幸福代行サービス
カメラマン
前編 初の依頼はデート代行
「幸福代行サービス 一人娘の背中流し 可愛い彼女と初デート なんでも代行致します!」
オレンジ色の目立つ1メートル四方の看板に、意味のわからない文章がポップな書式で書かれている。白がイメージカラーの
看板の右下にはピエロがいて、ピエロの吹き出しには「この先50m」と記してある。僕はアルバイトを探していることもあって、この先50mに足を運ぶことにした。こんな意味がわからなくて異質なアルバイトができたら、愉快に違いないからだ。
ジリジリと、どこからか
若干の恐れはあったが、僕は単純な興味から中に入ってみることにした。インターホンがなかったので、ノックをする。すると、中から快活で
「はい、こんにちは。おや、どうされました? 」
「あ、えーっと……。」
突然目的を聞かれたために、僕はおどおどとするだけで何も言えなかった。そんな様子を見かねてか、男は笑顔で言った。
「サービスのご利用ですか? それとも、アルバイトの募集をご覧いただきましたか?」
「あ、バイトしたいかな。なんて。」
「そうですか、ありがとうございます。 どうぞおあがりください。」
僕は少々戸惑ったが、男に促されたので建物へと入った。建物の中の空気はクーラーが効いていて気持ちいい。中を見渡すと、建物は学校の教室の半分ほどの広さで、内装は一般的な事務所といった印象だ。対面のデスクが6つほど置かれており、それぞれにパソコンが配置されている。男のほかに職員は3人いて、全員が神妙な面持ちでパソコンに向かっていた。男は1番手前のデスク脇に、別のデスクから椅子を引っ張ってきて、僕に座るよう促した。
「いやあ、暑い中ご足労様です。私、社長をしております、本郷と申します。本日は、アルバイトのご希望ということで。こういうのは電話を入れてから来るんですよ? ハハハ、まあうちみたいな業者では構いませんがね。」
本郷は40代くらいの小太りなおじさんで、その風貌や語り口からは虫も殺せないような穏やかさを感じる。仏のような笑顔には張り付いた不自然さが無くて、何を言われても信用してしまいそうだ。本郷は僕に向き合う形で椅子に座りながら、口を開く。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あー、
「茅野くんね。よろしくお願いします。」
本郷はもともと垂れている目をさらに垂れさせて、挨拶をした。気づけばデスクに置いてある紙に、色々とメモを始めている。僕は何よりの疑問を口にしてみる。
「あの、そもそもなんですけど。幸福代行サービスってなんですかね?」
「おっと、ご存知でなかった。アルバイトをしたいのに。ハハハ、困ったなー。」
本郷はやれやれと後頭部を掻いた。パソコンに向かっていた眼鏡の女性職員が少しこちらを見た気がする。
「……すみません。」
「いいんですよ。では、ご説明いたします。 まず、幸福代行サービスとは、その名の通り、お客様の幸福体験を我々が代行して差し上げるサービスです。具体的には、数年ぶりに帰省した一人娘に背中を流してもらうことや、大恋愛の末に結ばれた恋人とのデート代行などですね。では、なぜそのようなことをするのか。信じられないかもしれませんがね、世の中には幸福を体験しすぎて、幸福に飽きが来ている方がいるのですよ。そうですねえ、例えるなら、美味しい食べものを毎食食べ続けてしまったために舌が肥えて、食事への感動が薄れてしまったような感覚です。そのような方達に、幸福の味が薄れぬようにして差し上げるのが、我々の役割なのです。……まあ、最近では我々のサービスを利用することが幸福の象徴のように扱われるがためにご利用くださる方もしばしばいます。」
「なるほど……。」
話の中腹くらいから、僕は顔と膝の裏に熱を感じ、
「ぜひやらせてください!」
「おお、元気がいいですね。わかりました。ちょうど人手が足りていなかったので、やっていただきましょう。今日は手続きをしていただいて、明日は履歴書を持参の上で、初めての業務を行っていただきます。そうですね、手始めにデート代行をこなしていただきますよ。」
「わかりました!」
キーボードを叩くカタカタという音の中、僕は幸福代行サービス業者でアルバイトをすることになった。20分ほど書類を書き手続きをし、本郷と他の職員に挨拶をして帰った。本郷は玄関の外まで見送りにきて「いやあ、仲間が増えて嬉しいなあ。」と笑みを浮かべていた。奇妙なまでに丁寧な見送りだった。
最初の依頼はデート代行。おそらく、女の子とのデートを代行するのだろう。未知の世界ではあるが、僕は期待に胸を膨らませずにはいられなかった。
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