第二十話 奪われた利権

「あたしの夢……と言うか目標は何でしょう?」


 王宮から侯爵邸に戻ったウルドは、執事のバルドルとナルヴィ、侍女のナンナとクノッチの四人だけを部屋に呼び、少々間抜けな質問をした。


「ノルン領を豊かにし、ヴェルダンディ様が面白可笑しく生活する、ということでは?」

「バルドル正解。しかし、現状は弊害があるの。それは何かしら?」

「フレク様にヴェルダンディ様が恋をなさっている、でしょうか?」

「こ、恋などしていないわ。ナンナ不正解!」

「あぅ……」


 少し慌てたウルドにジト目で見られたナンナは、ガックリと肩を落とす。


「第二王子との婚約……でしょうか?」

「クノッチ正解」


 キリッとした表情のウルドに、ピシッと指を向けられたクノッチは、恭しく頭を下げた。


「あたしはボンクラ……こほんっ、第二王子との婚約を白紙に戻したいの。しかし、現状では無理。では、どうすれば良いと思う?」

「不貞を働く、というのはどうでしょう?」

「ナルヴィーは馬鹿なの?」

「いや、それは……」


 ウルドに冷ややかな視線を浴びせられたナルヴィーは、男性にしては小柄な体なのだが、背を丸めて更に小さくなってしまう。


「それで婚約が白紙になったとしても、あたしの未来は真っ暗よ」

「では、ヴェルダンディ様には何か良いお考えがおありなのでしょうか?」

「良い質問よバルドル。――それは、第三王子を王太子に祀り上げることです」

「第三王子が王太子になっても、ヴェルダンディ様の婚約は破棄されないのでは?」


 ナルヴィーが至極まっとうな質問をする。


「良く気付いわたナルヴィー。ここからが本題よ」


 主の言葉に、従者四人は『最初からそれを言ってくれ』と思っていそうだが、そんなことを言えるわけもなく、大人しく次の言葉を待った。


「以前のヴェルダンディは陛下に高評価されいて、国母として期待されているの」

「さすがです、ヴェルダンディ様」

「ナンナ、それはあたしに対する嫌味かしら?」

「え、いや、違います……」


 失点を取り戻そうと頑張ったナンナは、またもや撃沈してしまう。


「あたしの役目は国母となること。だから、第三王子が王太子となれば、あたしがボンクラと結婚する意味はなくなるの。とはいえ、王家の婚約がすんなり取り消されることはないでしょうから、それでも結婚させられる可能性はあるわ」


 三人の従者はふむふむと頷いているが、ナンナだけは、『えーとー』と考え込んでいる。


「なので、ボンクラとのことはさて置き、まずは第三王子を祀り上げることにするわ。しかーし、第三王子の裏に、反国王派と呼ばれる者達がいるらしいの」

「それでは、後のことを考えると拙いでは?」

「反国王派が言葉通りであればね。でもね、あたしからするとその者達は、無能のボンクラ王子と高飛車なあたしが、後の国王夫妻となって王国の頂点に立つことを危惧している、まっとうな考えを持った方々に思えるのよ」


 ポンコツのナンナ以外の三人は、『なるほど』といった表情を見せる。


「ただ、これはあたしの憶測なの。だから、陛下から聞いた反国王派の貴族を調べて欲しいのよね」

「ヴェルダンディ様のお考えどおりであれば、第三王子を祀り上げる作戦で動くのが正解、ということでしょうか?」

「そうよナルヴィー。そこで、クノッチの諜報部隊を使って、今シーズン中に調べ上げてもらうわ」


 諜報要員の侍女クノッチには、その後に集めた諜報員たちを配下に置き、諜報部隊を任せていたのだ。


「ナルヴィーは今までどおり、ノルン領の方を盤石でより強固な状態にして」

「かしこまりました」

「バルドルはクノッチの情報を元に、過去の貸付などで揺すったり、弱点を突ける者がいたら攻めて頂戴。――ああ、あくまで犯罪にならないギリギリ合法の範囲でね」


 過去のヴェルダンディの冊子で解読できていない帳簿があったが、それが貸付の記録であることが判明した。

 銀行の存在を知らなかったウルドは、ヴェルダンディの個人資産がとんでもないことを知りるとともに、経済制裁ができる状況が構築されていることも知ったのだ。


「ナンナはいつもどおりあたしのお世話ね」

「役立たずでごめんなさい」

「いいのよ。ナンナはあたしの癒やしなのだから、側にいて世話をしてくれるのが一番の仕事なのよ」

「はい!」


 シュンと項垂れていたナンナは、頭を上げながら明るい栗色のおさげを揺らし、くりっとした茶色の瞳を輝かせ、とても良い笑顔を見せた。

 他の三人が嫉妬の眼差しでナンナを見ていたが、適材適所なので仕方がない。

 逆に言えば、ナンナにはそれしかできないのだから……。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ヴェルダンディ様、ノルン領からの知らせで少々拙いことが……」

「詳しく教えて頂戴」

「その前に人払いを……」


 ノルン領との書簡のやり取りは、基本的にナルヴィー任せてある。そのナルヴィーが他の従者を下がらせたのだから、かなり重要な案件であるとウルドは察した。


「銀鉱山の採掘権の移譲が終わったとの報告が届きました」

「…………えっ? どういうこと?」


 聞かされた言葉を、ウルドはすんなり受け入れられず、たっぷり考えても理解ができなかったのだ。


 ナルヴィー曰く、イスベルグ侯爵からの遣いがきて、『娘の銀鉱山の管理をすることになった。速やかに手続きを済ませるように』とのことで、採掘権の移譲の書類にサインをしたとのことであった。


 領地に於いて領主が一番偉いことは誰でも知っているが、領主の父である侯爵であれば、領主より偉いと考えてしまう。

 その領主の父から『娘から管理を任された』と言われれば、『そういうものか』となってしまい、言われるままにサインをして、印を押してしまったのだ。


「これは、侯爵が意図的になさった可能性があります。王宮との手続きが済んでしまうと、ヴェルダンディ様が侯爵から買い取らねばなりません」

「お父様のことだから、すでに手続きは済ませているでしょうね」

「侯爵がヴェルダンディ様に権利を売ることが目的であれば、金銭的に打撃を受けます」


 ウルドは考える。

 自身を嫌っている父は、権利を買い戻させて利益を得るつもりはないだろう。


 ――では何が目的か?


