それでも笑って生きている

等々力 澪

幼少期.幼稚園時代

なにかを蹴っているような鈍い音が、断続的に聞こえる。

その音によってわたしは起きた、というか起こされた。まだ目がぼーっとして、焦点が定まらないものの、部屋が真っ暗であるということは 自分が寝てからそこまで時間がたっていないのだ、まだ夜なのだとわかった。「こんな夜中になんのおとだろう…」

そう思った直後、父の大きな怒声が家を突き抜けた。初めてのことではなかった。それでもあまりの恐怖にその瞬間涙が一粒こぼれた。必死に止めようとするが、こみ上げてくるのを抑えられない。頭にあったのは怖い、嫌だ、怖い怖い…という恐怖心。

今考えてみても父が何について怒っていたのかは覚えていないし、わからないし、わかりたくないけれど、ただただ"父が怒っていること"が怖かった。

とめどなく溢れる自分の涙が父に気付かれれば…つまりは、肩を震わせて泣くわたしの存在が父に気付かれれば次の標的はわたしだ、と幼いながらも確信していた。今度はこんな時間になぜ起きてるんだ、なんて怒鳴られると決まっている、と。

涙でぼやけ、物と物との境界線が消えた視界の中でそう考えた。

声を押し殺し、枕で頭を包み、布団を わたしを覆い隠すようにかぶって、自分の意識が無くなるまで心の中で「大丈夫」と唱え続けた。

手で耳を抑えているのにも関わらず聞こえてくる うんざりするぐらい五月蝿い蝉の声、とと止まらない父の罵声。背中と額に滲んだ汗がいやに気持ち悪かったことを覚えている。


だんだんと瞼が重くなり、そのまま眠りについた。

夢の中で、ごめんなさいと泣きじゃくって謝り続ける小さなわたしがいた。

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