ボクと歯車と賢者の石

@kamishiroyaiba

プロローグ  『ボクが賢者の石を求めるわけ』

「なあソニア。こういうのどうだ? 高く売れるかな?」


少年はソニアという少女に、スクラップの山の中から見つけた、蒼い輝きを放つ歯車を見せた。

 彼らがいる、この貧民街と呼ばれる場所には、スクラップ――金属製品の廃棄物の宝の山だ。

 今日のように、二人は度々この街で宝探しをしているのである。


少年は、痩せ細っていた。

髪は銀髪で後ろで結ばれており、澄んだ目をしている。

 小男ながら鉄鎚かなずちで打ち固めた様な骨柄で、服はいつ作られたのかは見当もつかないが、いずれにせよそれが作られたときから既に流行遅れだったのではないかとおぼしきウールのスーツには、防虫剤の匂いが微かに漂っていた。


 だが、彼が金銭的に貧しいようには見えない。新しい服を買うこともできたはずだ。

 それは彼が、平民にも関わらず魔法学院に通っている為に他ならない。おそらく、私服を買うだけのお金を持っていないのだろう。それは、ここ――貧民街にいることからも明らかだ。


「そうね……色は結構良いと思う。でも……これじゃ駄目よ、エリック。裏をよく見て」


 そう言われてエリックは、歯車の裏をじっと見つめた。

 特に変わったところはないように見えるが、じっくりと見てみるとわかる。とても小さなひびがはいっている。


「ほ、ほんとだ……。よく見えたな…………」


 エリックは、呆れ混じりにそう呟いた。

 するとソニアは、深い驚きを吐き出すようにため息をついた。


「エリックは知らないんだよね、私の正体を……。特に聞く必要はないと思うんだけど、聞く?」


 エリックは息を呑み、ゆっくりと静かに頷いた。


「――私、人間じゃないんだ」



 突然だが、この世界には十二の種族が存在する。


 万能性に優れる『人間族フィットネス』。


 高い魔法適性を持つ『森精族エルフ』。


 高い身体能力を持つ『獣人族セリアンスロプ』。


 高い工業力を持つ『地精族ドワーフ』。


 高い演算能力を持つ『人機族ヒューマノイド』。


 海中を生活の場としている『人魚族マーフォーク』。


 魂を吸うことのできる『吸血族リーチ』。


 高い光属性への魔法適性と翼及び光輪を有す『精霊族エンジェリオン』。


 高い闇属性への魔法適性と複数の心臓を有す『悪魔族フィーンド』。


 『咆哮ドラゴロア』と呼ばれる種族固有攻撃を持つ『古龍族エインシャント』。


 巨大な身体を有す『巨人族ギガント』。


 長い寿命を持つ『小人族ホビット』。



 ――エリックは考えた。

 果たしてソニアは何族なのか? 

 まず分かるのは、ソニアは魔法を使えて、光属性の魔法適性が高いということだ。

 種族を誤魔化すのに、光属性魔法ほど相応しいものはないだろう。光を曲げれば、変身したり、透明化することだってできる。

 


 ――と、いうことは精霊族エンジェリオンか……?



 その可能性が現在、最も高い。

 それに人類は、多種族の攻撃の的となり、何千年もの間、苦しめられてきた。

 それ故、多種族に対する憎悪も深い。吊るし上げられる可能性だって、十二分にある。


「お前、精霊族エンジェリオンなのか……?」


 素直に、おそるおそる、エリックは尋ねた。

 ちがうわ、とエリックの考えはあっさりと否定された。


「私は……人機族ヒューマノイドなの」


 ソニアの瞳には、エリックに対する申し訳なさがにじみ出ていた。


 エリックが改めて、ソニアを見つめた。


 フードを被っていて、髪の色は分からない。

 いつまでも幼い顔の抜け切らない顔立ちだ。

 ローブのせいで顔以外の肌は見えないが、肌の白さはほの暗い部屋で銀色に光るだろう。

 小柄に引き締まった若々しい体は、彼女の可愛さを一層強くする。

 しかし一番は顔だ。とにかく美しい。

 なんといっても、どんな風にしても美しい。そうして可憐だ。

 男をひきつける所がある。マリアのような目顔の形。ビーナスのような目。いやでも全てに惹かれてしまう。


 そう考えれば、彼女が人機族ヒューマノイドだというのも、なんら不思議ではない。

 このと同等の美しさを持つ人間が、他に何人いるだろうか。おそらく、百人もいないだろう。

 そして、惜しいと思った。彼女が創造物だなんて、思いたくもなかった――。


「隠していてごめ…………」


 ソニアの謝罪の言葉は、途中で終わった。

 見ると、人間で言う腹の上部辺りが、穿たれていた。


 後ろには男がいた。

 とてもとても毛深いごつごつな毛を持つ男だ。人間ではない。一目で分かる。

 ――地精族ドワーフだ。

 

「ついにやったぜぇええええ――ッ!」


 地精族ドワーフが嬉しさのあまり、天に向かって咆哮する。

 彼は、その手に握り締める黒い得物――拳銃を震わせて呟いた。


「へへへ……一ヶ月もつけてた甲斐があるってもんだぜ」


 エリックはただ呆然と、倒れるソニアを見つめながら立ち尽くしていた。

 おそらくまだ、死んではいないと思うがじきにソニアは死ぬだろう。

 人機族ヒューマノイドはエネルギーを運送する回路が切断されれば、全活動を停止する。

 人機族ヒューマノイドを構成する部品パーツは、人はおろか、地精族ドワーフでも造ることができない。その部品パーツは特殊な金属でできていて、その正体は今も不明、との話だ。


 エリックに気づいたのか、お? と、彼に話しかける地精族ドワーフ


「お前、人間だろ。なんで、この女と一緒にいたんだ?」


 と、地精族ドワーフが倒れ伏したソニアの頭を蹴る。 

 ――怒りがふつふつと湧き上がってくる。



 ――ソニアの仇を討ちたい。この男を…………



 無理だった。エリックはそこまで、勇気のある人間ではなかったのだ。

 代わりにエリックに取れる最善の行動は、逃げることだった。


 「う、うわぁあああああああ――ッ!」


 とにかく走った。これ以上走ったことがないと思うほど、走った。

 地精族ドワーフはエリック目掛けて銃弾を撃ち込んできたが、それでも走った。

 人機族ヒューマノイドであるソニアの機体を貫いた弾丸だ。直撃していたら、人間であるエリックの命など簡単に奪えただろう。

 だが、運が良かったのか、地精族ドワーフの弾丸は、精々彼の体を掠る程度だった。

 そしてそのまま、エリックは安全が保障されている街まで走って逃げた――。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 あのとき――五年前、エリックは逃げた。怖くてがたがた膝を震わせ、少女を見捨てて逃げたのだ。

 それをエリックはずっと、悔いてきた。悔やんで、悔やんで、それでも悔やみきれなかったのだ。


 幸いなことに、彼女ソニア人機族ヒューマノイド

 つまり、部品パーツを直すことができれば、彼女は蘇る――。

 

 そのために必要なのが、『賢者の石』だ。

 『賢者の石』は万物を創造する力を持つという。


 エリックは誓った。

 彼女を蘇らせるためならば、喜んで悪魔に魂を売ると――。



 ――俺が必ず、お前を……救ってみせる。



 そう誓って、エリックは長い長い冒険の旅に出た。

 『賢者の石』がこの世界のどこかにあると信じて――。

 





 


 

 

 


 

 

 

 


 


 


 


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