 枯れるまで恒久的に収入を得られる銀鉱山なのだ、それこそ枯れるまで利益を得ようとするだろう。しかも、ただで権利を得たのだから、一時的な所得で済ませるつまりはさらさらないはずだ。

 とはいえ、あの父は王国屈指の財産持ちではあるが、金の権化というほど収入に固執しているわけではない。


 考えたところで、父の目的がますます分からなくなるウルドであった。


「今回は仕方ないにしても、今後はお父様からの命令には一切従わないように、領地の者にしっかり教育しないといけないわね」

「我々平民からすると、貴族の命令は絶対ですが?」


 貴族に平民が逆らえないのは、ウルドは重々承知している。だが、内政干渉は許されない。とはいえ、現状はこれ以上の被害を防ぐ、という消極的な対応しか思い浮かばないのだ。


「領主とは、領地においては王様なのよ。それを他国の王である侯爵の指図を受けるのはおかしいの。だから、失礼のないようにするのは当然としても、権利などに関するものは、いくら貴族からの命令であっても受け入れてはいけないわ」


 ナルヴィーに言っても仕方のないことだが、まずは側近から教え込む。それから順を追って、他の者にもしっかり教育すべきだ、とウルドは考えた。


「とにかく、ナルヴィーはノルン領に戻って、今後はこのようなことがないように、しっかり報告と教育をしてきて頂戴」

「かしこまりました」


 ナルヴィーを送り出したウルドは、ナンナに淹れて貰ったお茶を飲みながら、少し考える。

 銀鉱山の存在は、そのうち父に知られることは考えていた。ただし、想定よりは早かったのだが、その誤差は問題視しない。だが、このような強攻策に出てくるとは予想していなかった。

 結果的に、自分の認識や家臣の教育が甘かったことが判ったのだが、少々、……いや、かなりお高い授業料となってしまったのは悔やまれる。

 採掘権の移譲と言えば聞こえは良いが、詰まるところ、利権を奪われてしまったのだから……。



「バルドル、銀鉱山からの収入は、地主としてどれくらいを見込めるの?」

「三割から五割が相場です」

「あのお父様が五割も寄越すわけないわよね。となると、他で収入を得なければならないわ」

「ヴェルダンディ様の個人資産で賄えますが、それでは尻すぼみですからね」


 鉄製農具で農地が安定しても、銀での収入を補えるものではない。しかし、銀鉱山はウルドが発見したことで棚ぼた式に増えた収入源のため、絶望的な状況ではないのだが、成長速度が大幅にダウンするのは確かだ。


「他領との外交に関しては?」

「銀の取引ができなくなったのは痛いです」

「他の物では駄目なの?」

「強気に出られる物がノルン領にはありませんので」

「直接的な貸付は?」

「第三王子関係ですと、困窮している貴族は思いの外少なく……」


 単に貸付から利益を得るのではなく、第三王子周りを経済的に縛る作戦のため、バルドルの言葉にウルドは肩を落としてしまう。


(あの親父は、ホント余計なことをしてくれたわよね!)


 ただでさえ面倒な作戦を開始したところで、いきなり父から横槍を入れられ出鼻を挫かれたウルド。彼女はかなりストレスが溜まっているのだが、今夜は更にストレスの溜まる予定が入っていた。


 ちなみ、第三王子を担いでいる貴族は、大半がまともな者たちであることが判明したため、そのまま担がせておきつつ、反国王とならないように手綱を握る方向で考えているウルドであった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「大伯父様、本日はお招きいただき、大変嬉しく存じます」

「おうヴェルダンディ、久しいのう」


 ヴェルダンディの亡き祖母は、三代前の国王の孫である。そしてヴェルダンディの祖母の兄はまだ存命しており、現役の公爵家当主だ。

 今夜は公爵家主催の夜会に、第二王子との同伴で招かれたヴェルダンディは、嫌々ながらも参加していたのだ。


 主賓である第二王子は、普段ならばヴェルダンディと一緒の夜会には参加しない。

 だが、公爵は王国の重鎮であり、国王の母方の祖父である超大物だ。

 父である国王でさえ強く出られない公爵からの招待であれば、さしもの第二王子も得意な仮病が使えず、今夜は珍しく参加していた。しかし、当然ように仏頂面で主賓席に座っているだけだ。

 その横で笑顔を浮かべているウルドは、最早ボンクラ王子との仲がどう思われるのかなど二の次で、自身の評判を上げることだけを考えていた。


「おい、氷の魔女」

「なんです殿下?」

「そのニヤけた気持ち悪い顔を止めろ」

「殿下との婚約が正式に発表され、初めて夜会に同伴しているのですよ。愛想の一つや二つくらい振り撒くのは当然ですわ。次期国王と呼び名の高い殿下こそ、少しは外面良くしてくださいまし」


 チッと舌打ちしたボンクラ王子に対し、『舌打ちしたいのはあたしの方よ!』と思っても、ウルドはそれをひた隠し言動に出さない。


 結局この後も、第二王子は終始仏頂面のまま夜会を終えたのであった。

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