、とナルヴィーは言う。
「そう。――それと、
「選定に少し時間がかかっておりますが、問題ありません」
「では、引き続きお願いね」
「お任せくださいませ」
ナルヴィーの話しを聞いたウルドは、父がちょっかいを掛けてこない今のうちに、
「ナンナ、王都へ向かうわ。用意をしてちょうだい。――あっ、その前に、フレク様のところへ伝言をお願い」
「かしこまりましたぁ~」
なぜだか分からないが、ウルドがフレクと関わらろうとすると、ナンナの機嫌が良くなる。そのことをウルドが聞いてみたが、「むふふぅ~」とニタニタするだけで、ナンナが答えることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これから王都に向かう予定ですので、暫く顔出しはできなくなります。ですので、何かございましたら家臣に申し付けてくださいまし」
「いやいや、こうしてのんびりできるだけで僕は十分だから、そんなに気を遣ってくれなくても大丈夫だよ」
王都へ向かうことを、わざわざフレクに伝える必要などないのだが、ウルドは当然のように報告していた。それこそ無意識下での行動だ。
その様な行動により、暫くフレクに会えない寂しさを感じつつ、早く面倒事を片付け、さっさとノルン領へ帰ってこよう、とウルドは我が心に誓う。
「それにしても、ノルン領の気候は僕の体との相性が良いようだ」
「そのようですね」
色白を通り越して常に青白かったフレクだが、最近はなかなか健康的……とまでは言えないが、以前よりマシな顔色をしている。
「僕も手伝えたら良かったけど、何もできそうにないからね。相性の良いノルン領で静養することで、一日でも早く体調を整えることに専念するよ」
「そのお心遣いだけで結構ですわ。わたくしの問題はわたくし自身でなんとかいたしますので、フレク様はごゆるりとお休みいただき、お体ご自愛くださいまし」
細かい内容は伝えていないが、『少々問題が起きた』とだけ伝えただけのなんてことのない些細な遣り取りだが、これだけでウルドのやる気は漲った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「部屋の支度は?」
「できております」
「そう、ありがとう。後はナンナたちに任せて、
「…………」
王都へ赴き、侯爵家に着いたウルドは、侍女長に自室の確認をすると、うっかり嫌味を含んだ言葉を発してしまった。
とはいえ、侯爵家で自分の専属以外の従者を使うと、むしろ面倒なことになる可能性があるため、何もしてもらわない方が気楽なのだから、嫌味ではなくある種のお願いだと言えよう。
「そうそう、お父様は執務室かしら?」
「旦那様はお出かけしております。どちらに行かれているかは存じておりません」
王都に戻って即一悶着、などというのは面倒だと思っていたウルドは、父の不在を知ってほっと胸を撫で下ろした。
「ぬぁ~――」
「ヴェルダンディ様!」
「はいはい、まずは着替えよね」
「お分かりなのでしたら、ベッドに飛び込む前にお着替えを済ませてくださいな」
毎度の遣り取りをナンナとしていると、王都で諜報活動しているクノッチがやってきた。彼女は一通りの挨拶を交わすと報告を開始し、以降は焦げ茶色のポニーテールを一切揺らすことなく、直立不動のまま報告を続ける。
「――以上となります」
「ご苦労さまだったわね、クノッチ」
既にナルヴィーからの報告で、元家宰のナリと父が結託していることは把握済みだ。
そして今回、クノッチの報告で父に取引を持ちかけられた貴族は大凡把握できた。
ただし、農産物を主とした領地持ちとの遣り取りは、ノルン領にダメージを与えるための取引だと分かるが、それ以外の貴族との遣り取りがあることも判明したが、それらの意図が見えない。
単にウルドから奪った銀の売買交渉なのか、それとも他に……。
「クノッチ、お父様が取引を行った貴族のリストを見せてくれるかしら」
「こちらになります」
(農作物に関しては、派閥を問わずに接触しているわね。この辺りは銀関連かしら? 第二王子派が多いっぽいわね。――そうなると、こっちのグループとの接触理由は見当もつかないわ。これらは、第二王子の派閥と関係がない……むしろ第三王子派よね)
「クノッチ、この辺りの貴族がなぜお父様と接触しているか分かる?」
「接触をしている事実は確認しておりますが、内容に関しては存じておりません」
「そう。であれば、接触理由を調べてちょうだい」
「かしこまりました」
クノッチを下がらせたウルドは暫し思案に耽り、出先から戻ったバルドルと意見の摺り合わせをした。
ウルドは以前考えた、『ノルン領を立ち行かなくし、それをチラつかせて言うことを聞かせる』ことを父が画策している可能性を、改めてバルドルに聞かせてみる。
バルドルもその線が濃いと思っているが、今回の第三王子派との接触があったことで、それ以上のことを考えていると言い出す。
バルドル曰く――
第二王子のクズっぷりは広く知られているが、ヴェルダンディは国王夫妻から可愛がられ信頼されている。
そこで侯爵は、将来の王妃となる娘は自分の言いなりだ。自分に反目すると将来大変なことになる、などの脅し的な感じで第三王子派を懐柔しているのではないか。と言うのである。
なるほど、とウルドは思う。
金銭ではなく名誉などを欲する父が、ボンクラ王子が王となり、それを支える王妃が自分の言いなりになる娘であれば、権力を手に入れたも同然で、王国を影で牛耳れることになる。そのための手回しを今からしている、と考えるのは早計ではないだろう。
しかし全ては憶測だ。父の意図が見え隠れしてはしていても、絶対とは言い切れない。であれば、如何に父の本心を知るか、そして先回りして手を打てるかが肝要だ。
下手に資産勝負になるのはきつい。
なにせ、父は金に固執していないにも拘らず、資産は王国でトップクラス。金に物を言わせるのは得意中の得意なのだから。
「では、第三王子派の件はクノッチの報告待ちとして、お父様の対策はどうしましょう?」
「資金力では到底敵いませんので、単純に高く買い付けるという手段はあり得ません」
「領を見捨てるのは論外なのだから、農作物を掻き集めるのも同時に行なわないといけないのよね……」
「いっそのこと、ヴェルダンディ教を大々的に設立し、愚民どもに――」
「それは却下よ」
真剣な話し合いの最中、どうでも良いことを言い出すバルドルの発言を遮ると、彼はとても驚いた表情になった。
ウルドとしては、バルドルが本気で考え、本当にどうにかしようと思っているのは分かっている。だが、方向性が間違っていると常々感じているのだ。しかし同時に、『それもありかもしれない』と、少々感化されつつあるのも否めなかった。
(ダメよダメ! あたしは宗教なんか作っている場合ではないの!)
自分は、楽しく可笑しく毎日を過ごしたい。だからといって、楽な道を探して逃げるのは間違っている。
あくまで目標に辿り着くまで、その過程が苦しくても乗り越えた先にあるゴールを目指すのが自分だ。苦難を楽しいと思えないなら、そんな人生は要らない。
危うく自分を見失いそうになったウルドだが、魔術研究バカだった過去の自分を思い出し、改めてやる気を漲らせるのであった。
ちなみに、宗教を作って教祖になるのは、ウルドにとって逃げであることは言うまでも無い。
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