一週間後、山口泰典は検察庁に身柄を送られた。その二日前に退院し、じっくりと取り調べを受けての送致だった。殺人未遂の重い罪名である。

 杉原奈津代と河村忠広もすでに送検済みで、拘置所でそれぞれ検察官の調べを受けている。河村はやっと喋り始めているらしい。

 山口紫乃と杉原信一刑事は順調に快復しており、紫乃は退院も近いらしい。

 杉原刑事は病室から辞表を提出し、依願退職が認められた。懲戒免職もやむなしと頭を抱えていた幹部たちは、一瞬ではあったが安堵のため息を漏らした。

 事件は警察の手を離れた。しかし当事者たちにとっては、まだなお長い苦悩は続く。


 それからさらに一週間が過ぎた。

 その日の午後、芹沢は家庭裁判所の前にいた。強行犯係の刑事である彼にとってはあまり馴染みの深い場所ではない。相変わらず絶望的に長い勤務中に訪れるのは、もっぱら地裁ばかりだ。

 それでもわざわざ足を運んだのは、今日、ここで生島修の最後の審判が行われるからだ。

 厳密に言えば、芹沢は生島修の一件から外れたはずだった。

 その直後に杉原の事件が起こり、正式に引き継いだ少年課が手薄になったために何かと関わりを持たされてきたが、彼にはもはや捜査担当者としての責任はないはずだった。

 だから、生島修が父親を刺した罪をどう償うよう告げられるのかを見届ける責任も、芹沢には一切負わされていないのだ。

 それでも彼は今日、ここへやって来た。審判開始予定時刻まであと十分。余裕で間に合う時間である。

 彼はもう一度家裁の建物を見上げてから、ゆっくりと足を踏み出した。頬を切るような冷たい風が、よく晴れた空から足もとに走り抜けていった。

 玄関の階段を二つ上がったところで、芹沢は顔を上げてまっすぐ前を見た。入口の小さなホールの中央から左右へと、石造りの階段がゆったりした曲線を描いて伸びている。その壁には、数個の文字と矢印の書いた表示板らしき白い板が貼り付けてあった。

 つまり、ロビーを入ったどこかにあるだろう受付か、あるいは案内板のようなもので生島修の審判が行われる部屋を確認しなければならないということだ。至極当然のことだった。

 その作業をするのが、芹沢は突然面倒になった。

 彼はその場で立ち止まった。


 ──杉原さん、俺にはあんたと同じことはできないよ。


 みんなが俺のことを、あんたが全幅の信頼をおいた後輩みたいに言うのは分かってる。人嫌いの俺が、あんたにだけは素直だったことも否定はしない。だけど、そんなあんたが辞めてしまったからって、俺があんたの意志を継いで同じようなことができるかって言うと──それは無理な話だ。俺にはあんたの真似なんてできない。

 そう、俺は俺だ。事件に関わった人間のフォローもできなければ、そういう連中と一緒に身を滅ぼす気も毛頭ない。

 芹沢はくるりと後ろを向いて階段を下り、たった今くぐってきた門に向かって歩き出した。

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