オレたちが主人公になるためには!? ~他短編集(予定)~

久遠悠

オレたちが主人公になるためには!?

一限目 今こそ主人公になるとき

 机の上で両腕を組んでいた鈴木一郎が唐突に言い放つ。


「さて、諸君。君たちに集まってもらったのは、他でもない」


 彼は厳粛な会議を始める首相のように重々しい口調で語りだした。


「ネットやらSNSが普及し、様々なラノベや漫画や動画が公共電波によって配信され、今まで日の目を見なかった素晴らしい数々の作品たちが注目されるようになった昨今。時代はある種の氷河期を迎えようとしている。だが、そうした創意工夫を重ねた作品たちを世に伝えるための手段、すなわち電子媒体が豊富になった分、世間の注目を浴びる機会が未だかつてないほど増えているのもまた事実」


 すずー、とパックの中身を飲み干す音。

 料理谷りょうりだにしょうは椅子に腰かけ、コーヒー牛乳を飲みながら、鈴木を眺めている。


 時刻は昼休み。

 教室のあちこちで弁当を広げている生徒が会話を楽しんでいる。

 カラフルなチョークで落書きされた黒板前にいるのは、円陣を組んだ女子だ。

 教室は全体的に雑然としていた。

 ほどほどに列から乱れた机。ほどほどに散らかったゴミ。ほどほどにいる生徒たち。ほどほどに(以下省略)


 要するに、おおむね、どこにでもあるような教室の風景だった。


 鈴木の声は日常会話をするためのものにしては大きい。

 だが、多少大きな声だったとしても、生徒たちが口々にしゃべるにぎやかな昼休みでは、あっさりと雑音の中にかき消されてしまう。

 つまりは、誰も鈴木のことを気にしていないということだった。


 なので――というわけでもないのだが、料理谷は鈴木を指摘するでもなく、彼の演説を聞いていた。


「我々に訪れた最大の機会! すなわちビックウェーブ。今乗らずしていつ乗る! 今真面目に取り組まなくていつ取り組む! この絶好の機会をみすみす見逃すわけにはいかん! すなわち――」

「すなわち?」

「そうズバリ、『オレたちが主人公になるためにはどうしたらいいのか』ということだ!」


 そう熱弁しながら鈴木は一枚のA4用紙を机の上に叩きつける。


 紙には無駄に達筆な字でこう書かれていた――「オレたちが主人公になるためには」。


 ずごー、と料理谷はコーヒー牛乳の残りを飲み干した。飲み干した後、口を開く。


「ねえ」

「意見のあるものは挙手したまえ」


 言われた通り料理谷は手を上げた。


「料理谷、なんだね」

「既に議題のタイトルが出オチな件について」

「出オチとはなんだ」


 鈴木は真剣な顔で聞き返してきた。


「ええ? こんな初歩的な単語を今更説明するの?」


 どこか呆れたような料理谷を鈴木は叱責する。


「馬鹿者! どこに需要があるかわからんのだぞ。専門用語が出て来た場合、その用語をかみ砕いてわかりやすく説明するのは至極当然のこと。読者のささいなニーズを見逃して主役になろうとは片腹痛い。貴様、この会議に参加している自覚はあるのか」

「読者って誰さ。っていうか、知らないならググれよ」

「出た! 情報弱者をあざ笑う悪魔の言葉『ググれ』!! ネットがない、もしくは使えないお年寄りを貶め、情報格差を生んだ恐ろしい言葉の現代兵器そのいちッ!!」

「そんな深い意味ないっての。あと、絶壁は奈落の底まで続かないよ。っていうか壁って普通上に伸びるもんだろ。そもそも、さっきの発言聞いてる限りだとさ、どうせネット使ってなんか知名度上げようとしてんだろ? で、どこかの物語みたいな主人公っぽいことになればいいなーとか考えてるんだろ。何すんだかわかんないけど。それと、『ググれ』が『現代兵器その一』ってことは、『その二』もあるの? 後、一回の台詞につき、突っ込み箇所は一個にしてくれよ。面倒だから」

「別におれはお前とコンビ組んだ覚えはない」

「僕だってお笑い芸人になった覚えはないよ……」


 疲れたように苦笑いを刻む。

 ふいに、アイドルに遭遇したかのような女子の黄色い声が聞こえてきた。

 教室の入り口付近で、可愛らしい小柄な女子たちが料理谷たちの方を見ている。否、料理谷たちに近づいてくる背の高い男子学生を、だ。

 料理谷の傍にやってきたのは、すらりとした長身の学生だった。身体は細くも引き締まった男子生徒。顔面偏差値は言うまでもなく高い。つまるところイケメンだ。しかも、文句なしのイケメン・オブ・ザ・イケメンである。

 イケメン男子生徒は入り口の女子に笑顔で手を振っている。タラシか。


「ググれってさー、昔で言うところの『知らない単語があったら辞書引きなさい』ってやつだよねー」


 にこにことした邪気のない笑顔でいきなり会話に割り込んでくるイケメン――もとい、雨宮あめみや颯太そうた

 鈴木は半眼で指摘した。顔は恨みがましそうである。


「……ちゃらいな」

「おまけにうざいね」

「え、やって来た俺に対する第一声がそれ?」


 いきなりの言いぐさに雨宮は顔を少しだけ引きつらせた。


「この場にあるまじきチャラさとウザさだ。というか女子にきゃーきゃー言われてる奴にこの会議に参加する資格などない。早々に出て行ってもらおうか」

「そんな固いこと言いっこなしって。俺たちの仲じゃん」


 不機嫌そうな鈴木を軽くスルーし、雨宮は料理谷の隣の席に腰かけた。ついでに足を組む。ホストかモデルかと言いたくなるぐらい板についている。というか似合いすぎ。


「どんな仲だ。不吉な予感しかもたらさない言い回しはやめていただこうか。おれはホモにはなりたくない」

「っていうか、颯太くん、なんでこっちに来たわけ」

「え、なんか面白そうだったから。何話してるの。翔ちゃんたち」


 料理谷は無言で鈴木の机の上に置いてあるA4用紙を見るよう視線で促した。


 間。


 雨宮は料理谷と鈴木の顔を交互に見た後、やや目を逸らしながら言った。


「あー……、二人ともちょっと手遅れかな?」

「今どこを見たどこを」


 怒りの四つ角が鈴木の頭に浮かぶ。

 なぜか同じくくりにされているらしい料理谷は不服そうに反論する。


「二人って、僕は別に鈴木の話を聞いていただけだけど……」


 しかし取り合ってもらえない。

 雨宮は雨の中、空き箱に入れられて捨てられた子猫を見るような憐れみの目を料理谷に向けてきた。そっと料理谷の肩に手を置き、しみじみと痛み入るというように。


「わかってるよ、翔ちゃん。二人とも真剣なんだよね。うん、脇役じゃなくて主役になりたいその気持ち、わかるよ。誰だって、モブよりレギュラー、レギュラーより主役……」

「料理谷、今すぐこいつを中庭に蹴落とせ」

「らじゃー」


 鈴木に言われた通り、料理谷は雨宮をベランダから蹴落とそうとする。

 ぎりぎりと抵抗を見せる雨宮が悲鳴じみた声を上げてきた。


「ちょっとぉ!? 人が同情してるっていうのに、この仕打ちはないんじゃない!?」

「やかましい。お前の場合は、同情じゃなくて嫌味だ。この優越感に浸りきったイケメンが。今すぐ滅べイケメン」

「颯太くんの見た目がかっこいいのは認めるけど今のはイラってきた。今すぐ滅べイケメン」

「要するに二人とも言いたいのは最後の部分だよね!? 痛いっ、痛いからっ、翔ちゃん! 君、俺より握力あるの知ってんだからね!」

「いいぞ料理谷。もっとやれー」



 ○



 気を取り直して三人は席に着いた。予鈴が鳴るまであと数分。


「では、本題に移行する」

「移行する前に聞いていい? なんでこんなこと」


 料理谷が聞くと、鈴木は大仰にうなずいた。


「うむ、そろそろモブその一から脱出したいなーって」

「……世界における人間の大半がモブその一だと思うけど」

「そういう無駄にスケールのでかい話をするな」

「自分の人生は自分が主人公だよ。翔ちゃんも鈴木もみんな主役なんだから胸張って生きてけばいいじゃん」

「そういう美しい自己完結は求めていない」


 雨宮の言葉に鈴木は耳を貸さない。

 ほどほどに付き合ってやれば、そのうち飽きるか目が覚めるだろう。


「っていうか、鈴木」

「なんだ」

「……いつまでその変なしゃべり方続けるの?」

「何のことだ?」

「いや、だから、その妙ちくりんな言い回しっていうか、一々芝居がかってるっていうか、ぶっちゃけ颯太くんが二人に増えたみたい」


 鈴木はげっと嫌そうに顔をひきつらせた。椅子を蹴飛ばすような勢いで手をついて立ち上がる。


「ちょっと待て! うざ宮と一緒にすんな!」

「ちょっと、うざ宮って! 酷っ!」

「じゃあ、うざ雨宮!」

「言い直さなくていいから!」

「あ、戻った」

「う」


 料理谷がそう言うと立ち上がっていた鈴木がしぼんだ風船のように勢いをなくしていった。

 彼は、今更恥ずかしくなったように小さくなりながら、大人しく着席し、そっぽを向いた。


 ぽつりと。


「……だって、キャラ立ちしとかないと、マズイだろ。色々と」


 スピーカーから予鈴が鳴り響く。


 キーコーンカーン。まさにウェストミンスターの鐘の音。


 料理谷は無言で席を立った。がたがたと他の生徒たちも椅子を引いて着席したりゴミがあふれたゴミ箱に菓子パンの袋を詰め込んで片づけたりと次の授業に向けて準備を進めている。


 料理谷が端的に告げる。


「――解散」

「うっす」

「え、ちょ!? お前ら!?」


 料理谷は早々にこの議会を終わらせることにした。

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